「あ、満月だ」
花宮と映画を見に行った帰り道。
曇りだった夜空が少し明るくなって、空を見上げた。
雲の切れ間から見えた月はまん丸い。
「満月じゃねーぞ」
「え?でも今日は十五夜って言ってたけど」
「十五夜は満月とは限らねーんだよ。満月は明日だ」
「そうなの?」
「旧暦の8月15日が十五夜。朔望月は大体29.5日だから15日が毎月満月とは限らない」
「さくぼう…?」
「月の満ち欠けの1周期」
花宮は私の問いに間を置かずに答えていく。
さすがは花宮。なんでもよく知っている。
「…なんだよ、じろじろ見んな」
「いや、意外だなと思って」
花宮は確かに物知りだけど、月のことまでこんなに詳しいとは。
こういう情緒的なものには興味がないと思っていたんだけど。
「月の話してるのなんてなんか珍しいなーって」
「…別に」
空を見上げるとすっかり雲が晴れて、一つ欠けた月が見える。
そういえば、満月の前の月はなんていうんだろう。
そう聞こうと思って隣の花宮を見ると、花宮も優しい顔で月を見上げていた。
「……」
「…なんだよ」
「あ、いや…」
花宮がこんな表情をしているのは珍しい。
思わず見惚れてしまっていると、花宮が苦い視線を投げてきた。
「…あんたにも綺麗なものを綺麗だと思う感性はあったのね」
見惚れていたのを知られたくなくて、ふいと顔を背けてそう言った。
普段憎たらしい表情ばっかりしてるから、ああいう顔をされると、悔しいけど胸がざわついてしまう。
「……」
「…なに?」
花宮は何も言わず、じっと私を見つめてくる。
暗がりとはいえあまり見られるのは恥ずかしい。
髪を直すふりをして顔を隠した。
「…そういう感性ぐらい持ってる」
花宮は私の後頭部に手を当てると、自分のほうに引き寄せる。
瞬間、唇と唇が触れた。
「……」
「バァカ」
一瞬、頭が真っ白になる。
その後、花宮の言葉と行動の意味がわかって、一気に熱が顔に集まるのを感じた。
「…バカ」
十五夜の月は明るい。
どんなに隠そうとしても、私の顔が赤いのも、花宮の顔が優しいのも、全部見えてしまう。
月下氷人
14.09.08
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