決死の覚悟で氷室君に告白してもらえた返事はなんとOK。
あのときは本当に天にも昇る思いだった。
あれから一ヶ月が経った。
あのときと違って、今は不安で胸がいっぱいだ。


「ねえねえ、氷室君とどこまで行ったの?」

学校帰り、友達が不意にそんなことを聞いてくる。

「氷室君アメリカ帰りじゃん?やっぱそのー…手早いの?」
「…特に」
「え?」
「特になにもないデス」

そう、何もない。
この一ヶ月、キスはおろか手すら繋いでない。
私だって「相手は帰国子女だから」と一応いろんな覚悟を決めておいたのに、特に何もない。

さすがに不安にもなってくる。

「えー…本当に?」
「紛れもなく本当です」
「……まあ、ドンマイ」
「慰めるのやめてくれる?!泣きそう」
「いやー…あれじゃない?手早すぎるよりいいんじゃん?大事にされてるんだよ、たぶん」

私だってそう思いたい。思いたいけどせめて手ぐらい繋いでもいいんじゃないかな?!
そもそもこの一ヶ月、部活で忙しい彼とは週に二回一緒に帰るだけ。デートらしいデートは一回だけ。
なんかもう、そもそも付き合ってるのかな?もしかしてそう思ってるの私だけ?状態だ。

「もういっそ聞いてみたら?」
「それで『え?付き合ってるの?』とか言われたらショックで死ぬんだけど」
「骨は拾ってやるから」
「そこは『大丈夫!』って言ってよ!」





日曜日、今日は氷室君と二度目のデートだ。
念のため先日メールで「今度のデートだけど、待ち合わせ1時でいいんだよね?」と送って「そうだよ」と返ってきたのでまず間違いなくこれはデートだ。
大丈夫。デートはデート。

、ごめん。遅くなって」

氷室君が私のところへ駆け寄ってくる。

「大丈夫だよ、まだ時間になってないし」
「でもごめんね」

氷室君が申し訳なさそうな顔で言う。
胸の奥がきゅんとなる。
この人の一挙一動が好きだ。
「好きです」と言って「オレも」と言われたから、彼も私と同じ気持ちだと思っていたけど…。

「じゃ、行こうか。映画始まっちゃう」

氷室君は映画館の方向へ歩き出す。
手は宙ぶらりんのまま。
道行くカップルはだいたい手を繋いでいたり、腕を組んでいたりするのに。

「…うん」

落ち込んでいる様子を必死に隠しながら、彼の隣に並んだ。






「少し遅くなっちゃったね」

映画館の後喫茶店に行って、少しお茶をした。
しゃべっていたらいつの間にか日が沈んでしまった。

「門限とか大丈夫?」
「うん」

氷室君が家まで送ってくれるというので、お言葉に甘えることにした。

「うち門限とかなくて。あんまり遅いと怒られるんだろうけど」
「遅く帰ったことないの?」
「うーん…文化祭の準備のときぐらいかなあ。そのときも連絡したし」
は優等生だ」

氷室君はふふ、と柔らかく笑う。
優等生…というかこの辺って遅くまで遊ぶところってないし、外は街灯が少なく夜出歩くと怖いから、たいていの女子はわりと早めに家に帰ってる。

「早く帰った方がいいかな。ご両親が心配するから」

氷室君は少し歩くスピードを速めようとする。
思わず彼の服の袖を掴んだ。

「?」
「あ、その…」

早く帰る、なんて、ちょっといやだ。
私は一秒でも長く、氷室君といたいのに。

?」
「…」

私はそう思うのに、氷室君は思わないんだろうか。
こんなに好きだと思うのは、私だけなんだろうか。

「…私、まだ…帰りたくない」

必死の思いで、そう言った。
まだ帰りたくない。
氷室君と一緒にいたい。

「…?」
「……」
「ご家族と喧嘩でもしたの?」

氷室君の頓珍漢な問いに首を横に振る。
そうじゃない。

「…氷室君と、一緒にいたい」

ぎゅっと彼の手を掴んだ。
ずっと繋ぎたかった、彼の手のひら。

「……」
「…そう思うのは、私だけなの?」

あ、まずい。
泣きそうだ。

、帰らないと」

氷室君は私の手をそっとはずせると、小さい声で呟いた。
堰を切ったように涙が溢れた。

!?」
「…私のこと、好きじゃないならそう言って…っ」

ボロボロと涙が雫れる。
もう、止められない。

「一緒にいたくないなら、そう言って…、好きなの、私だけなのは、いやだよ…」

もし、氷室君が私のことなんて好きじゃないのなら。
だったらきっぱりと言ってほしい。
そうしたら諦めもつくかもしれない。
今のこの状態は、つらいだけだよ。

、ごめん」

氷室君がハンカチで私の涙を拭う。

「好きだよ」
「うそつかないで、だって」
「本当だよ。…不安にさせて、ごめん」

氷室君は眉を下げて、寂しげな表情で口を開く。

「大切にしたくて、傷つけたくないんだ…ちゃんとしたいんだ。のこと、好きだから」
「だって、手も繋いでくれないのに」
「…に触れると、いろんなことが爆発しそうで」

そう言って氷室は、涙を拭いていた手すら引っ込めてしまう。
私はこんなに、触れたいのに。

「…本当?」
「本当だよ。そうじゃなきゃ、今ここにいない。に告白されて、あんな返事しない」
「…じゃあ、大切ってなに?」

また涙が出てくる。もうダメだ。止められない。

「大切って何?触れないことが、大切にするってことなの?」

責めるような口調になってしまう。
だけど、本当に思っていることだ。
大切にしたいと言ってくれるなら、私は、


「私は、氷室君に触れたいよ。手繋いだり、キスしたりしたいよ。好きなんだもん。それぐらいじゃ、私、傷ついたりしないよ」

私はこんなに氷室君を渇望しているのに、応えてくれない。
そっちのほうがよっぽど、私はつらい。

「…っ」

涙がもう一筋頬を伝う。
それと同時に、唇に熱い感触を感じた。

「…!」

目を開けると、目の前に氷室君の顔がある。
近いなんてもんじゃない。

「ん…っ」

一度唇を離したかと思うと間を開けずもう一度。
息が苦しい。
だけど、嬉しい。
ずっと欲していたものが、今私の目の前にある。

「氷室君…」


肩で息をする私を見て、氷室君はキスを止めて私をじっと見つめる。
熱い瞳だ。

「もう、止まらないよ」

そんなの、私も同じだ。












イノセンス
14.11.18

リクエストの好きすぎてなかなか手が出せない氷室でした!
ありがとうございましたー!




感想もらえるとやる気出ます!