「なあ、福井…。ちょっといいか」

部活が終わり、着替えている最中。
岡村が小さい声でオレに話しかけてきた。
今までにないぐらい、神妙な顔つき。
真剣な話…部活の話か?

「おお、ちょっと待ってろ」

WC予選は終了、本選までは間がある。
とはいえ、気は抜けねえ。
部活の話なら、真剣に聞かねえと。

「なんだ?」

ちゃっちゃと着替えを終え、部室の椅子に座った。
もう部室にはオレたち以外誰もいない。
身を乗り出して、岡村の話に耳を傾ける。

「…その、な」
「おう」
「……」

岡村は妙に言い難そうにしてる。
もじもじ、なんて擬音が聞こえてきそうだ。

はっきり言うと、気持ち悪ぃ。

「なんだよ?」
「…きな子が…」
「あ?」
「…好きな子が、できたんじゃ…」


………。
はあ?



「…何言ってんの、お前」
「だから、好きな子ができたんじゃ!」

岡村はバン!と机を叩く。
いや、知らねーよ!

「真剣な話かと思いきや…」
「いやいやいや、ワシ真剣じゃからな?!」
「へー」
「なんじゃその気のない返事は!」

いや、だって正直どうでもいいし。

「なんかもう、どうしたらいいかわからんのじゃ…どうしたらいい!?」
「知らねーよ。つーかなんでオレに聞くんだよ」
「お前この間女子にラブレターもらってじゃろ!」
「…う、あー…」

まあ、確かにもらったけど…。
別にもらい慣れてるわけじゃねえ。
つーかその話は出来るだけしたくない。

「あー…っと、アレだ、そういうのは氷室にでも聞いたほうがいいんじゃねえ?お、噂をすれば」

ぎい、と部室のドアが開いた。そこにいるのは氷室。
ナイスタイミング。

「オレがなんですか?」
「ほら」
「そ、その…」
「?」

氷室は頭の上に「?」を浮かべながらオレの隣に座る。

「す、好きな子ができたんじゃ…」
「はあ」
「…どうしたらいい?」
「…えっと」

氷室は少し困ったような顔をする。
そりゃ当然だ。
いきなり「好きな子ができたんだけどどうしたらいいか」なんて言われても、答えようがねえ。

「…まず、岡村さんはどうしたいんですか?」
「え、ど、どう…」
「付き合いたいってことですよね?」
「うおおおおっ!?」

岡村はいきなり奇声を発する。

「おいうるせーぞゴリラ」
「つつつつ付き合うなんてワシにはとても…!」
「付き合いたくないんですか?」
「そ…それは…」
「もじもじすんな気持ち悪ぃ」

岡村は体を縮こませて、顔を赤くする。
これが女子なら可愛いと思えるが、男な上に2m、しかも見た目はゴリラ。
ただ気持ち悪いだけだ。

「と、とりあえず会話を…」
「そっからかよ!?」
「話したことないんですか?」
「まともな会話は一度もない」
「…他校の人ですか?」
「いや、同じクラスじゃ」
「…ちょっと整理しましょう」

氷室は一呼吸置いて、岡村に一つずつ確認する。

「…岡村さんの好きな人は、同じクラスのさん。今まで話したことはプリント渡したりノート集めたり、そんな会話のみ」
「そ、そうじゃ」
「…明日、さんのこと見に行ってもいいですか?」
「えっ!?」
「いや、オレはさんのこと知りませんから、アドバイスしようにも…」
「お、おお…そういうことか」
「明日、朝練終わったら行きますから」
「お、おう…」
「福井さんも行きますよね?」
「え?オレ?」

氷室はオレにそう聞いてくる。
正直、岡村の恋路自体にはそこまで興味ねー。
けど、岡村のクラスに行くことは別に手間じゃねーし、まあ暇つぶしにはいいか。

「そうだなー、行ってみるか」
「じゃあ、決まりですね」

氷室は立ち上がると、自分のロッカーを開けて着替えはじめる。

「おう、よろしく頼む」

岡村もそう言って、部室を出て行った。

「氷室も物好きだなー」
「何がですか?」
「よく岡村の恋路応援しようなんて思うな」
「まあ、岡村さんにはお世話になってますから」




「…で、どいつなんだ?」

翌日、朝練が終わった後、氷室と一緒に岡村のクラスまでやってくる。
でかい男が3人もいるとどうしたってそれだけで目立つ(言っておくがオレもクラスの中ではでかい方だ)ので、
こそこそせず岡村の席で堂々と話し出す。

