高瀬の好きな子は同じクラスのみーちゃんという子だ。みーちゃんは可愛い。顔もそうだけど雰囲気が。少女マンガに出てきそうなタイプ。しかもただ出てくるだけではなく、絶対、可愛い花を散らしながら出てくるタイプだ。ふわふわ、ふわふわ、歩くたびにそんな擬音が聞こえてきそう。もし私が男だったらみーちゃんを好きになっただろう。だから、高瀬がみーちゃんを好きになるのはわかる。私なんかより、みーちゃんを好きになるのが普通の男子高校生だろう。 そんな私は高瀬とは中学のときから仲がよかった。中一のとき同じクラスで、最初の遠足でたまたま同じ班になって、そのときから妙にウマが合うというかなんというか。友だちからしてみれば持っている空気が一緒らしい。一緒にいるのが自然で、兄妹って言われても不自然じゃないと言われた。そのときは何で私が妹なの、と笑ってみたけど、笑えるような心境じゃなかった。 「告白、しちゃえばいいのに。みーちゃん今彼氏いないらしいよ」 「そういう問題じゃねーだろ」 毎週金曜、昼休み。いつも私たちはこの日一緒に屋上でお昼ご飯を食べてる。別に約束したわけではないけど、高瀬がみーちゃんを好きになってから(正確には高瀬が好きな人ができたということを私に告げてから)この日に恋愛相談を受けるのが習慣になってしまった。男に相談すればいいのに、野球部にだって男友だちたくさんいるでしょ、と言ったら女の心境は女に聞くのが一番だろと言われた。その通りかもしれないけど、私はみーちゃんじゃないんだからみーちゃんがどう思ってるかなんてわかるわけがない。 わかるわけはないけれど、見ててわかる。みーちゃんもきっと高瀬が好きだ。みーちゃんと高瀬は仲がいいというわけじゃないけど、ときどき話すのを見る。そのとき、ただでさえ可愛いオーラを出してるみーちゃんは可愛いオーラどころか桃色オーラが出てる。いかにもあなたが好きです、ドキドキしてます、と言った顔でみーちゃんは高瀬を見ているのだ。二人が一緒にいるのを見るたび、付き合っちゃえばいいのにと思う。 「そういうお前はどーなんだよ」 「何が?」 「彼氏作んねーの?」 「生憎告白なんてされないもんで」 「好きなやつは?」 無神経なこと言いやがって。今ここで、私は高瀬が好きだよ、と言ったらどうなるんだろう。多分、小さく「悪い」と言って沈黙が流れる。私が今までどおりでいいよ、と言えば高瀬はそれからも私に話しかけてくれる。少し流れる空気は変わるけど、今までどおり話してくれるだろう。まあ、恋愛相談なんてしなくなるだろうけど。私が今までどおりでいいよ、なんて言わずに、その場を立ち去ればきっと高瀬はもう話しかけてこない。高瀬はそういうやつなんだ。高瀬は優しいから、私に気を遣って、私がしたいようにしてくれる。 「別に、いないよ」 「…ふーん」 「そんなことより、早く告白しちゃいなよ」 高瀬は飲んでいた緑茶を軽く吹き出した。うわあ、汚い。うるせえ。みーちゃんにはうるせえ、なんて言わないくせに。 私が告白したって高瀬と私は付き合えない。高瀬がみーちゃんのことを好きじゃなくても、だ。高瀬は好きな人とじゃないと付き合えない、もし付き合ったとしてもきっとキスもできずに終わるタイプだ。以前みーちゃんにタイプの似た女の子が高瀬に告白してるのを見たことがあるけど、高瀬は「好きじゃないから、ごめん」と断っていた。その頃はみーちゃんを好きになるどころかみーちゃんと知り合ってすらいないときだから、高瀬に好きな子はいなかったはずだ。それでも、高瀬は断った。好きじゃないと付き合えないなんて、今の男子高校生にしてはなんて珍しいだろう。とりあえず来るもの拒まずが普通なんじゃないの?いや、高瀬以外の男子とそんなに仲がいいわけではないから知らないけど。 私が高瀬のことを好きになったのは、同じクラスになって、初めて話したときだ。遠足のときではない。初めて話したときに、こう、くるものがあったんだ。一目ぼれというわけではなかったけど、それに近い感じ。だから仲良くなれたときはそれはもう有頂天だった。高瀬の一番仲のいい女子は私だったし、私の一番仲のいい男子は高瀬だった。最初は告白したらいけるんじゃないかと思ってた。実際友だちにも付き合ってるんじゃないかと勘違いされてたし、お互い言わないだけで両思いなんじゃないかと、ほのかに期待してたりした。 だけど、仲良くなって、日が経つにつれ高瀬の中で私は明らかに恋愛対象外だということがわかってきた。高瀬に最初に好きな子ができたときだ。その子はすぐ年上彼氏を作って高瀬は見事2週間で失恋したわけだけど。高瀬はきっと、最初に「こいつは友だち」と思うとその子は一生友だちのままなんだろう。一度友だちと認識されたら恋愛対象にするのは至難の業だ。よく漫画である「ずっと友だちだと思ってたけどある日突然意識しました」というのはきっと高瀬にはない。私はきっと、一生高瀬にとって友だちのまま。 「告白したってさあ、」 「だからいけるって言ってんじゃん、意気地なし」 意気地なし、は誰のこと。勇気がないのは私のほうじゃないか。今すぐ高瀬に告白して、唇の一つ奪ってやりたい。高瀬が好きで、大好きで、付き合うのも、ファーストキスも高瀬がいい。高瀬じゃないといやなんだ。高瀬以外と付き合うくらいなら、一生彼氏なんていなくていい。何で私は高瀬の友だちになってしまったんだろう。あのとき、遠足で同じ班にならなければ、もしかしたら高瀬と仲良くならずに、友だちなんて認識されず、好きになってくれていたかもしれない。とても確率の低い話かもしれないけど、今から高瀬に好きになってもらうよりずっと可能性があると思う。 「意気地なしで悪かったな」 「悪いわけじゃないけどさ、早くしないと誰かに取られちゃうよって話」 頼むから早く付き合ってしまってくれ。別に高瀬とみーちゃんに付き合ってほしいわけじゃないけど、こんなふうに恋愛相談されるのは懲り懲りなんだ。高瀬がみーちゃんのことを想ってつらそうな顔をしたり、幸せそうな顔をしたり。そんな姿を見るたび泣きそうになって、ぐっと我慢する。だからと言って、もう相談してこないでなんて言えない。私は高瀬の一番の女友だち。恋人になれないなら、せめてこのポジションでいたい。誰にも譲らない、私は高瀬の一番の親友でいたい。 「、いつも、ありがとな」 少しすっきりした顔で、高瀬は立ち上がった。明日、言ってみるよ。そう言って、少し照れくさそうに笑った。つられて私も笑う。 「オレ、と会えて、友だちになれてよかったよ」 こんな、親身になってくる女そうそういねえしな。笑う高瀬。笑う私。だけど、私も高瀬と友だちでよかった、とは言えなかった。 会えてよかったよ。友達になれてよかったよ。 私も高瀬に会えてよかったよ。高瀬に会って、恋を知った。叶うことのない、恋を。 07.12.19 タイトル配布元→capriccio |