「明日空いてるか」

一緒に暮らす千尋が金曜の夜にそう聞いてくる。

「空いてるよ」
「そうか」

どこか行こうとか誘ってくるのかと思ったけど、それで会話は終了した。
何かあったのかな。





「出かけるぞ」
「は?」

その次の日の夜。
そろそろ夕飯の準備をしようと思っていたら、千尋がそう言ってくる。
突然のことに素っ頓狂な声を上げてしまった。

「空いてるって言ってただろ」

言ったけど、どこかに行くなんて聞いていない。
そう反論したかったけど、飲み込んだ。
千尋は、そういうやつだ。
長年の付き合いで学んだ。
自分勝手で、めんどくさいやつ。


「車?」
「ああ」

千尋は駐車場から車を出す。
結構遠いところに行くんだろうか。そう思いながら助手席に乗った。

「寒くないか」
「んー…別に」
「寒いんだな」

千尋は私の答えを聞いてエアコンを調節する。
昔から、人の機微を見るのはうまかったけど、最近は特にだ。
自分勝手なくせに、私の体を気遣う。
理由は一つ。私のお腹に、私と千尋の赤ちゃんがいるからだろう。

「気分は」
「平気」
「それは本当みたいだな」

見透かしたように言ってくるのが、鼻につくような、こそばゆいような。
実際少し寒く、気分は悪くない。
幸い私は悪阻がかなり軽いようだ。

「あ、電話」

私の携帯が震える。
父親からだ。

「もしもしお父さん?」

そう言って電話を取ると、隣に座る千尋が苦い顔をした。

「うん、うん…。本当?ありがと」
「……」
「うん。じゃあよろしくね」

電話を切る。千尋はまだ苦い顔のままだ。

「なんて顔してるのよ」
「……」
「本当にお父さんのこと苦手ね」
「この間ぶん殴られたばっかりだからな」

私のお腹に赤ちゃんはいるけど、私と千尋はまだ結婚していない。
籍は来月入れる予定だ。
いわゆるできちゃった結婚というやつ。
当然、二人で私の実家に行ったとき、お父さんは怒った。
大切に育ててきたのに、男と同棲して、子供ができたから結婚するとはどういうことだと大きい声で怒鳴られ、千尋は思いきり殴られた。
その場はお母さんがおさめてくれて(お母さんは千尋のことが気に入ったようだった)、お父さんも「子供ができているなら仕方ない」と渋い顔のまま結婚の了承はしてくれた。
でも、お父さんは千尋を厭ってる。

「お母さん、お父さんはヤキモチ妬いて意地張ってるだけよって言ってるけど」
「そうだとしても、あっちが怒っている以上こっちがへらへらできねえだろ」
「まあね」

娘としては二人に仲良くとは言わずとも普通に話せるぐらいにはしなってしいけど、なかなかこういう状況では難しいだろう。
少なくとも、お父さんが歩み寄ってくれないと。

「電話、なんだったんだ」
「おじいちゃん家から野菜送られてきたからそっちにも少し送ってやるって」
「……」
「なに、変な顔して」
「親父さん、もう怒ってないんじゃねーか」
「だから言ったじゃない、意地張ってるだけだって」

お父さんはこうやっていろんなものを送ってくれるし、何かと心配してメールをくれる。
認めてくれてはいるんだろうけど、意地っ張りだから。

「仲良くなれそうな気がするんだけどね、あんたとお父さん」
「そうか?」
「似たもの同士だもん。ひねくれもので頑固者」
「悪かったな…と、ここだ」

いつの間にか目的地に着いたようで、千尋は車を止める。
ついたのは、高台だ。

「わー…」
「久しぶりだろ、ここ」

ここはこの辺りではちょっとした名物の夜景スポットだ。
前は結構来ていたけど、最近はご無沙汰だった。

「ほら」
「ありがと」

千尋は後部座席に置いてあった上着を取ってくれる。

「そういえば最近来てなかったね」

私も千尋も外に出かけるのがあまり好きではない。
だけど、ここだけは別だった。
よく二人で来ては、静かに時間を過ごしていた。


「んー?」

柵に寄りかかって、夜景を見ながら返事をする。
風が気持ちいい。

「結婚しよう」

千尋の言葉に、目をまん丸くさせて驚く。

「…は」
「なんて顔だ」
「いや、だって、するでしょ」
「ちゃんと言ってなかっただろ」

千尋は星空を仰ぎながら、小さい声で話す。

「子供ができたってわかって、なあなあで結婚って話になっただろ」
「そうだけど…」
「ちゃんと言っておいたほうがいいと思ったんだ」

ああ、それで、ここに連れてきたのか。

「喜んで」

千尋に寄り添う。
温かい。

「婚約指輪はないぞ」
「これからお金かかるもんね」

自分のお腹を撫でる。
もうすぐ、慌ただしい日々が始まる。

「そろそろ帰るか。腹減った」
「こういうときってどっかいいレストラン連れてってくれたりするんじゃないの?」
「貯金しないといけないからな。それに」

ちょっと嫌味っぽく言うと、千尋はまた嫌味っぽく返す。

「お前の飯が一番うまい」

その言葉で、胸の奥がきゅんとなった。
今まで、そんなこと言ったことなかったのに。
私も単純だ。

「ねえ千尋、お父さんとの仲取り持ってあげようか」
「それはありがたいな。どうする気だ?」

シートベルトを締めながら、もったいぶった口調で言う。

「私は今すごく幸せだよって言えば、許してくれるんじゃない?」

プロポーズされて、お腹の中には大切な人の赤ちゃんがいて、もうすぐその人と一緒になる。
お父さん、順番は逆になってしまったかもしれないけど、私はとても、幸せよ。

「それで本当に大丈夫なのか」
「たぶんね」
「ならとっとと言ってくれ。親父さんの声を聴くたびにビビりたくはない」

家を出たときは少し明るかった空はもう真っ暗だ。
時が進む。
幸せが生まれる瞬間が、また少し近付く。










キスとおやすみ
14.09.02


10周年プロポーズ企画!
なんとなくなんですけど黛さんでき婚しそうだなって思います ツメが甘そうとうか…





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タイトル配布元→capriccio