黄瀬と初めて話したのは中学一年の夏のことだった。 秋の遠足の班割りを決めるとき、当時から人気の高かった黄瀬と誰が同じ班になるか、クラスの中では軽く争いになった。 正直私は黄瀬と一緒になろうがならまいがどうでもよかったけど、友達が「絶対に同じ班になる!」と気合を入れていたもので、止める理由も特になかったので私はそれに従った。 そして運よくジャンケンを勝ち抜いた私たちは、無事黄瀬と同じ班になれたわけだ。 そこで話をしてみたところ、話が合う合う。ウマの合った私たちはすっかり仲良くなった。 3年間クラスが一緒と言う事もあり、私と黄瀬は卒業する頃には他人からは恋人同士に見られるようになっていた。 私がそんな状況に満足していたかと言われれば、そんなはずはない。 季節が過ぎるごとにあと一歩、二歩、近づきたいと思う自分がいた。 恋人同士に見られるだけでなく、本当の恋人同士になりたいと思っていた。 だけど黄瀬の隣りにはいつも女の子がいて、私が入る隙なんてあるはずもなかった。 そんな毎日を続けていくうちに時がすぎ、3年生の3月になった。 卒業式を2日後に控えたある日の休日、学校近くの公園で頬を腫れさせた黄瀬に会った。 「黄瀬、どうしたのそのほっぺ」 「あ、っち。どうしたもこうしたもないっスよ」 「どうせまた彼女にひっぱたかれたんでしょ」 黄瀬はモテるくせにデリカシーがないというか、イマイチ女心をわかっていないようでよく彼女とケンカする(というか一方的に怒られている)ことが多かった。 そんな黄瀬が頬を腫れさせているなんて十中八九彼女を怒らせたということだ。 「今度は何したの」 「何って…。オレはなんもしてないっスよ。いきなり怒られた」 「何て?」 「……」 いつもはケンカの理由をすぐべらべら喋りだすくせに今日は妙に歯切れが悪い。 何か言いにくいことなんだろうか。 「……どっちが好きなのって」 「え」 「だから、私とさんどっちが好きなのって怒られた」 まさかそんなやり取りがされていたとは思わず、私は思わず固まってしまった。 「…そんなこと言われたんだ」 「ホントっスよ。答えなんて決まってるのに」 あ、やばい。 「ちゃんと答えたの?」 「そりゃあ、そんなんお前に決まってるって」 涙が出そうだ。 「それなのに引っぱたかれたの?」 「そう、嘘ばっかって。嘘じゃないのにひどいっス」 黄瀬が私のこと好きじゃないことくらい知ってる。 知ってるけど、こうやって違うのだと、私の一方通行なのだと思い知らされるのはやっぱりつらい。 「それで、どうすんのよ。彼女」 「電話出てくれねーし、一応メールはしたっスけど」 「ていうか、そんなこと言われた直後に私と一緒に居たらまずいんじゃない?」 「あー…そうっスね」 「これ以上誤解させてどうすんのよ」 「…んじゃ、そろそろ帰るっス」 そう言って黄瀬は立ち上がって、私に小さく手を振った。 「黄瀬」 「ん?」 「…あんたは、優しいよね」 「どうしたんスか、突然」 黄瀬はデリカシーはないし女心はわかってないけど、時々すごく優しいから困るんだ。 そのせいで私は黄瀬のことを諦められず、ずるずると三年間つらい想いを持ち続けることになった。 「いつもはケンカの理由すぐ話すくせに全然言わなかったの、私に気使ったんでしょ」 私に話さなかったのは、ケンカの理由に私が関係しているってだけじゃない。 黄瀬はずっと前から私の気持ちを知っている。知ってて知らないふりをする。 私が聞かなければ彼女の話は絶対にしないし、私と彼女を極力会わせないようにしていた。 黄瀬は優しくて、とても残酷だ。 「気なんて使ってないっスよー」 「黄瀬、」 緩く笑う黄瀬の言葉を遮るように、私の口から言葉が出た。 「すきだよ」 「…うん」 「知ってたでしょ」 「うん」 「酷いね、知らないふりするなんて」 「…自分でも知らないふりしてたほうがいいのか、どうすればいいのか迷ったけど」 「うん」 「オレとしては、言うのあと2日待って欲しかったっスね」 「なんで?」 「そしたら、卒業まで友達でいられたでしょ?」 黄瀬は寂しそうな顔でそういうと、今度こそ彼女の元へと歩き出した。 ああ、黄瀬は別に優しいわけじゃない。ただ、卒業まで友達として好きな私と、友達でいたかっただけなんだ。 だけど私はもう耐えられなかったんだ。ごめんね。 卒業したら黄瀬は神奈川の高校に進学して、私は地元の女子高に進学する。 どうせ卒業したら友達関係も終わってしまうだろう。 たった2日、されど2日。 私も友達でいたかったよ。卒業までじゃなくて、卒業してもずっと。 だけどそれだけじゃ嫌で、黄瀬の特別になりたくて。 ごめんね、黄瀬。3年間ありがとう。 すきだよ 10.08.28 |