鍵を開け自分の家のドアを乱暴に開ける。
靴を適当に脱いで、どたどたと音を立てリビングに入った。

「ただいま!」

言っても誰もいないことはわかっている。
一緒に暮らしている和成は遅番でまだ仕事が終わっていない時間だし、他に人がいたら恐怖だ。
それでも、これはもはや口癖になっている。
私の両親は基本的に放任主義だったけれど、挨拶にだけはうるさかった。
おはよう、行ってきます、ただいま、いただきます、etc。そんな挨拶を大切にしましょうという教育方針の元育てられた私は、家に誰もいなくても、どんなに心が怒りに満ちていても、挨拶だけは口から出てしまうのだ。

「はあ」

化粧も落とさず着替えもせず、リビングにある机に突っ伏した。

不機嫌の理由は他でもない。今日仕事で起こったこと。
私が今日仕事でとあるミスをした。それについては全面的に謝ったし、客先に提出する前だったので大事にならずに済んだ。
なのにうちの部署の男どもと来たらいつまでもネチネチと嫌味ったらしくそのミスについて突いてきて、私のイライラはマックスだった。
私のミスが原因だから、怒るに怒れない。というより、寧ろそれが原因だからこそ苦しいのだ。
私がミスしなければよかったのに。そうしたらみんなに迷惑を掛けることもなく、怒られることもなく、今日も一日すっきりとした気持ちでこの家に帰れたのに。

「はあ…」

もう一度大きなため息を吐いた。
苦しい。胸が痛い。イライラと同時に、大きな痛みに襲われる。

目を瞑ると、一緒に住む和成の笑顔が浮かんできた。
早く帰って来ないだろうか。あの笑顔を見たら、きっとこんな気持ちはすぐに飛んで行ってしまうだろうに。







遠いところで、トントントンと軽快な包丁の音が聞こえてくる。
そして同時何かいいにおいがしてくる。

……ん?


「!」

慌てて私は飛び起きた。
いつの間にか私の体はベッドの中、服も仕事着から部屋着に変わっている。
寝室のドアを開けリビングを覗くと、そこには料理をしている和成の姿がある。

「よ、おはよー」

やはり和成が私をベッドまで運んでくれたようだ。
和成は慣れた手つきで野菜炒めを作っている。

「お、おはよ。ごめん、今日私が食事当番だったのに」

私と和成は二日交代で食事当番を決めている。
今日は私の食事当番の日だったのに、うっかりあのまま寝てしまい彼がやってくれているようだ。

「いいっていいって〜。別にガチガチにルール決めてるわけじゃないし。疲れたときはお互い様ってね」
「ん…」

和成の笑顔を見て、私は荒んでいた心が澄んでいくのを感じた。
きっと、和成は私に何かあったか気付いているだろう。
今までリビングで突っ伏して寝てしまうなんてことはなかったから。
だけれど、和成は何も聞かない。
馴れ馴れしいようでいて、しっかり踏み込むラインは決めている。
和成はそういう人間だ。

「ありがと」
「ほい、できたぜ。ご飯よそってよそってー」
「ふふ、はい」

二人分のご飯をお茶椀によそって、机に置いた。
いただきます、と二人で大きく言ってご飯を一口食べると、温かさが全身に染み渡っていく。

「はあ…」
「うまい?いやー、さすがオレ!」

和成は顎に手を当てポーズを付けて自信満々の表情を浮かべる。
ふふ、と思わず笑みを零したら、和成も笑った。

「うまい飯は心の活力ってね」
「あ…」

和成の言葉が胸に落ちる。水面に水滴が落ちるように、波紋を描いて。

「…うん」
「へへ」

和成は誇らし気な笑顔を見せてくれる。
多分、その笑顔が私を元気づける一番大きなものだと知って笑ってくれているのだ。

「おいしいよ、ありがとう」
「どーいたしまして」

和成と一緒に暮らし始めてよかったと思うところはたくさんあるけれど、こういうときは一段と実感する。
この人と一緒に暮らしてよかった。
この人を好きになって、よかった。











かごめの見る空
15.12.13

リクエストの高尾でした!ありがとうございましたー!



感想もらえるとやる気出ます!



配布元→capriccio