「じゃ、じゃあ行ってくるね」
「頑張ってならきっとできるから!」

部活が終わり、バドミントン部の仲間に見送られながら部室を出る。
頬を叩いて気合を入れて、バスケ部の体育館へ向かった。
今から私は一世一代の交渉をしに行く。
、頑張ります!!


「あ、赤司君」

バスケ部も部活は終わったらしい。
部活を終えた赤司君のところに行く。
彼とは同じクラスだけど、話したことはほとんどない。
突然話しかけられて彼も少し驚いているようだ。

「なんだい?」
「あのー…突然なんですけど、来週卓球部が使っている体育館使おうとしてるでしょ?」

来週の約一週間、卓球部は大会で学校をあける。
当然卓球部が使っていた体育館は使われなくなる。
そこで、多くの部活が彼らのいない間体育館を使おうと申請しようとした。

「そうだ」
「うちも申請したのよ」
「そうか」
「…そしたら使う曜日とか話し合って決めてくれって言われて」
「悪いが僕たちに全部使わせてもらいたいのだが」

やっぱり。言うと思った。
他の部活の人たちも、そう言われるだろうと思って申請を取りやめてしまったのだ。
相手は強豪バスケ部、しかも主将は学年主席の赤司君。
話し合いなんて無理だと悟って、みんな引き下がっていった。

でも、私たちは引き下がるわけにはいかない。

「そこをなんとか!卓球部いないの月曜から木曜でしょ?半分ずつとか」
「悪いが譲るつもりはない」
「普通二つの部活が申請してるから半分ずつにしないかな?!」
「…バドミントン部は地方予選敗退だったな」

赤司君は冷たい目で私を見る。
さすが赤司君、ほかの部活のことまでよく知っている。

「地方予選敗退…ではあるけど地方予選の決勝戦敗退です」
「同じことだ。バスケ部の成績は知っているな?」
「…全国大会二連覇です」
「もし教師に今の僕の言い分と君の言い分を申し出た場合採用されるのはどちらだと思う?」
「……」
「黙り込んでも答えは変わらないが」

そりゃどう考えてもバスケ部だろう。
だから先生に言わず赤司君に直接交渉に来たのだ。

「…わかった。一旦引き下がります」
「一旦?」

赤司君は少し驚いた顔をする。

「また明日考えて交渉に来ますので」
「…ふうん。ただ闇雲に突撃してるわけではないということか」






「赤司君、昨日の話の続きなんだけど!」

次の日の昼休み。
赤司君が昼食を終えたのを確認して、彼のもとに突撃した。

「来たな」
「来ましたとも」

まさか私も一回頼んだだけで通るとは思っていない。
こちらも長期戦覚悟だ。

「で、体育館の件だけどね」
「無理だな」
「話も聞かずに!?」

赤司君は鞄から本を出すと、栞の挟んであったページを開く。

「半分譲ってくれたら、今度バド部がオフの日に洗濯とか手伝うから、どう?」
「マネージャーは不足していない」
「…四日のうちの一日でもダメ?」
「交渉の余地はない」

赤司君は本から視線を外さない。
読書の邪魔と言いたそうな表情。
今日は引き下がろう…。





、どう?進捗は」

その日の部活中、友達が体育館の件を聞いてくる。

「取り付く島もないって感じ」
「あー…そっか」
「なんか交渉の材料になりそうなものない?」

今の交渉の仕方だと赤司君…というか男子バスケ部にとって私たちバドミントン部に体育館を譲るメリットはない。
あちら側が得するものを差し出せれば少しは赤司君も考えてくれそうだと思うんだけど。

「…うーん…」
「やっぱないよね…」
「あ、色仕掛けとしてみるとか」
「…は?」
「赤司君だって雲の上の存在みたいだけど男の子だし!メリットが!」
「…念のために聞くけど、誰が色仕掛けするの?」

友達は私を指さして、笑いながら答える。


「誰がやるか!!」





「赤司君!」
「また君か」

その次の日の昼休み、赤司君はまた本を読んでいる。

「バド部が大会のときはバスケ部が体育館使えるようにするのでどうかな?」
「もし今回と同じことが起こったとして、バドミントン部以外は僕たちと戦おうともしないはずだが」
「…そうでした」

…ですよねー。
強豪バスケ部。彼らは一軍二軍三軍で体育館が分かれているほど恵まれた環境だ。
今回のように、誰も彼らと争おうとはしないだろう。

「……じゃあさ、どうしたら譲ってくれる?」

もういっそストレートに聞いてしまおう。
そう思って思い切って赤司君に聞いてみる。
別に四日間全部使わせてくれと言っているわけじゃない。
せめて一日、できれば二日使わせてほしいのだ。

