ことの始まりは15分ほど前。


「あれ?携帯鳴ってない?」

一緒に夏祭りに来ていた友人の携帯が震えていることに気付く。

「ほんとだ…お母さんだ」

「ちょっとごめんね」と彼女は私に断ると電話に出る。
彼女はムッとした表情になった。

、ごめん私ちょっと帰らないと」
「何かあったの?」
「お母さんが町内会で呼ばれちゃったみたいで…妹一人にしておけないから早く帰って来なさいって」

彼女の妹はかなり幼かったはず。
確かに一人でお留守番は少し不安だ。

「いいよ、大丈夫。早く帰ってあげて」
「ごめんね、せっかく来たのに」
「いいってば。結構見て回ったし」

幸運なことにもうすでに夏祭りに来てから大分時間が経っている。
全部とは言わないけど結構見て回ったから、そこまで残念がるほどじゃない。

「ごめんね、またね!」

彼女は慣れない浴衣で小走りになって神社を出ていく。
さて、私は…。
とりあえずざっと見て回ったけど、あんず飴と綿飴しか食べていないからお腹が空いている。

「たこ焼きでも食べようかな…」

家族には夕飯はいらないと言ってしまったし、家に帰っても食べるものはない。
お祭りを一人で回るのは恥ずかしいけど、まあ、たこ焼きだけ食べて帰ろう。
そう思ってたこ焼きの屋台を探そうと歩きだした。



「ねー、一人なんでしょ?」

友達と別れたのが15分前。
たこ焼き屋を見つけて列に並ぼうとしたら、後ろから男の人に声をかけられた。
何だろうと思って振り返って後悔した。

「ひ、一人じゃないです」
「うっそだ〜。さっきから見てたけど一人じゃん?」

目の前には男二人。
間違いない。完全にナンパだ。
しかもしつこい。
一人は私の肩に腕まで回してくる。
手で払ってもめげない。
もう勘弁して…。

「一人で浴衣着てさあ、どうせナンパ待ちだったんでしょ?」
「ち、違います」
「いいじゃんいいじゃん!ちょっとだけ!」
「わっ」

ぐいと腕を引っ張られる。
振り払おうとしても、相手の力が強くてできない。
怖くて背筋が凍る。

前に友達といるときにナンパされたことがあったけど、あのときよりずっと怖い。
自分が一人だからというのもあるだろうけど、なんだか、危険な予感がする。

「は、離して…っ」

顔が一気に真っ青になる。
怖い。

「ああ、こんなところにいた」

後ろから肩を掴まれる。
これ以上何が起こるの。
半泣きになりながら振り向いた。

「ひ、氷室…」

そこにいたのはクラスメイトの氷室だ。
見知った顔の穏やかな笑顔に、少しほっとする。

「オレの連れなんだ。離してくれる?」」

氷室は私の腕を掴む男達に言い放つ。
笑ってるのに、怖い。

「ああ?なんだよ優男」

相手の男もひるまない。
私の腕を掴む力が強くなる。
痛い。

「………」
「いててっ!?」

氷室は私の前に出る。
相手の腕を掴むと、無理矢理離される。

「痛え!なんだよてめえ!…っ!?」

相手の男は氷室を睨みつけるけど、なぜかすぐにひるんでしまう。
私からは、氷室の表情は見えない。

「…ちっ、いいよもう」

男たちは舌打ちをするとすごすごと退散していった。

「……」
「大丈夫?」
「あっ」

あっという間の出来事にぼーっとしてしまった。
氷室に声を掛けられてハッと我に返った。

「あ、あの。ありがとう」
「いいんだよ。それより怖かっただろ?」

氷室に頭を撫でられて、安心したのか、緊張の糸が切れたのか、涙が溢れてきた。


「ご、ごめん。なんか」
「いいんだよ」

氷室は優しく私の頭を撫でてくれる。
なんだか、すごく安心する。

「……」
「……」
「……!」

安心したせいなのか、私のお腹が盛大に鳴った。

「ち、違うの!違う!」
「お腹空いた?」
「す、空いたけど、その…」
「たこ焼き、食べようとしてたんだろ?」

氷室はふいと顔を上げる。
そ、そうだ。ここたこ焼き屋の前だった…!
泣いたりしちゃったから、周りの人たちはちらちら私たちを見ている。

「あ、えと…」
「一緒に食べよう。すみません、一つください」

氷室は手際よくたこ焼きを一つ買う。
そのまま私の手を引いて、神社の奥のほうに歩き出す。

「ひ、氷室」
「遠慮しないで」

氷室はベンチに腰掛けると、私をその隣に座るよう促す。

「はい」
「あ…」

氷室は爪楊枝でたこ焼きを一つ取ると、私の口の前に持ってくる。

「えっと…」

ためらっても、氷室は微笑むだけでたこ焼きを引っ込めようとしない。
落ちそうだし、心を決めてたこ焼きを食べた。

「……」
「おいしい?」
「う、うん…」

火照る顔を抑える。
ドキドキ、する。

「あの、氷室」
「ん?」
「あ、ありがとう」

もう一度ちゃんとお礼を言う。
助けてくれて、本当にうれしかった。

「大したことじゃないよ。たまたま部活の帰りに友達と来てたら、が絡まれてるの見えたからね」
「あ、そうなんだ…友達大丈夫?」
「いいよ別に。ただ夕飯済ませるつもりってだけだったし」
「そう…?」


氷室は突然私の手を握ってくる。
ぽっと顔が赤くなった。

「え、え?」
「まだ震えてる」
「あ…」

手がまだ少し震えてる。
氷室は私の手を温めるように優しく包む。

「…怖かったんだね」

氷室の声に、ぎゅっと胸が締め付けられる。

「う、うん…あんなの初めてで…こ、怖くて」
「うん」
「あんなふうに迫られたりするの…怖くって。でも、氷室来てくれてよかった。優しいね」

笑ってみせると、氷室は少し困った顔をした。

「氷室…?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、そんなに優しくはないんだ」
「?」
「オレもあいつらとそんなに変わらないから」
「え…」

氷室の言葉に、思わずたじろぐ。
あの人たちと、同じ…?

のこと怖がらせたり困らせることはしないよ」

氷室は笑って、たじろいだ私に近付く。
驚く間もなく、氷室は私の頬にキスをした。

「!?」
「怖がらせないし、困らせない。でもね」

今の氷室の笑顔は、優しいというより、妖しい。

「でも、に迫りたいのは一緒なんだ」

氷室の言葉に一気に顔が赤くなる。
氷室ならいいと思ったなんて、まだ、言えない。










恋心、下心
14.09.17

沙羅さんリクエストの危ないところを助けてくれる氷室でした!
ありがとうございましたー!

恋という字は下に心があるんだよと言ったのは誰でしたっけ





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