夏が終わって、秋はあっという間に駆け抜けていった。
受験生にはつらい、冬が来る。

「寒…っ」

吹く木枯らしに身を縮こまらせる。
息を吐いて白い靄を作ってみる。本格的に冬がやってきた。

冬という季節は嫌いじゃない。
刺すような寒さも、澄んだ空気も。
だけれど、今年だけは別だ。冬の寒さが増すたびに、受験本番が近づいて行くのだ。

「はあ……」

今度の息は白い靄を作るためじゃない。ただ体から自然と零れ落ちた。
勉強はしている。この間受けた模試でも第一志望はA判定だった。
それでも、不安は潰えない。

「よっ、おはようさん」

背中を丸めて歩いていると、後ろからぽんと肩を叩かれた。
振り向くと、そこには春日がいた。

「おはよ」
「どーしたんだよ、丸まって。寒いのか?」
「さむーいの」

そう言って私は春日に体を寄せる。
彼になら受験の弱音を吐いてもいいのだけれど、今日はそういう気分じゃない。
なんでもない世間話をして、気分を紛らわせたい。

「最近ぐっと冷えてきたもんなあ。年内に雪降りそ」
「降ったら雪合戦する?」
「ははっ」

話しながら、自然と手と手をつないだ。
春日の手には、先日の付き合って一年の記念の日に私があげた手袋がある。
さすがに受験生、手編みではなく既製品だけれど。

「息真っ白だあなあ」
「ほんと。雪はやだなあ、積もったら滑るじゃん」
「滑る禁句だろ」
「あー……ですね」
「オレは気にせんけど、気にするやつ多いからなあ」

滑る落ちるは受験生には禁句だ。まあ、迂闊な私はよくぽろっと零しては春日に小突かれているのだけれど。
大雑把な私はともかく、春日が気にしないあたり彼の余裕が窺える。
もともと頭がいいのもあるけれど、なんでもWCに出場することを見越してずいぶん前から受験勉強の計画を立てていたらしい。
…残念ながら、WC出場は叶わなかったのだけれど。

「春日の家こたつ出した?」
「ああ。こたつ一旦入ると出れねえんだよなあ」
「わかるわかる」

他愛もない話をしながら、学校までの道を歩く。
来るのがちょっと早すぎたのか、周りには誰もいない。

「一時間目なんだっけ」
「古文」
「あー、寝そう…古文の先生の声子守歌みたいだよね」

昨晩も受験勉強をしていたので、一時間目が眠気を誘う古典というのはつらい。
ため息を飲みこんで、空を見上げた。
すると、その視界に春日の顔が現れる。
どうしたのと聞こうとすると、私の唇に彼のそれが触れた。

「っ!?」

突然のことに目を丸くしていると、春日はふっと唇で弧を描く。

「ちょ、ちょっとここ外!」
「誰もいないじゃん?」
「いない、けど」

ぱっと見た限りは誰もいないけれど、通学路なのだからどこで誰が見ているかわからない。
赤い顔のまま春日を小突くと、彼は笑った。

「なんかしたくなった」
「な、なんかって」
「なーんとなく。そういう気分のときあるっしょ」
「ま、まあ…なくはない、けど」

なんとなく答えにくくてごにょごにょと口ごもっていると、春日はもう一度悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「もっかいする?」
「!」

春日の言葉に、冷え切っていたはずの頬がかあっと熱くなる。
周りをきょろきょろと見渡して、誰もいないことを確認する。

「…もっかいだけね」

小さな声で呟くと、春日は大きな体を屈ませる。
私はそれにあわせて、少しだけ背伸びをする。

また唇が、触れた。

「今日も一日頑張りますかあ」
「……ですね」

手をつないで、学校までの道のりを歩き出す。
これだけで今日も一日頑張れそうだから、私もだいぶ単純だ。









冬のある日の一幕
16.12.25

卯月さんリクエストの春日先輩でした!
ありがとうございましたー!




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