緑間くんとは中学のときから同じクラスだった。
人見知りで女友達ですら多くない私にとって、緑間くんは唯一と言っていい男友達だ。

そんな緑間くんは隣のクラスの高尾くんと仲がいい。
度々高尾くんはうちのクラスに来ては緑間くん始めバスケ部の男子生徒たちと話していた。

そんなふうにしているうちに、高尾くんはすっかりうちのクラスに馴染んでいた。

「あれ!?なんでオレこのクラスの掃除当番になってんの!?」

今日もうちのクラスに来ている高尾くんが、黒板横の掲示スペースを見ながらそう叫ぶ。

「お前もうこのクラスみたいなもんだろー」
「いやいやこういう雑用のときだけそう言うー!」

こういうやりとりがうちのクラスではしょっちゅう行われている。
もちろん冗談だけど、高尾くんは本当にうちのクラスの一員のようだ。

高尾くんは決してうちのクラスだけ仲がいいわけじゃない。
他のクラスとも仲が良い。
どこにいても、高尾くんの周りには笑顔があふれている。

人見知りで、人と話すことが苦手な私にとって、高尾くんはとても眩しい存在だった。







「あれ…」

掃除当番と日直を終え、家に帰ろうと教室を出ようとしたとき。
隣の席の緑間くんの机の下に、携帯が落ちているのに気付いた。
恐らく緑間くんのものだろう。何度か彼がこの携帯を使っているのを見たことがあるし、何より緑間くんの机の下に落ちていたものなのだから。

「届けたほうがいいよね…」

携帯電話だし、早めに緑間くんに届けたほうがいいだろう。
確か今日はバスケ部がやっているはずだ。
落ちている緑色の携帯を拾って、足早に体育館へ向かった。



体育館ではバッシュのスキール音がする。練習中のようだ。
入り口の扉から恐る恐る中を覗く。
練習中の選手に話しかけるわけにはいかないし、中谷先生に渡しておこうか。

「あの…」
「あれ、さん?」
「きゃっ!?」

先生を呼ぼうとすると、後ろから突然声を掛けられた。
驚いて振り向くと、そこには高尾くんがいた。

「わり、驚かせちゃった?」
「あ、その…大丈夫」

高尾くんはちょっと申し訳なさそうな声を出す。
慌てて大丈夫だと首を振った。

「どしたの?なんかあった?」
「あの…緑間くん、携帯教室に忘れてたから届けに」
「あー、そうなんだ。サンキュ!オレ渡しとくよ」
「ありがとう」

高尾くんに緑間くんの携帯を手渡す。
高尾くんは太陽のように明るく笑った。

「んじゃ、さん気を付けてね」
「うん。ありがとう」

そう言って体育館から校門へと向かう。
途中、高尾くんの明るい「今委員会から戻りました!」という声が聞こえてきたので、今日は保健委員があったようだ。

高尾くんと言葉を交わしたのは初めてだった。
いつも目立つ彼を目で追うだけだったから。
だから、まさか私の名前を知っているなんて思わなかった。

彼に呼んでもらえた「」という名前が、やたらと特別に感じた。





次の日、学校に行くと昇降口で緑間くんに会った。

「緑間くん、おはよう」
「おはよう。昨日はすまない」
「?」
「携帯、わざわざ届けてくれたのだろう。高尾に聞いたのだよ。お礼のラッキーアイテムだ」
「えっ、そこまでいいよ!」
「大したものじゃない。それに携帯電話は個人データの塊、誰かに取られたら大変なものだったのだよ」

緑間くんはそう言って碁石をくれた。
今日の私のラッキーアイテムらしい。本当に律儀な人だ。

「ありがと。いいことあるといいな」
「ラッキーアイテムを舐めてはいけない。必ずご利益があるのだよ」
「ふふ、ありがと」

そう言って緑間くんからもらった碁石をポケットにしまった。
下駄箱を開けて上履きを取り出した時、高い声が耳に入った。

「あ、真ちゃーん、おはよ!」
「高尾、朝からうるさいのだよ」

声の主は高尾くんだ。彼は大袈裟にジェスチャーしながら緑間くんに近付いて行く。

「挨拶しただけでそれひどくね!?あれっ、さん!」

高尾くんは緑間くんの体の影からひょいを顔を出す。
まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったので、一瞬体が強張った。

「真ちゃん無駄にでけーから気付かなかったわ!おはよー」
「お、おはよう…」
「無駄ではないのだよ!」
「わーってるって。この身長からの3Pマジありがたいっス!」

高尾くんは敬礼のポーズを取る。
それがなんだかおかしくって、思わず笑ってしまった。

「ふふ」
「…おお、笑った!」
「え?」
「いや、さんってさあ」

高尾くんは頬を掻きながら何かを言いかける。
ドキッとして、体を真っ直ぐ緊張させてしまう。

「おい高尾!お前昨日プール忍び込んだだろ!」
「えっ!?」

突然後ろから体育の山田先生がやってきて、高尾くんの首根っこを掴んだ。
高尾くんは驚いてぶんぶんと腕を振っている。

「いやそれオレじゃないっすよ!?オレ昨日部活の後真っ直ぐ家帰ったんですけど!!」
「いいから来い!」
「あ…」

高尾くんは山田先生に連れて行かれてしまう。
高尾くん、さっき何を言いかけていたんだろう。








その日の帰り道。
友達みんな部活なので、私は一人帰路を歩いていた。

「…さーん!」

後ろの方で、私の名前を呼ぶ声がする。
男子の声だ。
男子で私の名前を呼ぶほど関わりのある人は緑間君ぐらいしかいない。
けど、確実に緑間君の声じゃない。
誰だろうと疑問に思いながら振り向くと、そこには高尾くんがいた。

