今日は月に一度の委員会の集まり。
私は同じ保健委員の白石と一緒に集まりに参加して、その後担当の階の水道の石鹸チェックをしている。
同じクラスと言っても白石と私の接点は少なく、この月一の委員会は片思い中の私にとってこの上ない楽しみだったりする。

「ここの石鹸少ないなあ」
「あ、そう?じゃあここは1つ補充やね」

白石の言ったとおり『1階西、1つ』とメモ。
これで後は保健室に行って足りない分の石鹸をもらってきて、補充したら今日の仕事は終了。

終了、ということはこのままバイバイということだ。
楽しい時間はあっという間と言うけれど、一ヶ月前から楽しみにしていたにしてはあっさり終わりすぎというか。
これ以上仕事があるわけではないから仕方のないことなんだけれど。

何かしら話題がないかな、と白石の隣を歩きながら頭を回転させる。
ふと、白石の方を見たら目についたのは包帯を巻いた左手。
以前から疑問に思っていたことが再び湧き出した。

「ねえ、白石」
「なんや?」
「白石ってさ、いつも包帯してるけどなんでや?」

最初に白石が包帯を巻いているのを見たとき、何か怪我でもしたんだろうと思っていたけど、
いくらなんでも怪我にしては長すぎるし、そんなに長引くようなケガならテニスなんてできないだろう。
もし怪我なら不用意に聞くのは躊躇われるから今までずっと聞けないでいたけど、
多分怪我ではないだろうから思いきって聞いてみた。

「んー、これはな」
「これは?」
「毒手やねん」
「はあ?」

予想外の答えに思わず間の抜けた声を出してしまった。
毒手…?つまり白石の手は毒ってコトデスカ?

「訳わからんって顔しとる」
「だって訳わからんもん」
「んー、まあ中学生にもなって毒手なんて通じるのは金ちゃんくらいやからなあ…」
「金ちゃんって、あの元気な一年生?」

金ちゃんって子のことは知ってる。
元気な一年生で有名だし、たびたび白石や忍足に会いにウチの教室に来ている子だ。

「そや。あの金ちゃんに言うこと聞かせるには毒手で脅すんが一番確実なんや。
 言うこと聞かへんとこの包帯取って毒手喰らわせるでーってな」
「はー…なるほど」

今年同じクラスになってからずっと疑問に思ってたことがやっと解けた。
これでやっとすっきりした。
ふと気づくと保健室へと向かう足がすっかり止まってしまっていた。
仕事が終わるのは寂しいけれど、部活のある白石をずっと引き留めておくのは気が引ける。

「ああ、ごめん引き止めちゃって。はよ石鹸取りに行こ」
「あ、、ちょい待って」
「え?」

白石に引き止められ振り向くと、白石の包帯を巻いた左手が私の右頬に触れた。

「わっ!?」

驚いて思わず後ずさりをしてしまった。
白石の手には小さなホコリ。私の顔に付いていたんだろうか。

「そない驚くほどやった?」
「ああ、いや、ごめん、なんかびっくりしてもうて」
「なんや、もしかしても毒手信じてもうた?」

白石は笑っているけど、こっちはそれどころじゃない。
好きな人の手が自分の頬に触れたんだ。ドキドキするに決まってる。

「すまんなあ、まさかがそない単純やったとは…」
「ちがっ…!さすがに毒手を信じるような年齢やないで」
「ほなら、なんであない驚いたん?」
「…それは」

好きな人の手が触れたから、なんて言えるはずもなく。

「…いきなり男子に触られたら普通びっくりするよ」

嘘じゃない、決して嘘ではない。
異性にいきなり触られたら絶対に驚く。
その後のドキドキは今とは違うものになるだろうけど。

「ああ、そらそうやな。すまんすまん」
「いや、別にいいんやけど…」
「次触るときは気を付けるわ」
「は?」

はよ行こうや、と白石は歩き出すけど私はしばらくぼんやりしてしまった。
私は白石が好きで、だけど今の今まで白石に触れたいなんて思ったりはしなかったのに。

いきなりこんな気持ちになるなんて、やっぱり白石の左手には毒があるんじゃないかと思ってしまった。

















不透明感情
11.02.04




前を歩いてる白石の「好きでもない子にいきなり触ったりせえへんけどな」という小さな独り言
それを聞く日は、きっとそう遠くない。


配布元→capriccio