「敦、ちょっとそれ取って」
「敦、悪いんだけどこれ持ってってくれる?」
「敦、これ重いから運んでくれない?」

私は重いものを運ぶとき、大抵敦に頼んでいる。



はアツシと仲良いんだね」

同じクラスの氷室に突然そう言われ、目を丸くする。

「まあ、中学一緒だから」
「帝光だっけ?」
「うん、そのときも私バスケ部のマネージャーやってたからね」

親の仕事の都合で高校は秋田になったわけだけど、まさか敦も秋田に来るとは思わなかった。
中学時代の知り合いにはもう気軽に会えないし、知り合いがバスケ部に入ったのは純粋に嬉しかった。

「アツシ、何か頼まれたら面倒だって言うけど、のはちゃんと聞いてるし」
「ああ、それはね、これですよ」

そう言って私は鞄からお菓子を出した。

「これさえあげれば敦は素直だから」
「釣ってるんだ?」
「まあね」

敦はお菓子さえあげれば基本的になんでもやってくれる。
それに私にとって重いものでも、敦にしてみれば苦じゃない重さだし。

「でも、他の奴ならお菓子あげなくても頼めばやってくれるんじゃないか?」
「…うーん」

それはそうなんだけど。
やっぱりそういうことを頼むとなると同級生か後輩。先輩には頼めない。
同級生・後輩、全部ひっくるめて一番仲がいい…というか、頼みやすいのは敦なんだよなあ。

それに、入学してすぐのとき、同級生に同じようなことを頼んで、「それマネージャーの仕事じゃん。なんでオレがやんの?」と断られたのが結構トラウマというか。
冷たく言い放たれたので、今でも引きずってるというか。
特に知り合いなんて一人もいない秋田に来て不安だったときだったものだから、なんだかやたら心に残ってしまってる。

そう言った彼は、一秒でも多く練習してレギュラーになりたかったらしい。だから断ったと小耳に挟んだ。
まあ、彼はもう部活やめちゃったけど、それでも。

「ひどいな、そいつ」
「…いや、でもやっぱりみんな練習したいでしょ」

あんなふうに断られるのはもう嫌なので、できれば頼みやすい、断ってこない敦に頼みたい。

…特に、氷室にあんな冷たく断られたら立ち直れなさそうだ。
氷室はそんなふうに言ったりしないだろうけど、足踏みしてしまう。

「いいよ、オレに頼みなよ。お菓子代浮くよ?」
「あはは」

そう言ってもらえるとありがたいし、嬉しい。

「じゃあ、今度頼もうかな」
「うん。まあ、見返りは求めるけど」
「え。じゃあ、それって結局お菓子代浮くことにならないんじゃ…」
「ものじゃないよ」

そう言うと氷室は笑う。
笑いながら、氷室は戸惑う私に少し近付く。

「!」

どうしたの、と聞こうとする私の唇を氷室のそれが塞いだ。
キス、された。

「ひ、氷室」
「見返りは、これがいいな」

顔がポッと赤くなる。
み、見返りって…。

「…見返りにならない…」
「?」
「それ、私の方が嬉しい…」

赤くなった顔でそう言うと、氷室は優しく微笑んだ。

「いや、オレの方が嬉しいよ」

そう言ってもう一度キスをする。
…やっぱり、私の方が嬉しい。






ちん、最近オレに『これ持って〜あれ持って〜』って頼まなくなったね」
「え?」

練習中、段ボールに入ったDVD(対戦校の資料だ)を運んでいるとき、敦にそう言われる。

「まあ、ね」
「ねーそれ持ってってあげよっか」
「…お菓子欲しいの?」
「当たりー」

…やっぱりか。
とはいえ、お菓子は持ってないし、それに…。

「ダメだよ」
「あ、氷室」
「室ちん」
「オレが持ってくよ」

そう言って氷室は私が持っていた段ボールを持ち上げる。

「ありがとう」
「いいえ」
「室ちんずるいーそうやってちんにお菓子もらってるんでしょ。オレもお菓子欲しい〜」
「やだなあ、お菓子はもらってないよ」
「そうなの?」
「アツシじゃないんだから」

氷室はそう言って苦笑する。
「お菓子はね」と強調するように付け加えられて、私は顔を赤くした。

「なーんだ。お菓子ないならいいや」

敦はすっかり興味を失くした様子で、その場から去って行く。

「…これ、部室に持って行くの?」
「あ、うん。ありがと」
「いいよ。ただ、その代わりもう敦に頼んじゃダメだよ」
「?」
「オレ、結構嫉妬深いんだ」

氷室はそう言って笑う。
氷室以外に頼むわけ、ないじゃない。

そう思いながら、自分の唇をなぞった。









甘い甘いご褒美を
13.08.13

杜若さんリクエストの帝光中出身ヒロイン/紫原に嫉妬する氷室の話でした〜
ありがとうございました!

また氷室さん、ヒロインの許可得る前にキスしてますね
キス魔室ちんが好きです







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