私の部屋で、恋人である氷室辰也と二人きり。
私はベッドに寝転がって、顔を赤くして頬を上気させている。

…でも、決して色っぽい話ではなく。


「はい、おかゆ食べて」
「…お腹空いてないから、いい」
「食べないとダメだよ。薬飲めないだろう」

そう、私は風邪を引いてしまったのだ。
学校を休んで一日寝ていたら、辰也が帰りにお見舞いに来てくれた。
ノリがいいというか、放任主義というか、楽天主義のうちのお母さんは辰也に「これ食べさせてやってね」なんて明るい声でおかゆを渡していた。
だけどおかゆなんて食べられない。
高熱で頭がくらくらする。気持ち悪い。何かを食べる気になんてなれない。

「…いらない」
「ダメ。口開けて」
「うう…」

辰也はベッドに座ると、半身になって私の頭を優しく撫でながら体を起こさせて、おかゆのスプーンを持ってくる。
食べなくちゃ、と思いつつ口が開かない。


「…食欲ないんだもん」
「今日はずいぶん我儘だね」
「気持ち悪い…」

ぽすん、と辰也の胸に自分の体を置いた。

「しょうがないな」

辰也はスプーンをお皿に置くと、私を優しく抱きしめる。

「どうしたらご飯食べてくれる?」
「…やだ、食べない」
がこのまま風邪ひいたままだと困るな」

頭を撫でながら、辰也は小さく囁いた。

「風邪を引いたも可愛いけど、外で手を繋いで一緒に歩いたりしたいな」
「…う」
「それに、このままじゃキスもできない」

辰也は私のおでこと自分のそれを合わせた。
お互いの唇が少し近くなる。

「だ、ダメ」
「どうしても?」
「風邪、うつるよ」

そう言って辰也から体を離す、
自分で抱き着いておいて、なんだけど。

の風邪なら大歓迎だよ」
「わ、私が嫌なの」

さっき、部屋に入ってきたときもキスをしようとしたけど、私はそれを阻止した。
だって、私のせいで辰也がこんな気持ち悪い思いをするなんて、絶対に嫌だ。

「でも、だってオレとキスするの好きだろう?」
「…それは、まあ、好きだけど」
「じゃあ、オレに風邪をうつすか、ちゃんとご飯食べて薬飲むか、二択だ」
「…ご飯、食べます」

さっきと同じような体勢になって、辰也は再び私の口へおかゆの乗ったスプーンを持ってくる。

「…ぬるくておいしくない」
が我儘言うから冷めちゃったんだよ。はい、もう一口」
「…ん」

そんなやり取りを繰り返して、ようやく完食する。
やっぱり、まだ気持ち悪い。

「はい、薬」

薬を二錠と水の入ったコップを渡されて、一気に飲み込む。

「よくできました」

そう言いながら、辰也は私の頭を撫でてくれる。
大きくて優しい手だ。

「あとは、たくさん眠って。そうしたら、きっと明日には元気になってるよ」
「うん」

私をベッドに寝かせると、辰也は私の手を握りながらそう言った。

「…眠るまで、傍にいてね」
「もちろん」

目を瞑ると、まぶたに優しい感触を感じた。
私はそのまま深い眠りに落ちて行った。





次の日、通学路にて。

、よかった。元気になったんだね」

後ろから掛けられた声に思わず体を強張らせる。

「た、辰也」
「もう大丈夫?」

大丈夫。そう、体は大丈夫だ。

「ね、ねえ、私、昨日…」
「?」
「変なこと、言ってなかった?」

そう、体は大丈夫だけど、精神的には大丈夫じゃない。
熱のせいか、昨日はなんかいろいろとんでもないことをしたような、言ったような。

「可愛かったよ」
「え」
「ちょっと我儘で、甘えたがりで。ああいうの、普段ないからね」
「う、うわあ!忘れて!忘れてください!」

やっぱり…!
もう、穴があったら入りたい…。

「忘れられないよ」
「やだ!忘れて!」
「また、あんなが見たいけど」
「もう二度と風邪引きません!!」

私が赤くなるのを見て、辰也はクスッと笑う。

「大丈夫だよ。風邪引いてなんて言わないから。だって、がつらい思いをするのは嫌だし」

そう言うと、辰也はまるで息をするかのように自然に私を引き寄せてキスをする。

「こういうことができないのは、嫌だからね」


…やっぱり、もう、二度と風邪ひきません。
















キスなら瞼に
11.11.20

リクエストの氷室に甘やかされる話でした
ヒロさんありがとうございました!

具合が悪いときは誰かに甘えたくなりますよね


配布元→capriccio









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