仕事から帰ってきて、家のドアのカギを開ける。 部屋の電気はついていない。 真はまだ帰ってきていないようだ。 まあ、あいつが私より早く帰ってくることは滅多にないけど。 特に最近は忙しいらしく、一緒に住んでいるのにあまり顔を見ていない。 「ただいまー…」 誰もいないとわかっているのについつい言ってしまう。 真にバカにされるけど、家に帰ってきたという感じがするから言いたい。 「?」 カバンの中の携帯が震える。 送信者は大学時代の友人だ。 『聞いたー?菜美が結婚したんだって』 …聞いてない。 菜美も同じく大学時代の友人…とは言えないか。今は連絡とってないし。 ゼミの仲間だった子だ。あの子も結婚したのか…。 「……」 もう年齢も年齢だから、こういう報告をよく聞くようになった。 結婚したとか、子供産んだとか、二人目出来たとか。 そういう報告を聞くと、羨ましいというか、焦る。 真と付き合うようになって10年以上経って、一緒に住むようなって…3年くらいだっけか。 いつまでこういう関係を続けるんだろうか、と不安になる。 真の性格上結婚とか考えてる気がしないし。 だけど男と違って女にはタイムリミットが存在するわけで。 「…はあ…」 ため息をつく。 最近考えるのはこういうことばかりだ。 …お風呂入って寝よう。どうせ真は今日も午前様だ。 * 「あれ」 家に帰ると電気がついている。 珍しい。今日は早かったのか。 「ただいま」 「どこ行ってた」 「友達とご飯食べてた。そっちこそ早いね」 手を洗って真の前に座った。 真は少し機嫌が悪そうだ。 「どうしたの、変な顔して」 「変な顔で悪かったな」 真は随分と疲れた顔だ。 まあ、最近忙しそうだし、当然か。 「…イギリス」 「は?」 「イギリスに行くことになった」 真は面倒そうな顔で呟いた。 「なに?出張?」 「いや、赴任」 「え…」 赴任ということは、結構長いのだろうか。 不安がよぎる。 「…どのくらい?」 「短くて三年」 三年。 三年って。 三年後って私いくつよ。 「…へー…」 冷めた声が出る。 三年。しかも『短くて』と来たものだ。 この関係をどうしようか悩んでいた時にこの辞令。 もう、潮時ということだろう。 「…真」 「お前英語しゃべれたよな」 「え?ま、まあそれなりに」 突然の質問に慌てて答える。 英語? 「パスポートは」 「持ってるけど…」 たまに出張で海外に行ったり、友達と旅行に行ったりしているからパスポートは持ってるし英語もある程度話せる。 「じゃあ問題ねえな」 「え、ちょっと待ってよ」 それは。 その意味は。 「…私も行けってこと?」 イギリスへ行くという言葉と、英語話せるか、パスポート持ってるかという質問。 私の自意識過剰では、ないはずだ。 「お前に選択権あると思ってんのかよ」 真はバカにしたように笑いながらそう言い放つ。 本当に、この人は。 「わかったわよ、行くわよ」 しょうがないなあという声でそう言う。 真はいつだって、私の都合を聞かずに決めてしまう。 私は私で、いつだってついていってしまうのだけど。 「ああ、パスポートは取り直しか」 「え?」 「変わるだろ、名字」 その言葉で、我慢していた涙が溢れた。 涙で歪んだ視界に真の意地悪な顔だけが映った。 中毒性のあるてのひら 14.07.29 10周年プロポーズ企画! てのひらは、手の平で転がされるのてのひらか、はたまたなんだかんだと自分の手を引いて一緒に連れていってくれるてのひらか お好きなほうをどうぞ 感想もらえるとやる気出ます! タイトル配布元→capriccio |