夕陽の差し込む誠凛高校1年B組の教室、私は去っていくクラスメイトの男の子の後ろ姿を静かに見送った。

「オレ、付き合ってる子がいるんだ」

その答えを予想していなかったわけじゃないけどやっぱり実際そう言われるとショックだ。
いや、ショックなんて生易しいものじゃない。心臓をナイフで貫かれたような。
人生初の失恋は思ったよりずっと痛かった。

はあ、と一つ溜め息をついたら涙が溢れてくる。

「……っ、ハンカチ…」

とめどなく流れる涙を拭うためにハンカチを探したけど、鞄の中にあるはずのハンカチが見つからない。
「あれ?」と声を出しつつ探しても見つからない。

「あの、これどうぞ」

そんなふうに探していると後ろからそんな声が聞こえてきて、後ろを振り返ってみたけど誰もいない。
首を回してみても誰もいない。
え、これは、ホラー?
背筋がぞっと冷えて、さっきまで流れっぱなしだった涙が一瞬にして引いた。

「あの、ここです、ここ」
「きゃああああ!」

そんな声と同時に腕を掴まれ思わず大声をあげてしまった。
でも私の腕を掴んでいる手は透けているわけでもなく、というかよく見てみるとその腕の先にある顔には見覚えがあった。

「あ、く、黒子くん…?」

そこにいたのはクラスメイトの黒子くんだった。
黒子くんはハンカチを差し出して、普段と変わらない表情で「ハンカチ、よかったらどうぞ」と言った。

「あ、ありがとう」
「いえ」

あんな大声を出して驚いてしまったというのに黒子くんは嫌な顔一つせず綺麗なハンカチを貸してくれた。

「あの、ごめんね。なんかすごいびっくりしちゃって」
「大丈夫です、慣れてますから」
「え」
「影薄いって、よく言われますから」

ああ、確かに…と言いそうになったけどまさか本当にそんなことを言えるはずもなく、その言葉をぐっと飲み込んだ。

「そういえば、その、黒子くんいつからいたの?」
「…すみません」
「え、なんで謝るの?」
「最初からいたので全部聞いてしまいました」
「え、ええええ!?」

最初からってことは私の告白とか私がフラれたこととか、全部ってこと!?

「すみません」
「え、あ、うん…その…こちらこそこんな場面見せちゃってごめん」
「ああ、それは慣れてますから」
「?」
「ボクの存在に気付かないままそのばで告白し始める人、よくいるんです。大体気付かれないで終わります。
 いつもはボクもそのままいなくなるんですが、さんがハンカチなくて困ってるようだったので、つい」

そう言って黒子くんはもう一度謝りながら深々とお辞儀をする。

「あの、黒子くんがわざとやったわけじゃないのわかってるから大丈夫だよ」

そんなにたくさん謝られると私も心苦しくなってくる。
特に黒子くんの誠意が伝わってくる分、余計に。

「それに驚いたおかげで涙も引っ込んだし!」

今できる精一杯の笑顔でそう言うと黒子くんの口元が少し緩んで、私は少しドキっとした。
そういえば、黒子くんが笑ったところ初めて見たかも。

「そうですね、あんまり謝るとさんに気を遣わせてしまいますし」
「あ、そうだ。ハンカチなるべく早く返すね」
「気にしなくていいですよ。じゃあ、部活に戻ります」

黒子くんはそう言って教室のドアへと向かった。
その後ろ姿を見送っていると、いきなり黒子くんはこっちを向いた。

さん、今すぐは無理かもしれませんけど元気出してくださいね」
「…うん、ありがとう」
さんは泣いているより、笑っているときのほうが可愛いです」
「えっ!?」

予想もしなかった言葉に驚いていると、黒子くんはあっという間にいなくなってしまった。


やっぱりまだ心臓は痛いけど、ほんの少し痛みが和らいだ気がした。







かさぶた
10.08.28