「秋田ってやっぱり星が綺麗?」 次の授業の準備をしているとき、いきなりクラスメイトの氷室が地学の教科書を眺めながらそんなことを聞いてきた。 「え、あ…何、いきなり?」 「いや、オレずっとロスにいたからさ。満天の星空って見てみたいんだよね」 「ああ、そっか。私はずっとここにいるから比べられないけど、多分よく見えると思うよ」 「そうか、ありがとう」 氷室は今年になってアメリカから転校してきた。 転校してきていきなり強豪のバスケ部に入ったりといろいろ話題になったりして、 私もちょっと気になったりしていたんだけど、この間の席替えで隣になれてちょっとラッキーと思ったり。 まあ、氷室が転校してきてから大分経ち、今はもう冬。 話すようにはなってるけど、これといった進展は特になく、寂しいと言うかなんというか…。 「っていうか次の授業地学じゃないのに、なんで地学の教科書読んでるの?」 「ん?気が向いたから」 「…自由人ね…」 そんな会話をして、その日の授業が終わって、氷室とは別れた。 ―と思ったんだけど。 「あー、遅くなっちゃった」 部活が終わって、校舎の外に出ると辺りは真っ暗だった。 終わった後もいろいろ部誌を書いたり部室の掃除にはまってたりしてすっかり遅くなってしまった。 校舎の中には、たまに先生を見かけるくらいで生徒はほとんどいない。 暗闇が広がる校舎はなんとなく恐く感じる。 少し背筋に冷たいものを感じて、少し早足になったとき、 肩になにかが置かれたのを感じた。 「きゃあああ!?」 「うわっ!?」 思わず飛びのいて振り返ると、そこにいたのは氷室だった。 「あ、あれ?氷室?」 「ああ。驚かせたみたいだな、悪い」 「いや、いいんだけど…氷室は部活?」 「ああ、も?こんな遅くまで珍しい」 「うん、いろいろやってたら遅くなっちゃって」 暗くて怖い、なんて思ってたけどこれもしかして一緒に帰ったりできるかも? ラッキー、なんて思ったりして。 「氷室、今から帰るの?」 「いや、屋上に行こうかと」 「屋上?これから?なんか忘れ物?」 「ちょっと星を見ようかなと思って」 …は? 「…星?」 「今日は晴れてるし、ほら、冬は星がよく見えるって言うだろ? 最近寒くなってきたし、綺麗に見えるかなって」 「いや、だったら屋上じゃなくても、普通に帰り道で見たりしてもいいんじゃ…」 「どうせなら高いところで見たいじゃないか」 「だってもうすぐ学校しまっちゃうよ?」 「大丈夫だって、閉まったら門を越えればいいだけなんだから」 氷室はなんの躊躇もなくそう言い放つ。 も、もともと規則に捉われない人だとは思ってたけど本当に…。 「も一緒に来る?」 「え?」 「せっかくだし、どう?」 いや、いやいやいや!? もうこんな時間で、下校時刻が過ぎたら申請しない限り学校にいちゃいけなくて、 臆病者の私は下校時刻を一回も破ったことがなくて、 ここは帰らなきゃダメだろうって思ってるけど、 氷室と一緒に星を見るなんて、そんな贅沢なシチュエーションを逃すなんてもったいない、とも思う。 「やめる?」 「…行く、行きます!」 結局、甘い誘惑には勝てず、初めて下校時刻より長く学校にいることになった。 …二重の意味でドキドキが止まらない。 「ほら、こっち」 忍び足で暗い廊下を歩く。 非常口の明かりがついているから一応前は見えるけど、ぼんやりしていて正確には見えない。 「く、暗くて怖いんですけど…」 「そう?」 どこが?と言わんばかりに氷室はスタスタ歩いてく。 いや、これは恐怖心がないから歩けるというより前が見えてるかのような歩き具合なんだけど…。 夜目がきくの?いや、もしかして…。 「ねえ、もしかして前にも夜の学校来たことあるんじゃないの?」 「さあ?」 絶対あるな、こいつ…。 疑いの眼差しで氷室を見ると、氷室は私の目の前に手を差し出した。 「はい」 「?なに?」 「よく見えないんだろう?危ないから、はい」 その言葉と同時に、氷室は私の手を取って歩き出した。 そう、歩き出し…え、ええええええ!? いや、待って!いやいや待たなくていいんだけど! 今日おは朝の星座占い1位だったけど、ここまで当たるとは…! 心臓が爆発しそうなほど緊張している私をよそに氷室はどんどん歩みを進めていく。 もともと表情の変化の薄い人だけど、こちらを見ずに歩くからどんな気持ちで今私と手を繋いでいるのかわからない。 私は自分がどんな顔しているかもわからず、ただただ氷室に引っ張られ屋上への階段を上って行った。 「あ、屋上着いたね」 「う、うん…」 心臓がバクバク言っていて何が何だかわからない。 そう、ここは屋上で、星を見に来たわけで。 氷室はゆっくり屋上のドアを開けた。 「へえ…やっぱり綺麗だね」 「あ、うん…」 頭が爆発しそうになりながら、空を見上げる。 小さいころから見慣れた景色。 だけど、何度見ても飽きない、大好きな景色。 「はやっぱり見慣れてる?」 「うん、まあ…。小さいころからずっとここに住んでるし」 「そっか、いいね。綺麗だ」 「うん…昔から大好き」 しかも隣に氷室がいるとなれば、なんだか余計綺麗に見えるような。 5分くらいその場に立っていて、氷室が「そろそろ帰ろうか」と言った。 「うん、もうこんな時間かあ」 「また見に来ようか?」 「えっ?」 「次も手、繋いで」 ポッと顔が赤くなるのがわかって、思わず体が硬直する。 氷室は少し目を細めて笑っている。 「あ、か、からかった…!?」 「本気だよ」 本気って、これは期待してもいいんだろうか。 とりあえず、もし次があるなら赤くなる顔をどうにかしよう。 11.04.21 初氷室で気合入れたら長くなりました。 父の実家が秋田なんですが、小さいころ見た星空が今でも目に焼き付いてます。 配布元→capriccio |