「ん…」
朝、ベッドの中で目を覚ますと、すでに一緒に眠っていたはずの征十郎はいなくなっていた。
私が起きるのが遅いので、もう起床しているのだろう。
「…おはよう」
「ああ、おはよう。まだ眠いかい?」
リビングに行くと、征十郎は朝食のトーストとサラダを食べている。
結婚した当初は朝ごはんの準備は私がやっていた。
だけど、私が妊娠してからは征十郎任せとなってしまっている。
今私は仕事をしていないし、できるだけ家事は引き受けたいと思うのだけど、体がいうことを聞かない。
それはすべて悪阻のせいだ。
悪阻というと「気分が悪い」「吐き気がある」というイメージだったけれど、私の場合とにかく眠い。
しっかり早めに眠っているのに、眠くて眠くて朝起きられないのだ。
眠り悪阻というものがあるらしく、私はそれに該当するのだろう。
「ごめん、朝ごはん用意させちゃって」
「いや、構わないよ。つらいのだろう?」
征十郎に駆け寄ると、彼は立ち上がって私の肩に手を乗せ椅子に座らせる。
「ん…でも、昨日の夕飯も用意してもらっちゃったし」
昨日も征十郎が帰ってきたとき、眠さのあまり私はリビングのソファで眠ってしまっていた。
そして起きたときには征十郎が全部夕飯の準備を済ませてくれていたのだ。
「今仕事もしてないのに家事もほとんどやらないとか、さすがに怠惰すぎるかなって…」
「確かにオレは怠惰な人間は好きではないが」
征十郎はコーヒーを一口飲んでそう言う。
その言葉にドキリとした次の瞬間。
「理由もなく怠惰な人間が嫌いなのであって、君の場合は違うだろう」
征十郎は優しく私の肩を抱いてくれる。
そのまま、穏やかな口調で続ける。
「君は今一人で一人の人間を育てるという重労働を行っているのだろう。疲れが出て当然だ。それを怠惰というほどオレは冷酷な人間ではないよ」
征十郎は私のお腹を撫でる。
私とお腹の中の赤ちゃんを労わるような、優しい仕草で。
「それにそもそも君は頑張りすぎるきらいがあるからな。あまり無理はするな。君一人の体ではないのだから」
征十郎はそう言うと微笑みかけてくれる。
確かに今まで、何でも完璧にこなしてしまう征十郎の隣に立って恥ずかしない人間でいなければと思って、日常のちょっとしたことでも真剣に打ち込んできた。
さすがに頑張りすぎて多少ガタが来ているのだろうか。
「努力家なところは君の数ある魅力の一つだが、無理をするのはいただけない。今のオレの願いは君と君との子供が健康であってくれることなのだから、どうか眠いと言っている体のサインに従ってくれ」
征十郎の言葉が胸に響く。
彼はいつもこうだ。
論理的に、正確に、自分の想いを告げてくる。
そう言われれば、私は「でも」と言えなくなる。
彼の言葉に甘えざるをねあくなるのだ。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて…」
「ああ、まだ眠いのだろう?眠ってきたらどうだ」
「うん。見送りしてからね」
「そうか。それは嬉しいな」
二人で朝食の後片付けをして、征十郎が仕事に行く準備をすればあっという間に彼が出る時間だ。
玄関まで行って仕事へ向かう征十郎を見送る。
「行ってらっしゃい」
「ああ。…」
征十郎はドアノブに手を掛けたところで止まってしまう。
何か忘れ物でもしたのだおるか。
「どうしたの?」
「、きっと父や親戚からは『男の子を』と望む声が聞こえてくるだろうが、どうか気にしないでくれ」
征十郎は真っ直ぐに私を見ると、穏やかな声でそう言った。
「何かあればオレが君を守ろう。何かあればオレを頼ってくれ」
その言葉は、付き合った当初から聞いてきた言葉だ。
征十郎は厳しい人だ。
怠惰な人は許さないし、自分にも甘えを許さない。
だけど、私にはちょっとだけ甘くて、そして優しい。
「ありがとう。いつも頼っているわ」
「ああ。では行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
行ってらっしゃいのキスをして、征十郎が見えなくなるまで彼を見送った。
さて、少し眠ろう。
彼の一番の望みをかなえるために。
あなたの望み
15.09.02
リクエストの妊娠話でした!
ありがとうございました!
感想もらえるとやる気出ます!
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