「少し暖かくなってきたね」
三月のある日、一緒に帰る辰也がそう言ってきた。
「うん。雪も解けてきたし」
「やっとか…」
「雪嫌い?」
「最初は久しぶりに見るから嬉しかったけど、さすがにもうね…」
辰也は困った顔をしてみせる。
確かにこの辺りは雪が降りすぎだ。
毎年見ている私も初雪こそ嬉しいものの、やっぱり三月ぐらいになるとうんざりしてくる。
「敦も辰也と同じこと言ってたなあ」
「東京もそんなに降らないからね。雪が綿あめだったらいいのにとか言ってたよ」
「あはは」
この雪全部綿あめになっても、さすがの敦も食べきれないだろう。
…いや、敦なら食べちゃうのかな。
「っていうか綿あめってそもそも最近食べてないや…」
「そうなの?」
「お祭り行くと売ってるけど…小学生のころは食べてたけど最近はね」
別に嫌いなわけじゃないけど、今はお祭りに行っても買わなくなってしまった。
話題にしたら久々に食べたくなった…けど生憎今は三月。お祭りのある季節じゃない。
「ちょっと食べたくなってきちゃった。お祭り…早くて七月かなあ」
「オレも久しぶりに食べたいな。お祭り、一緒に行こう」
「うん」
まだずっと先のことを約束する。
大したことじゃないけど、ちょっとだけ嬉しい。
そんな話をしていると、あっという間に私の家に着いてしまう。
「また明日ね」
「うん。バイバイ」
そう言って辰也の背中を見送る。
いつも思う。どうして明日また会えるのに、別れはこんなにも寂しいのだろう。
*
次の日。
今日は部活がないので辰也と一緒に帰ってどこか寄ろうと思ったけど、生憎辰也は生徒会で他校に行かなくてはいけないらしい。
友人も皆部活や委員会で一緒に帰れないので、一人家路を歩いていた。
「あれーちんだ」
後ろからよく知った声が聞こえる。
振り向くと、敦がお菓子を食べながら歩いていた。
「敦、今帰り?」
「うん。ちんも?室ちん一緒じゃないの?」
「辰也は生徒会の仕事で他校行ってるの」
「ふ〜ん」
立ち話も何なので、自然と二人で歩き出す。
敦はもう先ほどのものは食べ終えたのか、新しいポテチを開ける。
「はー…部活ないっていいな〜」
「ふふ」
敦はそうは言うけど、なんだかんだで練習熱心だ。
特にWCが終わってからは。
「…っと」
そんな話をしていると、敦はずんずんと先に進んでしまう。
いつの間にか距離が開いてしまうので、慌てて敦に駆け寄る。
「ちん、歩くの遅いね」
「う…ごめん」
敦はバスケをしていないとき、普段の動作はゆっくりだけど、なんといっても一歩が大きいのでやっぱり歩くのは速い。
あまり一緒に歩くことはないけど、やっぱり並で歩こうとすると大変だ。
「室ちんと歩くとき大変じゃない?室ちん歩くの速いでしょ」
「え、そうなの?」
辰也が特別歩くのが速いと感じたことはない。
敦の言葉に首を傾げると、敦は大きなため息を吐いた。
「そうなの?って…。あ〜室ちんちんには激甘だもんね〜」
「激甘って…」
「だってちんの歩く速さに合わせてくれてんでしょ。室ちんオレより歩くの速いぐらいだよ」
「え…」
「オレ絶対そういうの無理だわー」
敦に言われて、ようやく気付く。
辰也はいつも私に合わせてくれていたのか。
辰也の気持ちを感じて、心の中が温かくなる。
「てことでオレ先行くね〜。ちんと二人でいると室ちんうるさそうだし」
「あ、あはは…またね」
苦笑しながら先を行く敦に手を振った。
確かに、二人で帰ったって知ったら辰也いろいろとうるさそうだな…。
敦が最初の角を右に曲がって私の視界から消える。
一歩自分の足を踏み出した。
この歩幅は、特別狭いわけではないと思う。
だけど、男子と並んで歩くには確かに小さなものなんだろう。
辰也はいつも私に合わせてくれたのだろう。
そう思うととても嬉しくなる。
それと同時に、自分の鈍さに嫌になる。
今の今まで、辰也が私に歩くは差を合わせてくれていたことにまったく気付かなかった。
辰也はいつだって、私にとても優しくしてくれる。
私が気付いていないところでも、きっとたくさんの優しさを与えてくれているのだろう。
そういう優しさに、できるだけ気付いていきたい。
そしてちゃんとお礼を言いたい。
いつも優しくしてくれてありがとうって。
*
「、そろそろ帰ろうか」
次の日、部活が終わり、辰也も自主練を終え私たちは二人で校門をくぐった。
「昨日一人で大丈夫だった?」
「もう、大丈夫だよ。明るいしそんなに心配しなくたって」
辰也は本当に心配性だ。
この辺りはそんなに治安が悪いわけでもないし、そこまで心配しなくてもと思う。
本当に辰也は優しいんだから。
「あ!」
「?」
「優しい」と思って昨日のことを思い出す。
辰也がいつも私に歩く速さを合わせてくれていることを。
辰也と歩いていると、それがあまりに自然でついつい忘れてしまう。
「あのね、辰也」
「うん」
「いつも私に歩く速さ合わせてくれてるでしょ。ありがとう」
そう言うと、辰也は目を丸くする。
そんなこと言われるとは思っていなかった顔だ。
「そんなことないよ」
「あるよ。だって私辰也と歩いてて、歩くの速いなって思ったことないもん」
今思えば辰也と歩いていて辰也が早く行ってしまうなんてことは一度もなかった。
辰也は私に合わせてくれていたはずだ。
「そんなことないってば」
辰也は微笑みながら私の頬を撫でる。
私の言葉を否定しているけど、嫌な気持ちにはならない否定の仕方だ。
「に合わせてるんじゃなくて、ただと一秒でも長くいたいから歩くの遅くしてるだけだよ」
辰也から出てきた言葉は、思いもしなかった言葉だ。
そんなこと言われると思っていなかったから、不意打ちで胸の奥がぎゅーっと締め付けられる。
「辰也!」
思わずぎゅっと辰也に抱き付く。
きっと歩く速さを合わせてくれているのも本当なんだろう。
だけど、今の言葉がとてもとても嬉しい。
「私もね、辰也と長く一緒にいたい」
「うん。今日もゆっくり帰ろう」
「うん!」
そう言ってもう一度歩き出す。
ゆっくりゆっくり、小さな歩幅で。
あしあと
14.02.17
感想もらえるとやる気出ます!
|