18年間の人生で一番の勇気を振り絞って宮地に告白した。
ダメもとだったけど結果はまさかのOK。
いつもは厳しい宮地の顔が、綻んだ表情で「オレも好きだった」と言ってくれた。
あのときの宮地の表情を私は一生忘れないだろう。
あれから一ヶ月。
私と宮地の関係は、なにも変わっていないような気がする。
「……」
時計は22時を指している。
今日も宮地にメールしようと思ってできなかった。
メールなんだから気にしなくてもいいんだろうけど、今は部活かなとか、今はご飯食べてるかもとか、お風呂かなとか、明日朝練あるからもう寝てるだろうとか、そんなことを考えて一向にメールできない。
付き合う前は宮地の都合なんて考えずにメールしていたのに。
そもそも電話じゃないんだから、深夜帯は避けるとしても、ほかのことをしているときにメールを送ったところで邪魔にはならないはずだ。
メールの未送信ボックスを開く。
そこにはたくさんの宮地宛のメールが残っている。
*
「」
昼休み、お手洗いから教室に戻る途中、宮地が話しかけてきた。
「あ…どうしたの?」
「今日部活ねーんだけど」
宮地は少し照れた表情をしながらも、言葉ひとつひとつしっかりと発音して話す。
私は照れるとどうにも口ごもってしまうから、宮地のそういうところ、その、すごくかっこいいなと思う。
「一緒に帰らねーか」
その言葉にぽっと顔が赤くなる。
一緒に帰るのは、付き合ってから初めてだ。
「か、帰る!」
「…おう。じゃ、放課後」
宮地は気恥ずかしそうに目線を斜め下に向けて、早歩きで教室へ戻った。
胸の前でぎゅっと手を握った。
今まで一緒に帰ったことはない。
宮地は毎日毎日部活だから、必然的に彼の帰りは遅い。
すでに部活を引退した私は、授業が終わると同時に帰宅する。
どうせ家に帰っても受験勉強をするだけだから、宮地が部活を終えるまで図書室や教室で勉強しながら待っていてもいいんだけど、待っていようかの一言は気恥ずかしくて出ない。
一ヶ月前から、ずっとこんな調子だ。
以前は言えた言葉が出てこない。
付き合い始めたことで距離は縮んだはずなのに、むしろ遠くなってしまった。
*
放課後、私は宮地が部活を終えるのを自習室で待っていた。
テスト前でもない今日、自習室に人影はまばらだ。
今ここにいるのは、私含め受験生がほとんどだろう。
机の上に開いた問題集に目をやる。
こんな勉強漬けの生活が終わるまであと3ヶ月。
そうしたら、華のキャンパスライフ…は言い過ぎだとしても、今よりずっと解放された生活になるはずだ。
そのときを想像すればこの受験勉強だって苦じゃない。
…いや、苦は苦だけど、少しは希望が持てる。
ぐっと気合いを入れて次の問題に向かった。
*
「あ」
カーディガンのポケットにいれた携帯が震える。
おそらく宮地からだ。
『今終わった。そっち行くから待ってろ』
わざわざこちらまできてくれなくても、校門で待ち合わせればいいのに。
そう思いつつも、そう言ってくれたのが嬉しい。
鞄に問題集と筆記用具をしまいながら胸を高鳴らせた。
「…あ」
自習室の外に宮地の姿が見えた。
慌てて鞄を持って自習室を出た。
「…おう」
飛び出すように教室を出たら宮地が驚いた顔をしてしまった。
しまった、がっついてるように見えたかな。
「お、お疲れ」
なんだか居心地が悪くて、とりあえずそう言っておく。
「…じゃ、行くか」
宮地がぶっきらぼうな口調で言う。
私は大股で歩く彼の後を必死でついていった。
*
「勉強順調か?」
「んー…まあまあ。一応今のとこ第一志望はA判定だけど…」
帰り道、宮地と一緒に歩きながら、ぽつりぽつりと会話をする。
「そっちはどう?部活あるし大変でしょ」
夏で引退する三年生が多い中、バスケ部はほとんどが引退せずに部に残っている。
冬の大会に出ることが決まり、練習はかなり厳しいらしい。
受験を控えた三年生は両立が大変だろう。
「ま、なんとかな。オレらの先輩でも現役で国立行く奴もいたぐらいだし、できなくはねーよ」
「そっかあ…」
そんな話をしているうちに、交差点につく。
私は右に行ってバス停に、宮地はまっすぐ行って駅まで向かう。
「…じゃ、また明日」
名残惜しいな。そう思いながら右折しようとする。
そうしたら、宮地も一緒に右を向く。
「送ってく」
思っても見なかった言葉に、目を丸くする。
一瞬面食らって、その後慌てて口を開いた。
「い、いいよそんなの。疲れてるでしょ」
「別に。…まあどうせバス停までだけど」
「でも」
「うるせえ。行くぞ」
私の遠慮の言葉なんて聞かずに、宮地はずんずんと先に歩きだしてしまう。
慌てて彼の後を追った。
「み、宮地、あの」
「…なんだよ。余計だったかよ」
宮地はマフラーに顔を埋めて、小さな声で言ってくる。
私は首を横に振って否定した。
「…ううん」
余計なんかじゃない。
疲れてるところ悪いとは思うけど、やっぱり嬉しい。
「なんか、ごめんね」
そう言うと、宮地は突然チョップをかましてきた。
「え、えええ!?なに!?」
「うるせ!」
私、チョップされるようなことしたっけ!?