「ろ、廊下側の…」
「おう」
「一番前に座ってる子じゃ…」

言われたままにその席に座ってる子を見てみる。

………。

「…岡村」
「な、なんじゃ」
「諦めろ」
「な…っ」
「どうひっくりかえったらお前とあの子が付き合えんだよ。身の程知れ」

岡村が好きだと言うは、めちゃくちゃ可愛い。
なんで今まであいつのこと知らなかったんだ?ってレベル。

「…とりあえず、授業始まりますから教室戻ります。また昼休みに話しましょう」
「お、おう…」

予鈴の音と共に、氷室がそう言うのでオレも自分のクラスに帰る。
岡村の教室を出る時にを間近で見たけど…うん、こりゃ岡村には無理だ。





「諦めろ」
「またそれか!」
「まずゴリラが人間と付き合おうなんて無理だっつーの」

昼休み、弁当を食いながら朝の話の続きをする。
いや、どうしたって無理だろ、アレ。

「…最初から諦めることはありませんよ。岡村先輩には岡村先輩の魅力があるはずですから」
「ひ、氷室…!」

氷室の言葉に岡村は涙目になる。
…オレは無理だと思うけどねえ。

「結構大人しそうな人でしたね」
「そ、そうじゃな。あまり騒ぐタイプではないの」
「本読んでましたし…真面目なタイプですか?」
「おお…その通りじゃ…!」

岡村は「さすが氷室!」と言いたげな眼だけど、さすがにそれぐらいオレもわかる。

「つーかさ、もう彼氏いんじゃね?」

思ったままのことを言ってみると、岡村は雷に打たれたかのような衝撃の顔をした。

「あんだけ可愛いなら普通に考えているだろ」
「な…な…」
「いないと思いますよ」

氷室はあっさりそう言う。
なんでだ?と聞くと笑って答える。

「なんとなくですけど…初心そうっていうか、奥手そうというか。自分からいくタイプじゃなさそうですし」
「でも、多分モテるだろ。めっちゃ告白とかされてそうだけど」
「告白されたから付き合う、ってタイプじゃありませんよ。好きになった人としか付き合えないんじゃないですかね?」
「………」

氷室の言うことは全部憶測だけど、妙に説得力があるっつーか…。
オレもちょっと見ただけだけど、納得してしまう。

「でも、「好きな人としか付き合えない」なら余計ハードル高くね?このモミアゴリラをどうやって好きになるんだよ」

こう呼ぶといつもは「ゴリラじゃないわい!」と言ってくるけど、今日は弁当に箸もつけず真剣に氷室の話に耳を傾けている。

「だから、そこを考えましょう。まずは…」
「ゴリラの整形か?」
「いや、岡村さんのアピールは後です」
「?」

アピール以外に何すんだ?
そう思って氷室の言葉を待つと、思わぬ言葉が飛び出してきた。

「周りの男を排除しましょう」

その言葉に、食べていた卵焼きを喉に詰まらせる。
は、排除って…。

「こえーこと言うなよ!」
「別に排除って言っても抹殺する訳じゃないですよ。単純にほかの男が近付くのを阻止すればいいんです」
「十分こえーわ!」
「だって周りにいる男が岡村さんだけになれば、当然意識は岡村さんに向きやすくなりますよ」

岡村は目を点にして氷室の話を聞いてる。
オレにすら別世界の話、岡村には宇宙人の言葉に聞こえてるんだろう。

さんに男友達っています?」
「……」
「…岡村さん?」
「…はっ」

フリーズしてたな。
まあ、気持ちはわからなくはない。

「い、いや…あまり男子と話してるところはあまり見たことないが…」
「じゃあ、部活は?入ってますか?」
「確か手芸部に…」
「手芸部って男いねーだろ?」
「そうですね…じゃあ排除はとりあえず大丈夫ですね」
「お、おう」

なんだかちょっとホッとする。
…氷室を敵に回すのは、やめておこう。

「じゃあ、アピールですよ」
「アピールって、何を」
「とりあえず、岡村さんのいいところを知ってもらいましょう」
「岡村のいいところ?どこだ?」
「福井さんだってよく知ってるでしょう」
「………」

