8月、夏休み。
30度を超える気温とやたらと高い湿度。
バスケ部の活動する体育館は日差しはないものの、熱気がこもってひどい状態だ。

「ちゃんと水分取ってねー」

うちの部の練習は厳しい。
厳しいけど、熱中症になったら元も子もないということで、水分補給のための休憩は多めだ。

「よーし、再開すっぞー」

虹村君のかけ声でまたみんなコートに集まる。
私たちはその間に飲み物をまた作っておかないと。



水を入れに行こうと思って、体育館の外に出ようとしたとき、虹村君に呼び止められた。

「なに?」
「ふらふらしてんなよ」

それだけ言うと虹村君はコートに戻っていってしまう。
また言われてしまった。

「…はあ」

ため息を一つ吐いて、体育館の外の水道に向かった。





、なんか暗くない?」

水道の前で同じマネージャー仲間(彼女は洗濯をしていたようだ)にそう言われてしまう。

「また怒られちゃった」
「虹村君?」

声に出さず頷くと、友達は苦笑いした。

「フラフラしてるなってさ」
「あー、虹村君、うちらにも厳しいもんねー。ま、部員相手ほどじゃないけど」

虹村君はとにかく厳しい。自分にも、周りにも。
それ自体はいいことだと思う。
とても部長向きだと思うし、きっとスポーツ選手には必要な心掛けだろう。
ただ、虹村君は口調がちょっと厳しくて、その。

、虹村君苦手だもんね」

そう、私はちょっと虹村君が苦手だ。
悪い人じゃないのはわかってる。
ただ、どうしても怖いっていうか…。
特に私は自分でも動きが緩慢なほうだと自覚がある。
よく「フラフラするな」「ちゃんと歩け」って言われてしまう。
その度びっくりしてしまって、ちょっとだけ怖いなと思ってしまって…。

「…みんなには内緒ね?」
「大丈夫大丈夫。ほら、早く行かないとまたどやされるんじゃない?」
「あ、本当だ!」

友達に言葉に慌てて体育館に戻る。
恐らく残りのドリンクはもうなくなっているだろう。





次の日、今日もまた朝から部活だ。

「おい、

コートで準備をしていると、虹村君に話しかけられた。
バスケ部は大所帯。部員も多ければマネージャーも多い。
虹村君と2日連続で会話するなんて、珍しい。

「な、なに?」
「悪ぃけどこれ買ってきてくれ」

虹村君は1枚のメモと部の財布を渡してくる。
テーピングや絆創膏、その他もろもろ部の備品だ。

「今から?」
「ああ。真昼間に行くよりマシだろ」

確かに昼間の気温に比べれば今は幾分かマシだ。
熱いことには変わりないけど、気を遣ってくれたんだろう。

「うん。わかった」
「よろしくな」

そう言って虹村君は去っていく。
また怒られるのかとビクビクしていたけど、ほっと安堵の息を漏らした。






「はあ…っ」

まずい。
買い出しが思ったより時間が掛かってしまった。
いつも買っているところで冷却シートを買おうとしたら、この気候のせいかちょうど入荷待ちだったのだ。
だからほかのお店に行ったんだけど、そのせいでだいぶ遅くなってしまった。
携帯でコーチに連絡はしたけど、急がなきゃ。

