「あ、」次の授業は視聴覚室でやると黒板に書いてあったので、友だちと一緒に階段を下りている途中、教科書を忘れたことに気付いた。先行ってて、と友だちに告げ教室へと戻る。休み時間はあと3分。まずい、これは間に合わないかもしれない。
2年3組、4組、と誰もいない教室の前を過ぎていく。体育か、うちのクラスと同じく教室移動なんだろう。5組に着いて、自分の机へと慌てて走る。教室にはもう誰もいない。そういえば誰もいない教室に入るのって初めてかもしれない。黒板に大きく書いてある”今日の世界史は視聴覚室で行います”という文字と、その黒板の上の時計と、清掃当番の表。電気の付いていない教室は少し暗くて、妙に無機質な感じだ。怪談とか、そういうのにあんまり興味はないけど、今なら学校に怖い話が溢れかえってる理由がわかる。遅刻も嫌だけど、それ以上にこの空間が怖くて来たときよりさらに急いで教室を出る。

「わ、」

あんまり急いでいたせいか、廊下で思い切り人とぶつかってしまった。あれ、誰だっけ、なんか見たことある人だけど。

「ごめん、その、私急いでて」
「いいって、大丈夫?」
「え、あ、うん、大丈夫」

確かに見たことあるんだけど、あれ?中学のときの同級生?いやそんなわけない。私は外部入学でしかも同じ中学は1組のみつきちゃんだけのはずだ。じゃあ去年の同級生?いやそれならちゃんと名前だって思い出せる。

「あの、オレの顔、なんかついてる?」
「えっ、いや、何もついてないよ!」
「本当?」
「う、うん。ごめんじろじろ見ちゃって」
「や、それは別にいいんだけど」

そう言われて慌てて下を向いた。でも、本当に誰だろう、この人。うんうん考えていると、高瀬、と呼ぶ声が聞こえた。

「早く行かないと遅刻だぞ」
「うわっ、やべ。じゃあ、えっと…何さん?」
「え、です」
「じゃあね、さん」

高瀬くん、高瀬くん、そうだ、野球部の人だ。高瀬くん。そりゃ有名な野球部のレギュラーくらい野球に興味のない私だって知ってる。だからなんだか見覚えがあったのか。高瀬くん。ちゃんと顔見たことなかったもんなあ、改めてみると、きれいな顔。あれ、なんだか、私、ドキドキしてるみたいだ。高瀬くんに、ドキドキしてる。

「う、わ」


漫画みたいな恋の落ち方もあるのだと今日知った。























始まりのうた
07.12.14




タイトル配布元→capriccio