花宮は冷淡である。
冷酷という意味でもそうだし冷酷と言うよりゲス野郎と言った方が正しいけれど)、感情の起伏が激しくないと言う意味でもそうである。
クールと言えば聞こえはいいけれど、花宮の場合、単に人に興味がないのだろう。
一応恋人という立場の私が他の男に告白されようと「趣味の悪い男もいたもんだ」と笑うだけだ。
ならばあんたはどうなんだ、と言ったら「オレが趣味がいいって言われて喜ぶとでも思ってんのか」と返されてしまった。

しかし、そんな彼がやたらと感情を露わにする人物を私は一人だけ知っている。


今日は花宮と映画を見る約束をしている。
花宮の好きそうなドキュメンタリー映画、私も興味があったので一緒に行くことにした。
映画は15時から、待ち合わせは14時45分に映画館の前で。
買い物をしてから待ち合わせ場所に向かっているけれど、少し早めに着いてしまいそうだ。
左腕に付けた腕時計で時間を確認し顔を上げた瞬間、後ろからゆったりとした特徴的なトーンの声が聞こえてきた。

「あの、すみません」

後ろを振り向くと、真っ先に目に入ったのは茶色のコートだ。
どうやら随分と大きい人らしい。そう考える間もなく即座に見上げると、そこには見知った男性の顔があった。
いや、見知ったというのは適当ではない。
知り合いというほどではなく、何度か会ったことのある眉の太い垂れ目の男性。

「ああ、またあなたですか!」
「は、はあ」

この彼と初めて会ったのは確か花宮と待ち合わせをしているとき、隣で彼が電話をしていた。
次に会ったときはスポーツショップのレジに並んでいるとき。
どちらもただの偶然、お互いの名前も知らない。
ただ、彼と花宮は知り合いのようで、花宮は彼を見るたび不機嫌を露わにする。

「道に迷ってしまったんですが、映画館ってどっちかわかりますか?」
「映画館? それならこっちです」

どうせ私も行くところだ。一緒に行きましょうか、と聞くと彼は笑顔でありがとうございますと返した。
花宮と鉢合わせしたらうるさそうではあるけれど、待ち合わせまで大分時間がある。
まさかまだ来ていないだろうと踏んで、彼と共に行くことにした。

「今日は花宮と一緒じゃないんですか?」
「ああ……まあ、これから映画館の前で会う予定で」
「へえ! ならオレも会えるかなあ」
「待ち合わせまで時間あるので、まだいないと思いますよ」
「そうですか、残念だなあ」

どうやら花宮と違い、彼は花宮に対して悪感情は持っていないようだ。
腹の底ではわらかないけれど、とりあえず表面上はそう見える。

「……花宮とどういうお知り合いで?」

この機会、せっかくだしと思い聞いてみる。
同じ学校ではないし、二人はいったいどう言う関係なのだろうか。

「オレ、バスケ部なんですよ。中学のときから試合で会うこともよくあって」
「ああ、なるほど」

バスケ関連の知り合いということなら頷ける。
……いや、逆に怖いか。バスケの知り合いというなら花宮の本性を知っている可能性が高い。
それでいて花宮に好意的な態度というのは、裏があるか、相当な鷹揚な性格のどちらかだ。

「バスケの試合、あなたもよく見るんですか?」
「いえ……たまに見ますけど、そんなには」

まさか花宮の試合など見るはずもない。
見たくもないし、花宮も試合中に私の姿を見付けたら後々何を言ってくるかわからない。

「そうなんですか? そうだ、今度よければ見に来てくださいよ!」
「は、はあ」

言葉の取りようによっては、ナンパのようなそのセリフ。
しかし、彼の声色からは全く裏が感じられず、思わず頷きそうになってしまう。

「学校も忙しいので、なかなか機会がなくて」
「あっ、もしかして花宮と同じ学校ですか? 霧崎、進学校ですもんね」
「まあ、一応……花宮みたいに勉強しないでも余裕ならいいですけど、そういうわけでもないんで」
「ああ、あいつ頭いいですもんねえ」

あはは、と鷹揚に笑う彼の向こう側に、映画館の看板が見えた。

「あ、ここですよ映画館」
「本当だ。案内してもらってありがとうございます」
「いえ、ついででしたから」
「本当に助かりました。では、また」
「あ……」

彼はにこやかに手を振っていって去っていった。
お互いの名前も知らないのに、「また」とははなんとも大らかな彼らしい。

彼が入り口から映画館にはいるのを見送った後、近くの壁にもたれ掛かった。
携帯を取り出すと待ち合わせの十分前。
のんびり歩いたため思ったよりは遅く着いたので、電車の中での暇つぶし用に持ってきた文庫本でも読んでいればすぐに待ち合わせ時間になるだろう。
携帯をしまい、文庫本を出そうと鞄を開く。

「おい」

声を掛けられ、顔を上げる。
そこにいるのは、待ち合わせの相手、花宮だ。

「あれ、早かったね」
「別に」

花宮は手に持っていた携帯をポケットに入れると、いつも以上にぶっきらぼうな声で呟いた。

「……」
「? 入らないの?」

もうチケットの発券はできるし、入場も始まる時間だ。
中に入っても問題ないはずなのに、花宮はポケットに手を入れたまま立ち止まる。

「お前、誰と来たんだよ」
「は」

思ってもみなかった言葉に、私は口をぽかんと開けてしまう。
まさか会わないだろうと分で彼と一緒に来たけれど、失敗だったようだ。

「映画館どこにあるかって聞かれたから、ついでだから一緒に来ただけ。名前……なんていうの?」

別にやましいことがあるわけじゃない。
ありのまま、そのままを話すけれど、花宮は未だ苦々しい表情のままだ。

「知るかよ」
「そ。まあ別にそこまで知りたい訳じゃないけど……」

花宮から無理に聞き出してまで彼の名前を知りたいわけじゃない。
ため息をひとつ吐きながら、私は続ける。

「まあ、とにかくそれだけ」
「……」

そう言っても花宮はまだ納得できない様子だ。

「前もあの人と会ったときやたら機嫌悪かったけど何かあるの?」
「なんもねえよ」
「なんかあるでしょ……」

花宮は猫をかぶっているとき以外基本的に不機嫌抱けれど、なにもないときに私に当たり散らすほど愚かでもない。

「別に。ムカつくだけだ、あいつが」
「ああ……、確かに苦手そうだよね、ああいうの。普通はあんたみたいなのよりああいうほうが付き合いやすいんだろうけど」

ああいうタイプともし付き合っていたのなら、親にも周りの友達にも気軽に恋人を紹介したり、先ほどの彼の発言のように恋人の部活の試合を応援しに行ったりと、マンガで読んだようなふつうの付き合いがきっとできていたのだろう。

「まあ、私はあんたみたいなほうが一緒にいて気が楽だけど」

通常ならああいうタイプを好きになって付き合うものなのだろう。
しかし、花宮なんかを好きになる私も大概変人なのだ。
花宮みたいなやつのほうが、隣にいて心地いいのだ。

「いたっ!?」

突然花宮が盛大なデコピンをしてきた。

「な、なに!?」
「バァカ」
「はあ!?」
「行くぞ」

花宮はご機嫌顔になって、映画館に入っていく。

「……単純」

誰にも聞こえないように、小さな小さな声で呟いた。
いくら頭がよくても、性格が歪んでいても、こういうところはなんだかんだと17歳の高校生だ。









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16.04.02

まりこさんリクエストのヤキモチ妬く花宮でした!ありがとうございました!


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