「高尾くん」
さん、悪いね呼び止めちゃって」
「ううん、大丈夫」

高尾くんは走って私のもとにやってくる。
どうしたのだろう。

「どうしたの?何か用?」
「いや、別に」
「えっ」
「歩いてたらさん見えたから、一緒に帰ろかなって」
「あ、そ、そうなんだ」

何か私に用があるのかと思いきや、高尾くんから返ってきたのはそんな答えで驚いてしまう。
私はほとんど話したことのない異性と一緒に帰ろうなんてなかなか誘えないけど、さすが高尾くんだ。

さんこっち?」
「うん」
「オレもこっち。…あ、そうだ!」
「?」
「一個言い訳!今朝の山田先生のアレ、誤解だかんね!?」
「今朝の…プールに忍び込んだって話?」
「そう!それ!オレの友達たちがやったらしいけどオレはいなかったから!」

高尾くんはやたら慌てた様子で身振り手振りを交えながら話してくる。
その様子が少しおかしくて、笑ってしまった。

「そっかあ、高尾くん災難だったね」
「…まー、先生もすぐわかってくれたし?いいっちゃいいんだけど」
「そっか…」
「うん」
「……」

あ、まずい。会話が途切れてしまった。
どうしよう。何か話さなくちゃ。
そう思えば思うほど次に出すべき言葉が思いつかない。

「…いい天気だね」
「ん?ああ、そうだなー」
「……」

いい天気って、私ってばなにをいきなり。
せめてこういう話は一日の始めにするものじゃないか。
自分のこういうところが嫌になる。
何で私、うまく話せないんだろう。

「…ご、ごめん」
「え、なにいきなり」
「その、私話すの苦手で…つまんないよね」

せっかく一緒に帰ろうと言ってくれたのに、うまい話の一つも思いつかない。
こんなんじゃ、高尾くんもおもしろくないだろう。

「いやいやいや、別に謝ることじゃないっしょ」
「でも」
「別にベラベラ喋ることだけが楽しいことってわけじゃないし。オレ現に今けっこー楽しいし」
「な、なにが…」
「ん?さん毎日この道歩いて、この景色見ながら帰ってんだなーって思うとおもしろいよ」

高尾くんは辺りを見渡しながらそう言った。
普段私が見ている景色。それを見て楽しいと思っているなんて。

「楽しいことなんていくらでもあんじゃん。無理に話さなくても一緒に歩くといろいろ発見あって楽しいぜ」
「…高尾くん、すごいね」

楽しそうに話す高尾くんを見て、純粋にすごいなあと思う。
高尾くんの周りが常に笑顔であふれている理由がわかった気がした。

「高尾くんが友達多いの、わかるよ。すごいね。私そういう、お話ししたり、全然で…」
「いやー、別に?さんもコミュ力すごくね?」
「え、どこが…」

謙遜でもなんでもなく、私のコミュニケーション能力は低いと思う。
誰かに積極的に話しかけたりできないし、おしゃべり苦手だし。

「真ちゃんと仲いいってだけで平均以上だと思うぜ!」
「緑間くんは…中学から一緒なだけで」
「いやー、あの気難しさは中学から一緒ってだけで仲良くなれるレベルじゃないぜ」

高尾くんは腕を組んでうんうんうなずきながら言う。
その様子にまた笑ってしまう。
私は今日だけで何回笑っているのだろう。

「だからマジで!別にバンバン人に話しかけるだけがコミュ力じゃないっしょ。オレみたいなのは人によってはうざいって言われるし」
「!うざくないよ!」

高尾くんの言葉に即座に反応してしまう。
うざいなんて、そんなこと思ってもみなかった。

「全然そんなことないよ!私、話しかけられてうれしかったし!」
「…そ?」
「うん」
「…サンキュ」

高尾くんはうれしそうにヘラっと笑った。
笑ってくれてよかった。ほっと内心安堵した。

「あ、私、バスだから…」
「あ、そうなん?」

話しながら歩いているうちに、私が乗るバス停に着いた。
名残惜しいけけど、一緒に帰るのはここまでだ。

「…またね。バイバイ」
「また一緒に帰ろうな〜」

高尾くんの「また」という言葉が胸に来る。
なんだか、とても嬉しい。

「う、うん!」

大きな声で返事をすると、高尾くんは笑って応えてくれる。

胸のドキドキが止まらないのは、なんでなんだろう。










「また一緒に」
15.02.02







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