「今日は仕事で遅くなるから、先に寝てていいよ」

今朝、辰也はそう言って仕事へと出かけて行った。
どうやら今日は出張らしく、ギリギリ泊まりにならずに帰って来られるけど、時間はだいぶ遅くなるとのこと。

辰也はそう言うけど、帰ってくるまで待っていようか。
そう思ったけど、やめた。
以前も似たようなことがあって、そのときは辰也が帰ってくるまで起きていたのだけど、辰也は待っていた私を見て「待っていてくれるのは嬉しいけど、先に寝てていいんだよ」と心苦しそうな顔で言われてしまったのだ。
確かに私が辰也の立場だったら、待っていてくれるのはきっと嬉しいけど、同時に申し訳なくもなるだろう。
だから今回は先に寝ることにした。その代り、明日の朝思い切り抱き付けばいいのだから。


夜、10時。眠くなってきたので、早々に眠ることにする。
戸締りを確認して、ベッドに入る。
隣に眠るであろう辰也の分をあけて。

「おやすみなさい」

今日は言う相手がいるわけではないのだけど、そう呟いて布団を体に掛けた。
眠りにつこうと目を瞑る。

「……」

しかし、眠れない。
割と寝つきはいいほうなのだけど、入眠できない。
眠気は確かにあるのに、眠りにつくことができない。

「……」

まあ、こんな日もあるだろう。
そう思いごろりと寝返りを打つ。
こうしていればいつか眠れるだろうと思いながら。





「………」

横になってから何時間経っただろうか。
いつか眠れるだろうと思っていたけど、一向に眠れない。
どうしたことだろう。
何時間経ったか確かめたいけれど、時計を見るのが若干怖い。

もう一度ベッドの中で寝返りを打つと、玄関の方から音がした。
恐らく辰也が帰ってきたのだろう。
だったらなおさら眠らなくては。辰也が寝室に入ってきたときに私が起きていたら、きっと辰也は気を遣ってしまう。

「……」

しかし、意識すればするほど眠れない。
早く寝よう寝ようと思うほど、目が冴えていく。

奥から物音がする。きっと辰也がシャワーでも浴びているのだろう。
夕飯は済ませてくると言っていたから、もう辰也がこちらに来てしまう。

「!」

ガチャリとドアノブの音がして、部屋に光が差し込む。
辰也が入ってきたのだ。

「……」

寝たふり、寝たふり。そう言い聞かせながら目を瞑る。
辰也はそっと私の隣に入ってきた。

「おやすみ、。明日も愛してるよ」

そう言って辰也は私にキスをして抱きしめてくる。
…もしかして、起きているのに気付いているのだろうか。
だって、いくら辰也といえど眠っている私にここまで言うとは思えな…いや、辰也ならやる気もする。

、寝顔も可愛いな。夢でも会いたい」

…いや、さすがにこれはわかってるよね!?
そう思い私は目を開け辰也のパジャマの裾を掴んだ。

「た、辰也」
、ごめん起こしちゃった?」

名前を呼ぶと、辰也は目を丸くして私から手を離す。
この表情、私が起きて驚いている表情だ。

「う、ううん…なんだか眠れなくてずっと起きてたんだけど。辰也、私が起きてたの気付いてたんじゃないの?」
「ううん。寝てると思ってた」
「ね、寝てると思ってしゃべってたの…」
「?うん。が先に寝たときはいつもこうだよ」

そ、そうなのか…。まあ辰也と思えばあまり違和感はないのだけど。

、眠れなかったの?」

辰也は心配そうな顔で私を覗き込んでくる。

「うん…」
「そっか…よしよし」

辰也はそう言いながら私の背中をさする。

「そうだ、羊でも数えようか」
「羊?」
「うん」
「そしたら辰也が眠れないんじゃ」
「大丈夫、オレはが寝顔見たら安心して眠れるから。羊が一匹…」

そう言いながら辰也は私の背中を優しく叩く。
寝るときに羊を数えるなんて何年ぶりだろう。

「羊が二匹、羊が三匹…」

辰也の穏やかな声が響く。
優しい声だ。

「羊が十匹、羊が十一匹…」

数えてもらっているおかげか、隣に辰也がいてくれるおかげか。
なんだか瞼が重くなってきた。

「羊が二十匹、羊が二十一匹…」

そっと辰也の方へ体を寄せる。
暖かくて、心地いい。

「辰也…」

ぎゅうっと辰也を抱きしめると、薄目の視界の中で辰也が微笑んだのが見えた。
微睡む意識の中、辰也がキスをしてくれた。

今夜は素敵な夢が見られそう、そんな気がした。









羊が一匹
15.10.01

10月は今年も氷室祭り!





感想もらえるとやる気出ます!