このゴリラのいいところ……。

「バスケ部の主将ってところですよ」
「あ、なるほど…」
「今度の練習試合にきてもらいましょう」
「えっ」

岡村はまた固まる。
今度の練習試合は、週末。
まあ、いきなりだもんな…。

「早く動いた方がいいですよ」
「…でもよ」
「?」
「正直、試合見たら目行くのお前じゃね」

最初はまあいい案かと思ったけど、うちの試合を見た女子が注目するのは氷室だろう。

「…岡村さんは、さんのどこが好きですか?」
「え」

氷室はいきなり岡村に問いかける。

「え…そ、その」
「もじもじすんなっつってるだろ」
「…こ、細かい気配りができる子でな」
「はい」
「困っている人がいたらさりげなく手伝ってたり…みんなが嫌がるようなことでも文句言わずにやってたり…ワシに話しかけられると女子は大概ビビるんじゃが、そういうのもなくて」
「……」

岡村の口から出てくるのは性格の美点ばかり。
…正直、ちょっと意外だ。
まともに話したことないっつーから、見た目だけで好きになってんのかと思った。

「…素敵な人ですね」
「お、おう…」
「そんな人ですから、見た目だけで目を引くとか、そんなことはありませんよ」

氷室はにっこり笑う。
…まあ、確かに、そうか。
つーか、そう思ってないと岡村には一生春は来ないだろう。

「んじゃ、とりあえずに練習試合見に来てくれって言わなきゃな」
「そ、それなんだが」
「?」
「すでにハードルが高すぎてだな…」

ああ、確かに…。
今までまともに話したことのねー相手に「試合見に来てくれ」なんて、言いにくいよな…。

「か、代わりに誘ってきてくれんか」
「ダメですよ」

氷室はあっさり斬る。

「そこは、岡村さんが誘わないと」
「で、でも…」
「多分、オレが誘ったらさんは試合中オレのこと見ますよ」
「う…」
「福井さんが誘えば福井さんのことを見るでしょう。自分のことを見てもらいたいなら、自分から動かないと」

…なんだか、岡村の恋愛相談というか、氷室の恋愛テクニック講座みたいなことになってる。
でもまあ、そうだよな。
ちゃんと自分でどうにかしねえと。

「頑張ってください」
「お、おお…」



「早く動いたほうがいい」と氷室が言うので、昼飯を食い終わったオレたちは岡村の教室にきた。
は友達と談笑しているようだ。

「いけゴリラ」
「でも今話し中じゃ…」
「んなこと言ってたらいつまでも話しかけらんないだろーが」
「ぐ…」

岡村を蹴飛ばしけしかける。
岡村も最初こそ迷っていたものの、さすが主将というか、背筋をぴんとしてのもとへ向かっていく。

「…あ、あの」
「?」

岡村はをその友達の前に立つ。
…さっきはさすがと思ったけど、あいつ、変な汗かいてやがる…。

「こ、今度の土曜、練習試合があるんじゃ」
「バスケ部の?」
「お、おう…よかったら、その、あの…えっと」
「?」
「み、見に来てくれんかの…」

おお!言った!

「行く!!」

岡村の言葉にかぶるようにしてそう言ったのは、の友達。

「行く!あれでしょ、氷室くんも出るんでしょ!?」
「お、おお…」
「氷室くん?」
「知らないの!?少し前にアメリカから来た転校生でさー!すごいかっこいいんだよ!?二年なのにそこら辺の同級生より大人っぽいし入ったばっかなのにうちのバスケ部のレギュラーでさ!」

は氷室を知らないようだけど、の友達は氷室のファンのようだ。
この調子ならのことも連れていってくれそうだ。

…しかしまあ、隣にいる氷室はあれだけ言われても眉一つ動かさない。
…このイケメンめ…。

も一緒に行くでしょ!?」
「う、うん…岡村君も出るの?」
「お、おう。出るぞ、一応、主将じゃからな」
「…じゃあ、見に行くね。頑張って」

はそう言って岡村に笑いかける。
…岡村は顔を真っ赤にして、棒立ち状態だ。

「…これで大丈夫そうですね」
「だな」





そして練習試合当日。

「お、来てる来てる」

体育館の二階、観覧スペースにとその友達が来てる。

「こりゃあいいとこ見せねえとな、岡村」

そう言って横でウォーミングアップしている岡村に目をやると、岡村は変な汗を大量にかいて真っ青になっていた。

「岡村!?」
「…緊張してるみたいですね」

横からひょいと出てきた氷室が、心配そうに言う。

「これじゃあいいとこ見せるどころじゃねーだろ…」
「…いや、まあ、そこは岡村さんを信じましょう」
「?」
「伊達にオレたちの主将やってないでしょう」
「…まあ、そうだな」

氷室にそう言われて、少し安心する。
そりゃそうだ、伊達に強豪バスケ部の主将やってねえ。
試合になりゃ岡村も落ち着くだろう。そのぐらいじゃねえとこんなバスケ部まとめらんねえ。





