※大学生設定です 「あれ、電話…」 バイト帰り、夕飯の買い物をしている最中、花宮から電話がかかってくる。 籠を片手に電話に出た。 「もしもし、どうしたの?」 『…お前、今どこ』 「スーパー」 『……っ』 花宮の問いに答えると、電話の向こうで咳をするのが聞こえた。 声も少し掠れている。 「なに、風邪?」 『うるせえ』 「『うるせえ』って…。病院は?行った?」 『行ってねえ』 「行きなさいよ。…ってもうやってないか…」 もう時刻は8時を回っている。病院がやっている時間ではない。 「…今から行くからちょっと待ってて」 多分、花宮が電話をしてきたということは、そういうことだろう。 いつもは不躾に「今から来い」なんて言うくせに、なんでこういうときは何も言わないんだ。 『早くしろ』 それだけ言って電話は切られた。 * 花宮の部屋に着いて、鍵を開ける。 部屋の中は真っ暗だ。 「花宮?」 部屋のドアを開けると、ベッドで花宮がうつぶせになっていた。 「…布団くらいかけなさいよ…」 花宮は掛布団の一つも掛けていない。 彼の横にある毛布を手に取った。 「!」 起きていたのか、花宮は私の手を掴んだ。 「…遅ぇ」 「熱は?」 「…8度ちょっと」 「そんなにあるなら病院ぐらい行きなさいよ」 はあ、とため息を吐く。 なんでこういうときも意地っ張りなんだろう。 「何か食べれる?」 「食欲ねえ」 「もう…簡単なもの作るから少し食べて」 「……」 そう言うと花宮は掴んでいた手を離す。 何か食べてくれるんだろう。 「ちょっと待ってて」 花宮の部屋の冷蔵庫には基本的に何もない。 必要最低限の物しか買わないし、自炊もあまりしないから当然と言えば当然だ。 さっきスーパーで買ってきた材料を袋から取り出して、キッチンで料理を始まる。 * 「花宮?」 卵雑炊と林檎を持って部屋に入る。 花宮は起き上がって、ベッドに座っている。 「寝なくて平気?」 「…頭痛ぇ」 「ご飯作ったけど」 「食う」 花宮はベッドから降りて床に座る。 ローテーブルにお皿を置いた。 「……」 花宮は無言で食べ始める。どうやら食欲はあるようだ。 熱が高いみたいだけど、ご飯を食べられるならそこまで心配しなくてもよさそうだ。 安心して、私も隣でレンゲを持った。 「あ、全部食べなくてもいいよ」 花宮にご飯を作るときは全部食べなさいと言っている。 そしてお前は親かと突っ込まれるんだけど、なんだかんだと食べてくれる。 だけど今回は無理して食べさせるわけにはいかない。 「…もういい」 「はい、ごちそうさま」 花宮はレンゲを置くと、気持ち悪そうに頭を抑える。 「寝たら?あ、その前に着替える?汗かいたでしょ」 机の上を片付けつつ、花宮にそう聞いてみる。 花宮は自分のTシャツの襟ぐりを掴む。 「あー…着替えそこ」 「うん。体拭こうか」 「介護じゃねえんだぞ」 「こういうときは甘えなさいよ」 そう言うと花宮は渋々起き上がる。 花宮は人に肌を見せるのは好きではないらしい。 体育や部活の時なんかは端でさっさと着替えるらしく、よく部活仲間にそのことでからかわれていた。 私の前でも、「そういうとき」以外はあまり肌を露出しない。 恥ずかしいというより、警戒心が強いんだろう。 「…ん」 濡らしたタオルで花宮の体を拭く。 筋肉質な背中だ。 当然、私とはまったく違う体。 こうやって改めてじっくり見ることはないから、ドキドキする。 「…はい、終わり」 最後にぽん、と背中と叩いて終了だ。 花宮は枕元に置かれた着替えを着る。 「喉乾いてない?」 「…うるせ」 「うるせって…」 「テメーは風呂でも入ってろ」 花宮にタオルを投げつけられる。 お言葉に甘えてシャワーを浴びることにする。 「じゃあ、お借りします」 * 「…あれ」 お風呂から上がると、花宮がうつぶせになって眠っている。 寝顔は少し苦しそうだ。 風邪を引いているんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど 。 「…お大事に」 花宮の横に行って、彼の前髪を撫でる。 普段は憎らしいやつで、私自身なんでこんなやつを好きなんだろうと思うことも多々ある。 だけど、つらそうな姿を見ると、早く治ってほしいなと思う。 「おやすみ」 小声で告げて、立ち上がる。 私はソファで寝よう。そう思ってベッドから離れたそのとき、 「…?」 服の裾が引っ張られる感触がする。 どこかに引っ掛けたかな、そう思って引っ張られる方を見た。 視線を下にやって驚く。 服の裾は引っかかったわけじゃない。 花宮が、私の服の裾を掴んでいた。 「……も、う」 私はうなだれるようにその場に座り込んだ。 私の服の裾を掴む彼の指をぎゅっと握った。 涙が浮かんでくるのを必死に堪える。 ほんの些細なことだけど、私を頼ってくれることが嬉しいんだ。 人に弱みを見せることを極端に嫌う花宮が、こんな弱った姿を私に晒す。 私だけが知っている彼。 そうだと思うと、どうしようもなく心がかき乱される。 こんな、人を人とも思わない最低な奴で、こうやって看病しているのにお礼ひとつ言わない。 なんでこんなやつなんだろうって自分でも思う。 他の人を好きになればよかったと思うことだって少なくない。 だけど、こうやって心をかき乱されるたびに、私の心は花宮真でいっぱいなのだと思い知らされる。 「…早く」 よくなってね。後に続く言葉は出てこなかった。 * 「……」 ゆっくり目を開ける。 一番最初に飛び込んできたのは天井だ。 「…あれ」 私はソファの上で寝そべっている。 確か、私はベッドの脇で眠ってしまったはず。 「…よう」 起き上がると、花宮がベッドに腰掛けているのが飛び込んできた。 …ああ、そういうこと。 多分、夜中に起きた花宮がベッドに運んでくれたのだろう。 おかげで体が痛くならず済んだ。 「ありがと」 「なにがだ」 こういうときまで素直じゃない。 お礼ぐらい、素直に受け取ればいいのに。 「熱下がった?」 「うるせ」 花宮の額に手を当てると、その手を叩かれてしまった。 一瞬触れた彼の額は昨日ほど熱くはなく、熱はだいぶ下がったことがわかる。 「熱下がったみたいだけど、今日は安静にしてなよね」 「……」 花宮はわかりやすくぶすっとした表情になる。 出かけたかったのだろうか。 「…お前は」 「え?」 「どうするんだよ、今日」 花宮はじっと私を見つめてくる。 その視線が、私に行くなと物語っているような気がした。 「…予定ないし、ここにいるけど」 「ふうん」 そう言うと、花宮は少し安心したような顔をする。 「どこにも行かないわよ」 花宮が私の服の裾を掴んでいる限り、私はきっと、どこにも行けないのだろう。 君がいた永遠 15.01.12 ハッピーバースデー! 配布元→capriccio 感想もらえるとやる気出ます! |