少し痛む頭をおさえていると、宮地は先にずんずんとバス停に向かってしまう。
バス停はすぐそこだ。
「あとどんくらいで来んの」
「あと5分かな」
電車と違ってバスだから完全に時間通りではないけど、時刻表ではあと5分だ。
「そ」
時間を確認すると宮地はバス停のベンチに座った。
一緒に待ってくれるということだろうか。
「…んだよ」
「…なんでもない」
喜びを隠しきれずに、顔がにやける。
綿も宮地の隣に座った。
「…なんか、さっきからごめんね。送ってもらったり、一緒に待ってもらったり」
「……」
頭を掻きながらそう言うと、宮地は今度はデコピンをかましてきた。
「さ、さっきからなに!?」
確かに宮地は結構こうやって小突いてくることが多いけど、だいたい私が変なこと言ったときや、軽い喧嘩(というより言い合い)をしているときで、今はどちらにも当てはまらないような気がする。
おでこを押さえながら疑問を呈すると、宮地は暗がりでもわかるほど不機嫌な顔をした。
「この間から何遠慮してんだよ」
「え…」
宮地はまっすぐ私を見る。
恥ずかしくて顔を逸らしたいのに、宮地の目はそれをさせてくれない。
「み、宮地」
「前はバンバンメール送ってきたくせに全然ねーし、なんかしゃべったと思ったら『ごめんね』とか『いいの?』ばっかじゃねーか」
心臓が大きく鼓動を打つ。
宮地の言うとおりだ。
自分でも遠慮してばっかりだってわかってる。
「…だ、って」
「だって、なんだよ」
「……」
次の言葉が出てこない。
ううん、自分の中ではわかってる。
だけど、口に出すのをためらってしまう。
「言えよ」
宮地のまっすぐな視線が私を射抜く。
言わなくちゃいけない。そんな気分にさせる目だ。
「……嫌われたくない、って、思っちゃって」
宮地に嫌われたくない。
付き合う前までは当たって砕けろと思えていたのに、いざ手に入ると急に失うのが怖くなった。
メールしつこいとか、わがままな女だとか、思われたくない。
「あいたっ!」
「お前はなあ」
宮地はまたチョップをかましてくる。
そのまま、真剣な声で話し出す。
「お前はオレが、お前がちょっとわがまま言ったぐらいで嫌いになるような、そんな軽い気持ちで付き合ってると思ってんのか」
きゅっと胸が締め付けられる。
私はふるふると首を横に振った。
「…思ってない」
そんなの、ちゃんとわかってた。
宮地は真摯なやつだから、私の告白をそんな軽い気持ちで受けたわけではないって。
だけど、実際口にされると、心の奥が溶けていくようだ。
「なら、いいだろ」
宮地はふいと視線を逸らした。
バス停の灯りが照らす宮地の顔は、少し頬が赤い。
「…で」
「…?」
「なんかねえの、言いたいこととか」
私はぎゅっと膝の上で握り拳を作った。
言いたいこと。私のわがまま。
「…あのね、今度部活ない日とか」
「…おう」
「…一緒に勉強しない?」
必死に心持ちでそう言うと、宮地はマンガみたいにずっこけた。
「…クソマジメ」
「え、だって受験生だし…」
「そりゃそうだけど」
「だからさ、あの…」
まだわがままには続きがある。
恥ずかしげに視線を逸らす宮地の方を向いた。
「…受験終わったら、どっか行こうね」
あと3ヶ月。受験勉強の日々が終わったら、二人でどこか遊びに行きたい。
「…そんなの…」
宮地は何か言いかけて、途中でやめてしまう。
「?」
「…いや。どこがいいか考えとけよ」
「うん」
受験が終わった後の楽しみがまた一つ増えた。
これできっと頑張れる。
「あ…」
道の向こうに私が乗るバスが見える。
もう一度拳を作りなおして気合いを入れる。
きっと宮地を見つめた。
「もう一個、わがままいい?」
「?おう」
今までと違うと悟ったのか、宮地は少し不思議そうな顔をする。
だけどすぐに頷いてくれた。
バス停にバスが停まる。
一人降車口から降りて、入り口のドアが開いた。
「いいです、乗らないです!」
運転手さんに聞こえるように、身振りをしながら大きな声で言う。
隣の宮地が驚いた顔をしたのがわかるけど、気にしないようにする。
バスのドアは閉まって、走り出していった。
「…お前」
「…わがまま、いいって言ったでしょ」
これがもう一つのわがままだ。
「…次のバスが来るまで、一緒にいたいなって」
次のバスが来るまであと15分。
短い間だけど、それまで一緒にいたい。
「…だからなあ!」
「えっ」
宮地は大きな声を上げる。
一瞬怒らせたかと思ったけど、声が大きいだけで怒っている声じゃない。
「…そういうのわがままなじゃねーって」
「そ、そう?」
さっきまでと一転、宮地は声を小さくしてしまう。
「…オレも、嬉しいし」
宮地の言葉に一気に顔が熱くなった。
どうしたらいいかわらかなくなって、下を向いた。
「あ、あの…」
「……」
「えっと…」
浮かれてしまって何を話せばいいかわからない。
しどろもどろ口を開くと、宮地が優しく笑った。
「…別に、無理に話題作らなくてもいいだろ」
「え…」
宮地は私の膝の上に置いてある手を取る。
温かい手だ。。
「話したいことあんならなんでも聞くけど、無理して話さなくても、こう、二人でこうしてるだけでもオレは別にいいっつーか…」
宮地は気恥ずかしそうに、でも、しっかりと一音一音発音してくれる。
私は小さくうなずいた。
「…うん」
何か話したいことがたくさんあったはずなのに、今は一つも思い出せない。
だから、今はこのままでいい。
この時間が、心地いい。
バスが来るまであと15分。
温かい時間が流れていった。
あと15分
14.12.10
千波さんリクエストの宮地でした!
ありがとうございましたー!
感想もらえるとやる気出ます!
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