まずい、まずい、まずい。
なんてことだ。まさかこんな日に寝坊するなんて。

せっかくの氷室とのデート。部活があるから一日中遊ぶなんてなかなかできない。
なのになんでこんな日に限って寝坊するの…!

起きたのは待ち合わせの10分前。
間に合うはずもない。とりあえず急いで氷室に電話して、慌てて最低限の支度をして、走って待ち合わせ場所に向かった。
服は前日に用意していたから、服を着るのだけは早かった。
靴は、服には合わないけど仕方ない。走りやすいスニーカーにした。
髪もブローする時間なんてない。適当に簡単にまとめた。



待ち合わせ場所へ行くと、氷室はベンチに座っていた。

「ご、ごめんね、待たせちゃって」
「大丈夫だよ」

氷室は穏やかに笑ってそう言った。
待ってないわけない。大丈夫なわけないのに。

「ごめんね…」
「大丈夫だってば」
「でも、ごめんね」
「あんまり謝られるのも心苦しいよ」

今度はちょっと苦笑しながら言う。
そう言われれば、もう謝れない。

「じゃあ、お昼ごはんおごるよ。まだ食べてないでしょ?」
「いいってば。本当に気にしてないから」
「私の気が済まないよ!」

そう言うと、氷室は少し考え込む仕草をする。
何か考えてるんだろうか。

「…一つだけ、いい?」
「うん」
「もう一回、可愛く『ごめんね』って言って?」
「…え…」

か、可愛くって、何。
せめて二人きりとかならともかく、こんな人の往来で。

「言ってくれないの?」
「だ、だってここ街中だし。第一、私今全然可愛くないし」

服と靴はちぐはぐだし、髪もまとめたけど走ったせいでボサボサだ。
お世辞にも可愛いと言える格好じゃない。

「オレのためだけに走って来るは可愛かったよ」
「…なんか変態っぽい」
「ひどいなあ」

氷室はくすくすと笑った。でも本当のことだ。

…でも、まあ、だけど、長い時間待たせてしまったわけだし。
それなのに、まったく怒る様子もなくて、余計申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だったら、まあ、ちょっと恥ずかしいけど…。

可愛く、か。可愛く…。

「ひ、氷室」

立ち止まって、氷室の服の端を掴んで氷室を引き留める。

「どうしたの?」
「あの、ごめんね?」

できるだけ、可愛く。
上目遣いで、小首を傾げてみたり。

自分でやっておいてなんだけど、ものすごく恥ずかしい。
恥ずかしさをこらえてやったんだ。
こ、これでどうだ…!

「あ、あの、氷室?」
「………」

せっかくの必死の決意もむなしく、氷室は私を見たまま何も言わない。
これでがっかりしたとか言われたら死にたくなる。いや、死んでも死にきれない。

「な、何か言っ」

てください。と言おうと思ったけど、唇を氷室のそれでふさがれたので続きは言えなかった。

「え、ちょ、な、何を」

ここは人ごみ。
みんながみんな振り向いた、なんてことはないけど、何人かはこちらを見てる。

「こ、ここ、外だよ、みんないるよ!?」
「誘ったのはだよ」
「誘ってない!」
「あんなに可愛いことしておいて」
「そ、それは氷室がしろって言ったんじゃない」
「想像以上だ」

真っ赤になりながら必死に反論する私を余所に、氷室はもう一度キスをする。

「あんなふうに謝ってくれるなら、何回でも遅刻していいよ」

もう絶対遅刻しない。そう心に誓った。








ごめんね?
12.10.08