「人殺し」


ああ、フラッシュバックつーんだっけ、こういうの。昨日のの顔と言葉がいきなりばっと頭をよぎる。人殺し。ひとごろし。あいつは泣きながら怒りながらそう言った。
は俺がよく行く定食屋で働いてるやつだ。たまに話す程度だが、一度だけあいつ仕事帰りに送ってやったことがある。閉店時間ぎりぎりに行ったらあいつはまだ働いていて、ふと「お前家まで近いのか?」と聞いたら「歩いて15分です」と言われた。歩いて15分つったら結構あるじゃねーか。この店の周りは街灯も少なく暗い。送ってやろうか、と言ったのは、少なくとも俺にとっては、ごく自然なことだった。そうするとあいつはひどく驚いた顔をして「いいんですか?」と聞いてきた。「嫌ならいいけど」そう言ったら「い、い、嫌じゃないです!」と慌てて言い、「ありがとうございます」と、嬉しそうな笑顔を見せた。あれがもう一週間前のことか。懐かしい。


昨日の夜、攘夷派だと言う男を斬った。一人は殺し、二人は生け捕り、合計3人だった。殺した一人は真っ赤な血の海の中に沈んでいる。そこに、たまたま、仕事帰りだったが通りかかった。

「その人たち、だれですか」
「攘夷派」
「あなたが、ころしたんですか」

その問いには答えず、冷たい視線だけを送った。暗い闇の中で、返り血を浴びた俺はあいつからどう見えたのだろう。修羅のようにでも見えたかもしれない。は、涙をいっぱい目に溜めて「人殺し」とだけ言って去っていった。

あの女は一体俺に何を期待してたんだろう。俺が真選組だっていうことくらい知ってただろうに。真選組の連中は誰だって人を殺してる。あの近藤さんですら殺してるのに、俺が人を殺さないとでも思ってたのか。「人殺し」何を言ってるんだあいつは。そんなこともともとわかってたことじゃねえか。俺に対して勝手な幻想を抱いて、勝手にそれを打ち砕かれたと泣いたあいつは、今頃何をしているのだろう。
「ありがとうございます」なんて、そう言ったあいつの笑顔も、もう見れなくなるのか。そう思うとむしゃくしゃして、部屋にあった灰皿を壁に投げつけた。

「人殺し」 あいつの言葉がこだまする。






愛してたなんて言わないけど、
(もう二度と、前みたいには戻れない)
07.09.04