「も、戻りました」

息を切らして体育館に戻る。
入り口にはちょうど休憩中の虹村君がいた。

「遅くなってごめん」
「いや、コーチから聞いたし別に」
「そう…?」

袋を床に置く。
なんだか、頭が痛い。

「…?」
「…ん、なに…?」
「お前水飲んだか?つーかもしかして走ってきたのか?」
「えっと…」

うまく思考が回らない。
虹村君の声が響く。

「おい!」
「…っ」

たちくらみがして、倒れそうになる。
倒れずに済んだのは、虹村君が咄嗟に腕を伸ばしてくれたからのようだ。

「歩けるか?」
「…ん」
「いや、やっぱ歩くな」

体が浮く感じがする。
遠くのほうで虹村君とコーチの声が聞こえる。

「保健室行くぞ」
「うん…」
「意識はあるな」

どうやら私は虹村君に背負われているようだ。
ボーっとする意識の中、彼に背負われて保健室へ向かった。







保健室はクーラーが聞いていて涼しい。
その上水分を摂らされ、体はベッドの上。
さっきよりだいぶマシになった。

「…平気か?」
「うん」

保健室の先生は今コーチと話しているらしく、保健室には私と虹村君だけだ。

「…ごめんね」
「なんで謝るんだよ」
「練習中断させちゃったし、迷惑かけちゃって…」

多分、私が熱中症になったことで練習は中断しているだろう。
いつも「気を付けて」と呼びかけている側なのに、自分がなってしまうなんて。
申し訳なくて、涙が出てくる。

「別にのせいじゃ…」
「ごめんね…」
「!」

涙が堪え切れなくて、両手で顔を覆う。
虹村君がバツの悪そうな顔を背けるのが指の隙間から見えた。

「ごめんね…」
「だから謝んなくなって…」
「いつも、私怒られてばっかりで…迷惑かけてばっかりなのに、今日もそうだし」
「…おい、ちょっと待て」

虹村君は少し驚いた顔でこちらを向いた。

「怒ったって、いつ」
「え…?」
「いつもって…あー、そういうこと」

虹村君は納得したような声を出すと、頭を乱暴に掻く。

「…まあ、誤解されんのはいつものことだけど」
「…?」
「…別に怒ってねーよ。今も、いつも」

さっきまでの気まずそうな顔はどこへやら。
虹村君は少し優しい顔つきで私を見る。
私も、横になっている体の顔だけ虹村君のほうに向けた。

「怒ってるってあれか。フラフラすんなとか、そういう」
「う、うん」
「やっぱりか…」

虹村君は大きな溜め息を吐く。

「怒ってねーよ。ただ、なんつーんだ…心配なんだよ。女子だし、細っこいし、今暑いし、倒れんじゃねーかって心配になるっつーか…」

虹村君は照れ臭そうに、丁寧に話してくれる。

「そ、そうなの…?」
「だからちゃんと倒れねーようにしろよって意味で言ってたつもり」

あの「フラフラするな」は「フラフラしないようにちゃんと水分補給して休め」ということだったのか。
いつも、てっきり怒られているのだと思っていた。

「ごめん…」
「いや、オレのほうこそ…ビビらせてたみたいで悪ぃな」

虹村君が私の額の髪を撫でる。
汗で張り付いた髪を取ってくれる。

「ごめんね、虹村君」
「いいって」
「…優しいね」

そう言うと、虹村君の顔が少し赤くなるのが見えた。

「…別に」

意外と照れ屋さんなのかな。
なんだか、今まで怖がってたのがバカみたいだ。
こんなに優しくて、可愛い人なのに。

「…ふふ」
「…何笑ってんだよ」
「あ、ごめん」
、今日何回謝ってんだよ」

虹村君はちょっと笑いながら言う。
確かに、今日の私は謝ってばかりだ。

「そっか。じゃあね、ありがとう」
「え」
「今も、いつも、ありがとう」

そう言うとまた虹村君は顔を背けてしまう。
いつも怖いと思っていたその顔が、今はとてもかわいいと思う。

「あー…」
「?」
「…オレ、戻るから。たぶん先生もそろそろ戻ってくるだろ」
「そうだね。練習、大丈夫かな」
「ま、平気だろ。病院行くほどの症状じゃねーし。今までもこんぐらいならたまにあったからな」
「それもそうだね」
「お前はゆっくりしてろよ」

そう言い残すと虹村君は保健室から出ていってしまった。
保健室の天井を見上げる。
体はだいぶ冷えているのに、なんだか顔が少し熱い。














14.09.23

カンナさんリクエストの虹村のことが怖いヒロインの話でした
リクエストありがとうございました!





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