「ああ、さん。ちょうどよかった」

友達と一緒に教室移動の最中、後ろから赤司くんに呼ばれた。
彼は同じ委員会。たまにこうやって話をすることがある。

「どしたの?」
「今日の放課後委員会をやるそうです。ほかの三年生に伝えていただけますか?」
「うん、わかった」

赤司くんは用件だけ伝えると、二年生の教室へと戻っていった。

「赤司くんかっこいいな〜」

友達の一人がうっとりした目でそう言ってくる。
赤司くんは三年の間でも有名人だ。
かっこいいし、バスケ部のレギュラーだし、優しいし。

、赤司くんと仲いいんだね。いいなあ」
「別に仲良いってほどじゃ…。委員会一緒だからたまに話すだけ」
「でもいいなー!私接点何にもないもん」

話すと言ったってさっきみたいないわゆる事務会話だけ。
仲がいいとはほど遠い。

「ねえねえ、彼女とかいないのかなあ」
「さあ…そういうのはバスケ部の人たちに聞いた方がいいんじゃない?うちのクラスにもいるじゃない」
「あー、虹村くんとか?虹村くんかあ…」

虹村は同じクラスのバスケ部員だ。
バスケ部主将だし、まあ真っ先に思いつくのはあいつだろう。

「虹村くん、怖いんだもん」

友達は気まずそうにぽつりと呟く。

「別に怖くないよ。ちょっと目つき悪くて口悪くて暴力的なだけで」
「それ十分怖くない!?」

暴力的と言ったけどいいとこデコピンぐらいだし、大したことじゃない。
まあ、目つきと口の悪さはフォローできないけど。

「第一女子にはデコピンもしないと思うよ」
にはしてない?」
「あいつ絶対私のこと女子と思ってないよ」
「仲いいもんねえ、と虹村くん」

今まで黙っていたもう一人の友達がにやにやしながら言ってくる。

「よくない」
「え〜?本当〜?」

いやらしい笑顔でそう言われて少し顔が赤くなる。
本当、普通だってば…。

「そりゃ、ずっとクラス一緒だったし、今も席前後だし、話も結構するけど、それだけ!」
「あーはいはい」
「あはは」

ああ、もう、まただ。
私と虹村の仲をからかわれて、楽しそうに笑われて。
いつの間にか、こういうことが定着してしまった。
虹村とは一年のときからずっとクラスが一緒で、席も近いことが多くて、ほかのクラスメイトより話すことは多いし、ときどき言い合いしたりはしている。
いつからか、夫婦喧嘩みたい、と言われるようになった。
仲は確かにいいんだろけど、そんなふうに言われるような仲ではない。

ただ、私が一方的に意識しているだけだ。

「もーいいよ!行くよ!遅刻しちゃう!」

そう言って友人二人の背中を押す。
こうやってからかわれるのは、恥ずかしくて、どこかむずがゆい。





「はあ」

理科室に着いて、自分の席に着く。
まだ先生は来ていない。
とりあえず、さっきの赤司くんからの伝達事項をほかのクラスの子に伝えようと携帯を開いた。

「何ため息ついてんだ」
「虹村」

虹村は教室では席が前後だけど理科室では隣だ。
縁があるというか、なんというか。
…まあ、私はうれしいんだけど。

「いきなり放課後委員会あるって言われてさ。めんどうだなーって」
「へー。お前赤司と委員会一緒だったっけ」
「うん。放課後のことも赤司くんから聞いたし」
「じゃああいつ部活遅れるな」
「今行事前だから忙しいし、これからも結構遅れるんじゃないかな」
「ふうん」

部活もあって委員会もやって、赤司くん大変だなあ。
私も一応部活やってるけど、バスケ部みたいな強豪じゃないから多少委員会が忙しくなっても問題ない。

「赤司くんって成績も学年トップだっけ?すごいよね、部活も委員会もやって、なんでもできる人っているんだねー」

なんだかすごすぎて雲の上の人のようだ。
友達は赤司くんに彼女いないか気にしてたけど、いなかったとしても彼と付き合うなんて恐れ多いんじゃ…。

「痛っ」

メールを打ちつつ思案していると、虹村がデコピンしてきた。

「なに!?」
「もうチャイム鳴るぞ」
「デコピンで教える必要はないと思うんですけど!?」

文句を言いつつ、
本当にチャイムがなりそうなので、手早くメールを打って携帯をしまった。





「はー…」

放課後、委員会の開かれる教室で一番前の席に座る。
いきなり召集をかけたくせに先生はまだ来ていないようだ。

さん、ため息ですか」
「赤司くん」

赤司くんが隣に座る。
盛大なため息を聞かれてしまったようだ。

「虹村さんと何かあったんですか」
「えっ?」

思わぬ言葉に大声を上げてしまう。
周りにいる人がこちらを見る。

「なんで虹村が」
「仲が良いようなので。よく話してるところを見かけますから」
「あ、そう…。…別に、ただ委員会面倒だなって思っただけで」
「そうですか」

あ、焦った。本当に焦った。
友達にも言っていないのに、バレてるのかと思った。

「先生来ませんね」
「そうだね」
「部活中も虹村さんはとてもしっかりしてますよ」
「…え?」
「すぐ熱くなりますけど周りをしっかり見てますし、主将らしい主将ですね。あと」
「ちょ、ちょっと待って何の話?」
「部活中の虹村さんの話です。知らないでしょう?」
「そりゃ知らないけど、何をいきなり」
さん、知りたいかと思いまして」

