春
桜の咲く季節、私と辰也は近くの公園にお花見に来ている。
「桜、満開だね」
「うん」
この公園あまりメジャーなお花見スポットではない。
だけれど桜は綺麗だし、周りのお花見客も家族連ればかりでまったりとした雰囲気だ。
「はい、お弁当」
「やった!」
鞄からお弁当を出すと、辰也は子供みたいな顔で喜んだ。
「お弁当、楽しみにしてたんだ」
「ふふ、辰也の好きなのいっぱい入れたんだよ」
「さすが」
辰也は嬉しそうな顔で私を抱きしめた。
私がこうやってお弁当を作ったり、ご飯やお菓子をふるまうと、辰也はいつでも「おいしい」と言って喜んでくれる。
だから私は何度だって辰也のために料理を作るのだ。
「あ」
二人でお弁当を食べていると、辰也が私を見て目を丸くする。
「辰也?」
「動かないで」
辰也は私の頭に手を伸ばす。
何かを取るような仕草をしたかと思うと、彼の手の中には桜の花びらがある。
「ついてた」
「ありがと」
これだけ桜が咲いているなら、花びらが落ちることもままあるだろう。
「んー…、でももったいないな」
「なにが?」
何がもったいないのだろう。
首をかしげてそう聞くと、辰也はレジャーシートの上に落ちている桜の花を取った。
そして、私の耳の辺りにそれを置いた。
「桜、似合ってる」
辰也はそう言って、私の頬にキスをした。
「ここも桜色だ」
「…もう」
辰也は相変わらず、気障なんだから。
*
夏
「ね、辰也。海に行かない?」
夏と言えば海だろう。
そう思い、辰也を海に誘ってみる。
「海?」
「うん、海!」
昔は夏は部活部活で忙しく海に行く暇はほとんどなかった。
でも今はその暇がある。
一度ぐらい辰也と海に行ってみたい。
「海か…」
「うん」
「……」
辰也は苦い顔をしてしまう。
高校時代、授業のプールは楽しそうにしていたし、アメリカにいたころは大我くんとサーフィンしてたなんてことも言っていたから海は好きだと思っていたけど…。
「辰也、海嫌い?」
「いや…好きだけど」
好きならどうして苦い顔をしているのだろう。
首を傾げると、辰也は私の肩を掴んできた。
「それだよ!その顔だ」
「え?」
「こんな可愛いが他の男の前で水着姿になるなんて…危ないよ」
「あ、危ないって…」
出た、辰也の過保護精神。
「危ないって、辰也も一緒に行くんだよ?」
「もちろんオレは目を離さないから危ないことはないだろうけど、他の男たちからどんな目で見られるか」
「そんな、大丈夫だって」
「大丈夫じゃないよ!男って言うのは基本的にいやらしいことばっかり考えている生き物で」
あ、辰也のお説教タイムが始まってしまった。
こうなると長いのだ。
「今このご時世何があるかわからないんだよ?ちゃんと自分が可愛い女の子だって自覚を持って」
辰也が私を心配してこう言ってくれていることはわかる。
こう言うだけあって、私の帰りが遅くなった時は文句を言わずに迎えに来てくれることにはとても感謝している。
だけれど、さすがに何度も同じお説教を繰り返されると飽きてくる。
だから、私はこういうとき心を無にすることにしている。
どうやら今年も海には行けないようだ。
*
秋
秋のある日。今日は辰也の家でお泊まりだ。
私は夕飯も食べてお風呂も入って、寝る準備ばっちりだ。
辰也がお風呂に入っているので、今は辰也を待っている。
ガチャリとドアノブが回る音がする。
お風呂場のほうからだ。
音の方向を見ると、辰也が髪を拭きながらそこから出てきた。
「お待たせ」
「ううん、大丈夫」
辰也はベッドに座る私にキスをする。
辰也からお風呂のいい匂いがする。
「…あ」
辰也は私の隣に座ると、すぐそばの窓に耳を寄せた。
「どうしたの?」
「虫の声」
辰也がそう言うので、私も窓に耳を寄せる。
網戸の向こうからは、確かに秋の虫の声が聞こえる。
「本当だ」
「もう秋だね」
「うん…」
目を瞑ると、五感の一つを閉ざしたせいかより一層虫の声が体に入っていく。
心地いい美しい虫の声。秋田育ちの私には聞きなれた音だ。
「っ!」
その音を堪能していると、突然辰也がキスしてきた。
驚いて目を開けると、辰也は私をベッドへと押し倒す。
「辰也」
「オレの前で目瞑ったらこうなるに決まってるだろ?」
辰也は妖しい笑みを浮かべて、もう一度私にキスをする。
辰也との付き合いはもうそれなりの長さだ。確かにこうなるに決まってる。
「た、辰也」
「ん?」
「窓、閉めて」
窓の外からは虫の声が聞こえている。
このままでは、私たちの声も外に聞こえるということだ。
「了解」
辰也は左手で窓を閉める。
閉ざされた空間で、二人だけの時間の始まり。
*
冬
「寒…っ」
学校から自分の部屋に戻る。10時間以上留守にしていたせいもあり、部屋の中はすっかり冷えてしまっている。
「エアコン、と」
エアコンのスイッチを入れて、部屋を暖める。
しかし、エアコンは時間が掛かる。
こういときはやはりこたつである。
「はあ…」
こたつ布団の中に足を入れる。エアコンに比べればこたつは割と早く温まる。
冷えた足先がじんわりと温まっていく。
「あれ」
温かさを堪能していると、鞄の中の携帯が震えた。
辰也からメールだ。
内容は、今近くにいるからそちらに向かっていいかということだ。
「大丈夫、勝手に入っていいよ、と…」
辰也にそう返信する。
辰也には合鍵を渡してあるから、インターホンを押さずに入ってくるはずだ。
十五分後、玄関のドアから物音がする。
恐らく辰也だろう。
「辰也?」
「お邪魔します」
玄関まで彼を出迎えに行く。
辰也は私の顔を見ると嬉しそうな顔で笑った。
「来ちゃった」
「いらっしゃい」
辰也はぎゅーっと私を抱きしめる。
辰也の体はすっかり冷え切ってしまっている。
「昨日ね、こたつ出したんだよ」
「こたつ!?」
洗面所で手を洗う辰也にそう告げると、辰也は子供みたいな嬉しそうな表情になった。
「こたつだ!」
辰也は手を拭いて駆け足で部屋に向かう。
辰也はこたつが大好きなのだ。
「辰也、こたつ好きだよね」
「うん。温かいし、日本って感じがして好きだな」
辰也はこたつに入ると、お風呂にでも入ったように気が抜けた顔をする。
「私もこたつ好き」
辰也の隣に入って、私も笑う。
温かいし辰也は喜んでくれるし、私もこたつ大好きだ。
「みかん食べる?」
「うん」
こたつの上に置いてあるみかんを辰也に渡す。
冬はこたつでみかんを食べながら、辰也を体を寄せあう。
これで冬も寒くない。
氷室くんと過ごす春夏秋冬
15.11.04
2015年氷室祭りの拍手ログです
感想もらえるとやる気出ます!
|