※大学生設定です



「あれ、電話…」

バイト帰り、夕飯の買い物をしている最中、花宮から電話がかかってくる。
籠を片手に電話に出た。

「もしもし、どうしたの?」
『…お前、今どこ』
「スーパー」
『……っ』

花宮の問いに答えると、電話の向こうで咳をするのが聞こえた。
声も少し掠れている。

「なに、風邪?」
『うるせえ』
「『うるせえ』って…。病院は?行った?」
『行ってねえ』
「行きなさいよ。…ってもうやってないか…」

もう時刻は8時を回っている。病院がやっている時間ではない。

「…今から行くからちょっと待ってて」

多分、花宮が電話をしてきたということは、そういうことだろう。
いつもは不躾に「今から来い」なんて言うくせに、なんでこういうときは何も言わないんだ。

『早くしろ』

それだけ言って電話は切られた。





花宮の部屋に着いて、鍵を開ける。
部屋の中は真っ暗だ。

「花宮?」

部屋のドアを開けると、ベッドで花宮がうつぶせになっていた。

「…布団くらいかけなさいよ…」

花宮は掛布団の一つも掛けていない。
彼の横にある毛布を手に取った。

「!」

起きていたのか、花宮は私の手を掴んだ。

「…遅ぇ」
「熱は?」
「…8度ちょっと」
「そんなにあるなら病院ぐらい行きなさいよ」

はあ、とため息を吐く。
なんでこういうときも意地っ張りなんだろう。

「何か食べれる?」
「食欲ねえ」
「もう…簡単なもの作るから少し食べて」
「……」

そう言うと花宮は掴んでいた手を離す。
何か食べてくれるんだろう。

「ちょっと待ってて」

花宮の部屋の冷蔵庫には基本的に何もない。
必要最低限の物しか買わないし、自炊もあまりしないから当然と言えば当然だ。
さっきスーパーで買ってきた材料を袋から取り出して、キッチンで料理を始まる。






「花宮?」

卵雑炊と林檎を持って部屋に入る。
花宮は起き上がって、ベッドに座っている。

「寝なくて平気?」
「…頭痛ぇ」
「ご飯作ったけど」
「食う」

花宮はベッドから降りて床に座る。
ローテーブルにお皿を置いた。

「……」

花宮は無言で食べ始める。どうやら食欲はあるようだ。
熱が高いみたいだけど、ご飯を食べられるならそこまで心配しなくてもよさそうだ。
安心して、私も隣でレンゲを持った。

「あ、全部食べなくてもいいよ」

花宮にご飯を作るときは全部食べなさいと言っている。
そしてお前は親かと突っ込まれるんだけど、なんだかんだと食べてくれる。
だけど今回は無理して食べさせるわけにはいかない。


「…もういい」
「はい、ごちそうさま」

花宮はレンゲを置くと、気持ち悪そうに頭を抑える。

「寝たら?あ、その前に着替える?汗かいたでしょ」

机の上を片付けつつ、花宮にそう聞いてみる。
花宮は自分のTシャツの襟ぐりを掴む。

「あー…着替えそこ」
「うん。体拭こうか」
「介護じゃねえんだぞ」
「こういうときは甘えなさいよ」

そう言うと花宮は渋々起き上がる。
花宮は人に肌を見せるのは好きではないらしい。
体育や部活の時なんかは端でさっさと着替えるらしく、よく部活仲間にそのことでからかわれていた。
私の前でも、「そういうとき」以外はあまり肌を露出しない。
恥ずかしいというより、警戒心が強いんだろう。

「…ん」

濡らしたタオルで花宮の体を拭く。
筋肉質な背中だ。
当然、私とはまったく違う体。
こうやって改めてじっくり見ることはないから、ドキドキする。

「…はい、終わり」

最後にぽん、と背中と叩いて終了だ。
花宮は枕元に置かれた着替えを着る。

「喉乾いてない?」
「…うるせ」
「うるせって…」
「テメーは風呂でも入ってろ」

花宮にタオルを投げつけられる。
お言葉に甘えてシャワーを浴びることにする。

「じゃあ、お借りします」






「…あれ」

お風呂から上がると、花宮がうつぶせになって眠っている。

寝顔は少し苦しそうだ。
風邪を引いているんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど


「…お大事に」

花宮の横に行って、彼の前髪を撫でる。
普段は憎らしいやつで、私自身なんでこんなやつを好きなんだろうと思うことも多々ある。
だけど、つらそうな姿を見ると、早く治ってほしいなと思う。

「おやすみ」

小声で告げて、立ち上がる。
私はソファで寝よう。そう思ってベッドから離れたそのとき、

「…?」

服の裾が引っ張られる感触がする。
どこかに引っ掛けたかな、そう思って引っ張られる方を見た。
視線を下にやって驚く。

服の裾は引っかかったわけじゃない。
花宮が、私の服の裾を掴んでいた。

「……も、う」

私はうなだれるようにその場に座り込んだ。
私の服の裾を掴む彼の指をぎゅっと握った。

涙が浮かんでくるのを必死に堪える。
ほんの些細なことだけど、私を頼ってくれることが嬉しいんだ。
人に弱みを見せることを極端に嫌う花宮が、こんな弱った姿を私に晒す。

私だけが知っている彼。
そうだと思うと、どうしようもなく心がかき乱される。

こんな、人を人とも思わない最低な奴で、こうやって看病しているのにお礼ひとつ言わない。
なんでこんなやつなんだろうって自分でも思う。
他の人を好きになればよかったと思うことだって少なくない。

だけど、こうやって心をかき乱されるたびに、私の心は花宮真でいっぱいなのだと思い知らされる。

「…早く」

よくなってね。後に続く言葉は出てこなかった。





「……」

ゆっくり目を開ける。
一番最初に飛び込んできたのは天井だ。

「…あれ」

私はソファの上で寝そべっている。
確か、私はベッドの脇で眠ってしまったはず。

「…よう」

起き上がると、花宮がベッドに腰掛けているのが飛び込んできた。
…ああ、そういうこと。
多分、夜中に起きた花宮がベッドに運んでくれたのだろう。
おかげで体が痛くならず済んだ。

「ありがと」
「なにがだ」

こういうときまで素直じゃない。
お礼ぐらい、素直に受け取ればいいのに。

「熱下がった?」
「うるせ」

花宮の額に手を当てると、その手を叩かれてしまった。
一瞬触れた彼の額は昨日ほど熱くはなく、熱はだいぶ下がったことがわかる。

「熱下がったみたいだけど、今日は安静にしてなよね」
「……」

花宮はわかりやすくぶすっとした表情になる。
出かけたかったのだろうか。

「…お前は」
「え?」
「どうするんだよ、今日」

花宮はじっと私を見つめてくる。
その視線が、私に行くなと物語っているような気がした。

「…予定ないし、ここにいるけど」
「ふうん」

そう言うと、花宮は少し安心したような顔をする。

「どこにも行かないわよ」

花宮が私の服の裾を掴んでいる限り、私はきっと、どこにも行けないのだろう。
















君がいた永遠
15.01.12

ハッピーバースデー!





配布元→capriccio



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