赤司くんはまったく表情を変えずに話す。
こ、この人…。

「…赤司くん、何を知ってるの?」
「さあ」
「………」
「虹村さんの話、続けましょうか」

赤司くんは薄い笑みを浮かべてそう言う。
べ、別に、気になってるわけじゃ…。

「……」
「……」
「つ、続けてください」

必死に抵抗してみたけど、甘い誘惑には勝てなかった。
赤司くんがクスリと笑ったのが見えた。
赤司くんってこういうことまで完璧なのか…。





「おーい、お客さん」

一週間後、休み時間。友達と談笑していたらクラスの男子に呼ばれた。
声の方向である教室の入り口に目を向けると、そこには声の主と赤司くんがいる。
どうやら赤司くんが私を呼んでいるようだ。

「どうしたの?」
「これ、今度の委員会の資料です。先ほど先生に会って配るよう言われたので」
「わー、わざわざありがとう」
「いえ、ちょうどこちらに用事もありましたので。虹村さんいますか?」
「虹村?」

虹村に用があったのか。
先ほど私の前の席に座っていた虹村を呼んだ。

「虹村ー」
「あ?」

隣の席の男子と喋っていた虹村がこちらにやってくる。
それとすれ違うようにして私は席に戻った。
教室がちょっとだけざわついている。
赤司くんは人気者なのだ。
女子たちが色めきたっているのを感じる。





「……」

数分後、なんだか疲れた顔の虹村が私の前の席に戻ってきた。

「どしたの、なんか疲れてるけど」
「別に」
「ふーん…」

教室内はまだ少しだけ浮き足立っている。

「赤司くんってすごいねえ。なんかみんなそわそわしてるよ」
「そうか?」
「うん」

完璧だもんなあ、赤司くん。
…うん、完璧なんだよね。
恐ろしいことに。

「あ」

そういえば、友人の言っていた言葉を思い出す。

「ねえ、赤司くんって彼女とかいるの?」

前に友人が気にしていたことだ。
そのときは「虹村に聞けば」とか言った覚えがあるけど、別に私が聞いたっていい。
彼女も本気で付き合いたいと思ってるわけじゃないだろうけど、まあ、一応ね。

「あ?」
「知らない?」
「知らねーよ、んなもん」
「ふーん。じゃあ当然好みのタイプとかも知らないかあ」

彼女がいるかいないかすら知らないならそんなこと当然知らないだろう。
男子ってそういう話するかもわからないし。

「……」
「じゃあ好きな芸能人とかさ。知らない?」
「知らねーよ」
「ふーん…まあ赤司くんが好きになる子とかレベル高そうだしねえ」
「……」
「ねえ、もし機会あったら聞いて来てよ。ぼんやりしたイメージだけでも」
「…なんだよ」

虹村はとても不機嫌な顔で私を見る。

「そんなにあいつが気になんのかよ」

虹村はもともと悪い目つきをさらに悪くさせて、私を睨む。
彼の不機嫌顔なんて見慣れているはずなのに、いつもと全く違って、怯んでしまう。

「な、なによ、いきなり」
「そんなに、あいつがいいのかよ」

じっと見つめられる。
心臓を掴まれているような感覚だ。

「…虹村」
「……」
「…赤司くんのことが気になってるのは、私じゃなくて私の友達なんだけど…」

事実を言うと、虹村は鋭かった眼を丸くさせた。

「…は?」
「友達が赤司くんかっこいいって言ってて、彼女とかいるのかなあって気にしてたから…。私赤司くんに直接聞くほど仲良くないし、虹村なら部活一緒だから知ってるかなって」
「……」
「…そんな感じなんですけど」
「おい」
「ぎゃっ!?」

虹村は大きな手で私の顔を掴む。
思わぬ行動に変な声が出た。

「今の忘れろ。記憶抹消しろ」
「え!?」
「いいから忘れろ!」

虹村は手を放すと、ぷいと前を向いてしまった。
かろうじて見える耳が、赤い。

今のは、もしかして。

「に、虹村」

赤くなった顔。
私が赤司くんを気にすることを嫌がること。

少し、うぬぼれても、いいんだろうか。

「赤司くんは、まあ、すごい人だとは思うけど」

虹村はこちらを見ない。
私は彼の制服を掴んで、小声で続けた。

「私は、目つき悪いし、口も悪いし、暴力的だけど、なんだかんだ優しくて、世話焼きな人の方が、好き」

言い終わって、カーッと
顔が赤くなるのを感じる。
虹村が、振り返った。

「…おい」
「い、今のなし!忘れて!記憶抹消して!」
「忘れられるかよ」

虹村は私の腕を掴んで、そのまま立ち上った。

「え、ちょ」
「行くぞ」
「え、もうチャイム鳴っちゃう」
「サボる」
「ええ!?」

虹村は私の腕を引っ張ると、教室の外へ連れ出した。
遠くのほうで、チャイムの音が聞こえた。









春を謳う
14.04.15




赤司に呼ばれて教室に入口まで行った。

「なんだよ、赤司」
「これから委員会が忙しくなりそうなので、部活に遅れることが多くなると思います。その連絡です」
「あー、なんかが言ってたな。別に今じゃなくても部活中に言えばいいじゃねーか」

わざわざ呼び出すから重要なことかと思いきや、ずいぶんと普通の用件だ。
監督やコーチにならまだしも、オレには部活の時にでも言えばいいだろう。

「…さんと仲良いんですね」

赤司の口から思わぬ人物の名前が飛び出す。

「あ?別にフツーだよ」
さん、可愛いですね」
「は!?」

赤司の突然の言葉に大声を出してしまう。
何言ってんだ、こいつ。

「うかうかしてると、誰かに攫われてしまいますよ」

からかうような赤司の口調に、イライラを募らせる。

「…おい」
「では、失礼します」

赤司は一礼すると、二年の教室に帰ってしまった。

「…んだよ」

…なにが攫われるだ。
わかってんだよ、そんなこと!









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