これはオレとの、ほんの日常のいくつか零れ話。
「辰也、あのね」
帰り道、隣を歩くが、オレの服の袖をつかんで顔を見上げる。
上目遣いで見つめられると、どうしようもなく心がかき乱される。
「今度あそこの」
が言い終える前にの唇を奪う。
の頬が一気に赤く染まった。
「!辰也!」
は怒った口調でオレの名前を呼ぶ。
だってしょうがないだろう。
がそんなに可愛い顔をするから、そんな目で見つめてくるからいけないんだ。
そう言えば、または赤くなる。
そんな表情も、可愛いんだ。
*
「……」
今日はオレの部屋でと世界史の宿題をやっている。
は真剣な顔で机の上のノートとにらめっこ中だ。
「…辰也?」
「ん?」
「ちゃんとやってる?」
は訝しげな目で見つめてくる。
その視線から目を逸らした。
「やってないでしょ!」
「んー…」
「明日は遅くまで部活あるから今日中にやらないと」
はオレのノートをのぞき込んでくる。
はまじめだ。宿題はもちろん予習復習もして、忘れ物も遅刻もない。
規則をきっちり守るタイプだ。
「といるとほかのことばっかり考えちゃって」
「……」
「すごい目だ」
はじっとオレを見つめてくる。少し冷たい目だ。
そんな目でも見つめられたら困るな。
また余計なことしか考えられなくなるじゃないか。
「ちゃんと真面目にやって!」
「じゃあご褒美くれる?」
そう言うとの頬は赤く染まる。
前は「ご褒美?」なんて首を傾げて聞いてきたのに、今はもう何を意味しているかわかってる。
「い、いいよ」
「よし、頑張る」
わかりやすくやる気を出すと、が疑いの視線を向けてきた。
しまった。バレてるかな。
「…わざとやらなかったんじゃないよね?」
の言葉に笑顔で返す。
別にふつうに宿題を終わらせて、その後と仲良くすればいいんだけど、「ご褒美ちょうだい」と言えばはいつもより積極的になってくれるだろう。
そう知っていて言い出すオレはずるいかな。
「…もう」
は小さくため息を吐く。
そんな行動一つ一つが、オレを夢中にさせるんだ。
*
「…ん」
隣で眠るが寝息を立てる。
は情事の後すぐに寝入ってしまうことがある。
その寝顔を眺めるのがオレの楽しみだ。
「」
「ん…?」
とはいえ、あまり寝かせすぎると夜眠れなくなってしまうだろう。
の名前を呼ぶと、ゆっくり瞼が開いた。
「んー…」
「まだ眠い?」
「うーん…起きる…」
は寝ぼけたままオレに抱きついてくる。
触れ合う肌と肌が心地いい。
「」
名前を呼ぶと、はオレをとろんとした目で見つめてくる。
その瞳に、いつもどうしようもなく心をかき乱される。
「辰也」
がオレの名前を呼ぶ。
今までいろんな人に呼ばれた名前なのに、の唇から零れるとどうしてこんなにも愛おしいんだろう。
「好きだよ」
そう言うと、は嬉しそうに笑う。
いつもは少女のような可愛い笑顔が、事後のこの空気の中ではどこか色気を纏っている。
その表情に、いつも惑わされる。
*
部活の全体練習後、体育館に居残って自主練を開始してしばらく経った。
自主練をする部員はそれなりの数がいるが、時間が経つにつれ一人また一人と帰っていく。
いつの間にか体育館にはオレ一人だ。
「……」
目を瞑って集中する。
慣れたボールの感触。
大好きなバスケットボールだ。
3Pラインより外側から打ったシュートはリングに当たり、床に落ちた。
体育館にボールが弾む音だけが響く。
「……」
落ちたボールを拾い上げる。
3Pが入らないことなんて練習でもよくあることだ。
10年近くバスケに親しんできたから、そんなことは常識として知っている。
わかってるんだ。それなのに、今日はやたらと胸の奥が痛む。
手に持ったボールを見ると嫌な感情ばかり湧いてくる。
もっと確実にシュートを入れることが出来たら。
もう少しオレの足が速かったら。
もう少しオレの背が高かったら。
もう少し高く跳ぶことができたなら。
もっとバスケがうまかったら。
何か、変わっていたんだろうか。
「辰也?」
体育館の入り口からの声が聞こえてくる。
慌てて振り返ると、は心配そうな顔でオレを見つめている。
「…」
「外、雨降ってきちゃったよ。もう上がったら?」
は小走りでオレのもとに駆け寄ってくる。
小さな手でオレの頬に触れて、小さい声で話す。
「なんだか疲れてるみたいだし」
はオレの目の下をなぞった。
隈でもできているんだろうか。
疲れが溜まっているのか、自分では自覚がないけどが言うのだからそうかもしれない。
にはよく無理をしすぎだと怒られている。
心配してくれているんだろう。
「ね」
は心配そうな瞳でオレを見つめてくる。
疲れているから余計なことを考えてしまうんだろうか。
「」
をぎゅっと抱きしめた。
小さな体だ。
出来るだけ力を込めないように、を傷つけないようにしたいのに、どうしても強くなってしまう。
「辰也」
はオレの名前を優しく呼ぶと、ぎゅっと抱きしめ返してきた。
温かい。心の奥のドロドロが、消えてなくなっていくようだ。
「」
名前を呼べばは応えるようにオレの背中を撫でる。
はオレの心なんか、全部お見通しのようだ。
少し体を離して、の顔を見つめる。
は優しい表情をしている。
はいつもそうだ。
可愛い顔でオレの心をかき乱す。
拗ねた顔でオレの心を夢中にさせる。
色っぽい顔でオレを惑わせる。
優しい顔でオレの心を溶かしていく。
といると、オレの世界が変わっていくよ。
「辰也」
がオレの名前を呼ぶ。
目の端に転がったボールが見える。
さっきまであんなに暗い気持ちにさせていたそれは、今は自然とオレの心に溶け込んでいく。
オレはバスケが好きなんだ。その気持ちが胸に広がっていく。
「」
といると素直になるよ。心を全部晒せる気がする。
心が温かさでいっぱいになる。
何気ない日常が、すべて特別に変わっていく。
「オレは今、幸せだよ」
そう言うとは笑った。
といると、無条件にそう思えるんだ。
あの日君がくれた感情に名前をつけるなら
14.10.26
タイトルはRIOTのさくさんに考えていただきました(*´▽`*)
ありがとうございました!
感想もらえるとやる気出ます!
|