「…なぜそんなに使いたい?」
「え?」
「ほかの部の連中は僕たちと争おうともしない。なぜそこまで懸命になる?」

赤司君は本に栞を挟んで閉じると、私を真っ直ぐ見やった。

「…うちの部の成績、知ってるでしょ?」
「地方予選敗退か」
「決勝!敗退です」
「同じものだろう」
「赤司君にとっては同じでも、私たちにとっては違うの」

決勝戦敗退。そう、あと一歩で全国に手が届くところだったのだ。
強くなりたい。
次こそは全国に行きたい。
そのために、できるだけ多く練習がしたいのだ。

「…そうか」
「そうなんです」

赤司君はまた視線を本に戻してしまう。
ああ、もうダメか…。
もう金曜日。
来週の体育館割を決めるのは今日が最後のチャンスだった。

「…わかった。邪魔してごめんね」

体育館の使用権は取れなかった。
部のみんなになんて言おう。
俯きながら自分の席に戻ろうとしたら、赤司君が口を開いた。

「…水曜」
「え?」
「水曜はうちの部をオフにするから、使っても構わないが」

まさかの言葉に驚いて、あわてて赤司君の前に戻る。

「え、いいの!?」
「よくなかったら言わないが」
「そ、そうだよね!ありがとう!」
「よく一日だけでそんなに喜べるな」
「あ、まあ…一日でも練習時間増えるのは嬉しいな〜って」
「…そうか」

赤司君がふっと笑った。
落ち着いた彼だけど、笑った顔は年相応で、少しドキッとしてしまった。





「あれ、赤司君」

次の週の水曜、体育館での練習を終えると、体育館の前で赤司君に会った。

「こんな遅くまでどうしたの?」
「部の用事でね」
「あれ?オフじゃないの?」
「部活動自体はしていないが雑務がいろいろ残っていたんでこの機会に片付けたんだよ。そちらはもう練習は終わったのかい?」
「うん。ありがとうね!」

今日は赤司君と体育館の使用権を争っていた日だ。
改めてお礼を言うと、赤司君は笑った。

「四分の一しか譲ってもらっていないのに、よくお礼を言うね?」
「あ、まあ、確かに…」

その通りではあるんだけど、前に赤司君が言った通り、普通なら強豪のバスケ部が優先されるだろう。
一日でも譲ってもらったのはありがたいことだったのだ。

「あれ、…と赤司君」

同じく部活動を終えた友達がやってくる。

「ちょっと
「ん?」

友達にぐいと腕を引き寄せられる。
彼女に近付けば、耳元で興味津々な声で囁かれた。

「なになに、やっぱり色仕掛け成功したの?」
「!」

楽しそうな顔で言われ、思わず顔を赤くした。

「違う違う!もともとしてないからね!?」
「あ、そうなんだ〜残念」
「もう…」
「じゃ、私先あがるね」
「うん。お疲れ」

色仕掛けって…もう。冗談じゃなかったのか。

「何を話していたんだい?」

赤司君が私に一歩近づいて、少し怖い目で言ってくる。
確かに、目の前で内緒話をされたらあまりいい気はしないだろうけど、そんな怖い顔をしなくても…。

「えっと…」
「色仕掛けとか聞こえたが」
「!!」

かなり小さい声だったのに、まさか聞こえていたとは…。
赤司君に嘘は通じる気がしない。
素直に話すことにした。

「えーっと…前に全然体育館の交渉したときにさ、うまくいかないなら色仕掛けすれば〜って言われたんだよね。ま、もちろん冗談だけど。その話」

できるだけ明るく、軽ーく話す。
あくまで冗談だよ、ということを強調しながら。

「色仕掛けか」
「ね、笑っちゃうでしょ」
「強ち引っかかったと言えなくもないな」

赤司君は笑いながら言う。
この間見せた年相応の笑顔ではない。
妖しさを含んだ笑顔だ。

「え。何言って」
「毎日懸命に通い詰められているうちに、色仕掛けに引っかかったと言っているんだよ」
「えええ!?」

赤司君が!?私に!?そもそも色仕掛けをした覚えすらないんですけど!?

「え、な、なん」
「どうして僕が体育館を譲ったと思う?」
「地方予選の話聞いて、頑張ってっていう意味じゃなかったの!?」
「僕がそんな理由で譲ると思うか」

赤司君は私の顎をくいと持ち上げる。
顔が近い。

「あ、赤司君」
「下心があるからに決まっているだろう」

真っ赤になった私の顔を見て、赤司君がおかしそうに笑う。
私はもう、動けない。

「今度は僕が色仕掛けをする番だ。覚悟はいいかい?」









「覚悟はいいかい?」
14.09.29

佐倉さんリクエストの赤司と体育館を取り合うところから始まるの話でした
リクエストありがとうございました!





感想もらえるとやる気出ます!