3月。私も千尋も受験は終了した。
国公立大志望の同級生たちはまだ受験の真っ最中だけど、私も千尋も無事第一志望の私立大に受かった。

さすがに試験の多い2月には千尋とあまり会うことはなく、今日は久しぶりに千尋の家に来た。
本棚を見ると参考書がずらっと並んでいた。

「うわ、なにこれ」

理系の千尋の本棚には当然理系の参考書が並んでいる。
文系の私の頭ではおよそ理解の追い付かなさそうな本ばかりだ。

「千尋って物理学科だっけ」
「そう」
「物理って一番わかんないなあ…」

理科は全般苦手だったけど、化学生物あたりならまだしも物理は一番わからない学問だった。
高二までしかやらなかったから最近は触れていないけど、やっぱり苦手だなと思う。

「オレにはお前の学部のがわけわかんねえけど」
「人文学部?楽しそうじゃん」
「…ま、人のやることに文句つける気ねえけど」

千尋は参考書を一冊手に取る。
よく使っていたのだろう。ページの端はもうボロボロだ。

「物理ってさ、何が楽しいの?」
「は?」
「ああ、別に嫌味とかじゃなくて、私結局物理の楽しさわからないまま終わっちゃったからさ。単純にどういうとこ面白いと思ってるのか聞きたくて」

「何が楽しいの?」というと嫌味みたいだなと思い慌てて言い直す。
18年間…というより学校で勉強してきた12年間で物理の楽しさは結局わからなかった。
文系の学部に進むのでこれから理系科目に触れることはほとんどなくなるから、これから先わかる機会はそうそうないだろう。
自分の恋人が進もうとしている学部について少しは知りたいと思う。

千尋は少し考えて、本棚から一冊本を取る。
そのまま先ほどまで座っていた場所にもう一度腰を下ろす。
私もその隣に座った。

「お前よく電話してくるだろ」
「そりゃ、まあ」

恋人に電話を掛けるのは特別取り上げることではなく普通のことだろうと思うけど、おそらく物理に関係があるのだろう。

「なんで電話で相手の声が聞こえると思う」
「…あー…」

それ、小さいころに疑問に思ったような気がする。
なんで遠く離れた人の声が聞こえてくるのだろうと。

「あとお前よく星見てるだろ」
「まあ、綺麗だし」
「季節によって見える星が違うだろ。あれも物理学。天文学も物理学の一種だから」
「はー…」

千尋は私に考えさせるような口調で言ってくる。
千尋の言いたいことがわかってきた。
つまり世の中の事象をひも解いていく学問で、日常のいろいろなことに興味を持てば物理が楽しくなるということなんだろう。

「はー、なるほど。なんか物理楽しそうだね」
「まあ楽しいのと理解できるのは別だからな」
「……」

まあその通りなんですけど!
確かに物理が楽しそうと思ったところで解けるかどうかは別問題だ。
面白いと思ったところでおそらく私の頭は物理学には向いていない。

「でもいいね。本当に楽しそうって思えたよ。今まで避けたくて仕方なかったけど」
「…じゃあ」

千尋は頬杖をついてじっと私を見つめる。

「なんでいきなりどこが楽しいのかなんて聞いてきたんだ」
「ん?そりゃ、好きな人がやる学問に興味持つのって割と自然じゃない?」

もし千尋が生物学部に行けば生物学について聞いたと思いし、経済学部に行けば経済のことを聞いたと思う。
単純に、千尋の興味のあるものはどういうものなんだろうという好奇心だ。
特別意識せず、至って普通のトーンで言うと、千尋は頬杖をついていた手のひらを広げて、自分の顔を覆った。

「…お前」
「なに?」
「…別に。人文学部って何すんの」
「え?」

突然の質問に、思わず聞き返してしまう。
千尋が文系に興味を示すとは思わなかった。

「なんだよその顔」
「いや…文系興味あるの?」
「今出た」
「?」
「…お前が言ったんだろ」

千尋はふいと目線を逸らしてしまう。
ああ、そうか。そういうことか。

「人文学部ってやれること多いんだけどさ、私がやりたいのはね」

さっきの千尋のように、丁寧に自分の進む学部について教えていく。

千尋の持つ世界に私が興味を持って、私の世界に千尋が興味を持つ。
こうやって、自分の世界は広がっていくんだな。















ワールドワイド・スーパーガール
15.01.06

ファンブックネタ 黛さん×得意科目でした
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