私はひっそり、あなたを見ています かげろうの恋 「じゃねぇか」 「土方さん」 11月の寒い日のこと。買い物に行った帰り、土方さんに会った。 「何買ったんだ?」 「本です。土方さんも読みます?」 「いや、いい」 土方さんはそう言って屯所へ歩きだした。 「それより、今日の飯はなんだ?」 「鯖の味噌煮ですよ。マヨネーズもちゃんとあります」 「よし」 私は真選組の女中で、いつも皆のご飯を作ったりしている。それを苦だと思ったことはほとんどなく、毎日が楽しい。ただ一つ、望むなら 「…もう暗くなってきたな」 「秋は陽が沈むのが早いですね」 真っ暗、とは言えないけれど辺りはかなり暗い。この辺りは灯りが少なく、隣の土方さんの顔もよく見えないくらい。 「屯所まで急ぐか。腹も減ってきたし」 「そうですね」 本当は、急ぎたくないけれど。もう少し、二人きりでいたいです。 「、どうした?」 「いえ、何でも」 この人は、何にも知らないんだ。私が、土方さんを好きだということも、何も。”好き”なんて、思ってはいけないのに。私はただの女中で、あなたは真選組の副長。女中の代わりはいくらでもいる。あなたからしてみれば、私はいてもいなくても同じ。そう思うたびに、涙が溢れてくる。だけどこの気持ちは止まらない。 「おい、火持ってねぇか?」 「いえ、持ってません」 「ライター落とした…煙草吸えねぇじゃねぇか」 火なんてつけないでください。せっかく辺りが暗いのに。明るくなったら、私の涙が見えてしまう。 ”お、マッチがあった”と言って、土方さんが火をつけた。気付かれないよう、涙をぬぐう。マッチの火はゆらゆらゆれてる。 05.11.15 |