「ありがとございましたー!」

お互い挨拶をして、コートを出る。

「岡村、よかったじゃねえか」
「おお、福井もな」

試合前に思ったとおり、変な汗かいてた岡村は試合になればいつも通りのプレイをしてみせた。
おかげで試合はうちの圧勝。

もちゃんと見てたと思うぜ」
「お、おお…」

そう言うと岡村はまた真っ赤になる。
…忙しい奴だな。

「おいお前ら、だらだらするな。一年は片付け、レギュラーはミーティングだ」

監督の号令でみんなピッと背筋を立てる。
さて、オレたちはミーティングだ。

伸びをしながら部室へ向かった。



「あー疲れたー!」

そう言いながら岡村と氷室と部室を出る。
ミーティングも終わり、後は帰るだけだ。

「とりあえずミッションクリアだな」
「まだ第一関門ですけどね」
「お、おう」
「これからも頑張りましょう」

岡村は気合いを入れるように拳を握った。
その直後、岡村は固まる。

原因は、いきなり目の前にが現れたからだ。

「あ、あの」

もう帰ったもんだと思ってたけど…。

「岡村君、あの」

は少し顔を赤らめながら岡村の方を向く。

「今日誘ってくれてありがとう」
「お、おお!?」

まさか自分に話が振られると思っていなかったんだろう。
岡村はひっくり返った声を出す。

「ふふ」

その声を聞いて、は笑う。
うわ、やべ、可愛い。

「すごく面白かったよ。バスケ見るの、楽しいね」
「お、おお…」

岡村はテンパって、もう「お」しか言葉を発してない。
大丈夫か、こいつ。

「…岡村君?」
「お、おお…」
「大丈夫?」

は心配そうにそう言う。
そりゃそうだ。話してる相手が「お」しか言わず、変な汗かいて突っ立ってるなんて、心配して当然だ。

「あ、えーと、ほら、岡村にふつうに話しかける女子っていねーから!」
「?」
「こんだけでけーと女子は怖がんだよ。だからふつうに話しかけられてびっくりしてんだって、なあ、岡村」
「お、おお…」

せっかくフォローしたのに、岡村はまた「お」しか言わない。
少し落ち着け。そう思ってわき腹を小突く。

「岡村君、怖くないよ」
「え?」
「あんまり話したことないけど…いつも重いものとか持ってくれるし、係の仕事とか嫌な顔しないで引き受けてくれるし、優しいの知ってるから、大きいからって、怖がったりしないよ」

は少し赤くなりながらそう言う。
…ん?これは…。

「…さん、帰りはどちらですか?」
「え?神社のほう…」
「じゃあオレと福井さんは逆ですね。岡村さん、送ってあげてください」
「え?ワシもぎゃ」

もう一度岡村のわき腹をたたく。今度は思いっきり。
せっかくそう言ってやってんのにお前は…!

「え、でも、…いいの?」
「(ほら、岡村さん)」

氷室が小声で言いながら小突く。

「お、おお。大丈夫じゃ」
「じゃあ、その…お願いします」

は照れながらも、すごくうれしそうな顔をする。
二人の後ろ姿を見送りながら、氷室に言う。

「なあ」
「はい」
「…オレたち、何もしなくてもよかったんじゃね?」
「そうかもしれませんね」





次の日、朝練前に岡村に昨日のことを聞く。

「なあ、昨日帰ったとき、何か話したのか?」
「お、おう」
「何話したんですか?」
「つ、次の試合も見に来てくれんかと…」
「それだけかよ!?」
「そ、それだけとはなんじゃ!こっちは死ぬ思いで誘ったんじゃぞ!」

いやいやいや!
せっかくいい感じだったんだからデートの一つでも誘って…。

…いや、岡村にはハードルが高ぇか…。

「まあ、岡村さんらしくていいんじゃないですか?」

氷室はにっこり笑いながらそう言う。

「ゆっくり進んでいく方が二人らしいじゃないですか。きっとうまく行きます」
「まあ、そうだな…」

ま、あんまり慌てても返ってダメになるだろうし、このぐらいかちょうどいいか。
頑張れよ。









春よ来い
13.06.04

不憫な岡村先輩に春よ来い
中盤の福井先輩の「岡村の恋愛相談というより氷室の恋愛テクニック講座」は自分で突っ込みたくなったことです

割とどうでもいい情報ですが、地味〜に氷室は連載の氷室を意識してます




感想もらえるとやる気出ます!