部活が終わって、片付けが終わった後、辰也の自主練が終わるまでは暇だ。
大体部室で待っているけど、携帯を弄るか、部室の掃除をするか、勉強をするか、本を読むか。
今日は明日の小テストのための勉強をすることにした。
英単語の小テスト、私はひたすら範囲の英単語を繰り返し書いていた。
「、ごめん。待たせちゃったね」
手が痛くなってきたところで、辰也が部室に入ってくる。
「大丈夫だよ」
「いつもごめんね」
辰也は部活の後、基本的に自主練をしている。
いつも一緒に帰っている私は辰也のことを待たなくてはいけないんだけど、その時間は嫌いじゃない。
「いいってば」
この時間を利用して、読みたかった本を読んだり、帰ってからでは疲れてしまってやる気のしない勉強をこの時間に済ませたり。
辰也はいつも「ごめんね」と謝ってくるけど、私に気を遣って練習しなくなることのほうが嫌だ。
彼がやりたいだけ、やれるだけ頑張ってほしい。
「!」
そんなことを思いながらペンケースとノートを片付けていると、辰也がおもむろに着替え始める。
上半身裸になった辰也からパッと顔を逸らす。
後ろから辰也の笑い声が聞こえた。
「恥ずかしいの?」
「そ、そりゃあ…」
「もう何回も見てるのに」
正確には「まだ」恥ずかしくはない。
上半身ぐらいなら、ほかの部員も休憩中にTシャツを脱ぐことはままあるので、悲しいかな慣れてしまった。
ただ、さすがに下は別だ。
下着があろうと恥ずかしいものは恥ずかしい。
「あんまり照れられると、煽られてる気分になるんだけど」
「!な…っ」
辰也の言葉に思わず振り向く。
辰也はくすくす笑っていた。
「……はあ」
これでまた後ろを向いたら、またからかってくるに決まってる。
観念して辰也のほうを向くことにした。
「…あれ」
辰也がロッカーから着替えを出そうと私に背を向けたとき、彼の背中に傷があるのが見えた。
細い赤い傷。
引っかかれたような跡だ。
「辰也、猫飼ってたっけ?」
「?いや、飼ってないよ」
「じゃあどうしたんだろ、これ」
「何かついてる?」
「背中にひっかき傷みたいなのがあるから。ほら、ここ」
背中は自分では見えないだろう。
辰也の傍に行って、背中の傷をなぞりながら説明すると、目をまん丸くさせて私を見た。
「覚えてないの?」
「え?」
「がつけたんだけど、これ」
「…え?」
いつ?と聞こうとして口をつぐむ。
背中に傷、ということは、辰也は少なくとも上半身裸の状態だ。
件の傷は真新しい。
辰也が最近私に背中を晒したときといえば、
「この間がイくときにしがみついてきて」
「わーーーっ!言わなくていいです!!」
大慌てで辰也の言葉を制止する。
まさか自分が原因の傷だとは思わなかった。
「本当に覚えてないの?」
「お、覚えてないよ…本当に私?」
「オレが浮気したとでも思ってる?」
「そうじゃなくて!なんか…お風呂上がりにどこかひっかけたとか」
「だよ?ほら、思い出して」
辰也は私の隣に座って、私の唇をなぞる。
先日の出来事がフラッシュバックして、一気に顔が赤くなる。
「ば、バカ!」
私に触れる辰也の熱が、最中のことを思い起こさせる。
怖くなって、辰也から離れようと一歩下がる。
「きゃっ」
「逃がさないよ」
「!」
辰也は私の腕を掴む。
表情が今までと違う。
これはまずいと直感的に思う。
「た、辰也…」
「ん?」
「ここ、部室だからね!?」
辰也の顔は、完全にスイッチが入った状態だ。
もうみんな帰っているとはいえ、ここは部室。学校だ。
そんなこと、していいわけがない。
「部室だね」
「そうだよ!」
「だから、静かにね」
「!」
辰也は人差し指を私の唇に押し当てる。
逃げなきゃ。そう思って辰也の前から移動しようとすると、辰也はロッカーに手を突いて私の退路を阻む。
「…辰也、あの…」
おそるおそる顔を上げる。
辰也はその隙を逃さない。
「ん…っ」
声を上げる暇もなく、辰也は私の唇を塞ぐ。
口内に舌が入り込んでくる。
口づけというより、貪るような。
口の端から二人の混ざり合った唾液が零れる。
「辰也っ!」
辰也は私の制止の声も聞かず、手早く私のブラウスのボタンを外す。
胸についた赤い痕を見て、辰也は笑う。
「まだついてる」
辰也は自分の付けたキスマークを愛おしそうになぞる。
つけられたときのことを思い出してしまって、左手で顔を抑えた。
「…っ」
辰也は薄くなった痕の上に重ねるようにキスマークをつける。
薄桃色が、濃い赤に変わる。
「がオレのものだっていうしるし」
嬉しそうに言う辰也を見て、顔がかあっと熱くなる。
恥ずかしいのに、嬉しいと思ってしまう自分がいる。
私も、辰也のことを言えない。
「オレの背中の傷も、オレがのものだっていうしるしだ」
今は見えない辰也の背中の傷を思い出す。
あれを私がつけたとは思えないけど、辰也が言うならそうなんだろう。
「辰也、続きは、その…家でしよう?」
もうここまで来たら事に至るのは避けられない。
だったらせめて帰ってから。そう思って言ってみるけど、辰也の表情は変わらない。
「今更無理だよ。鍵も掛けたし、大丈夫だから」
「あっ」
辰也はスカートの中に手を潜らせると、下着の上から秘部をなぞり始める。
「辰也、ダメ」
右手で辰也の体を押すけど、辰也は動かない。
それどころか、辰也は私の腕を掴んでロッカーに押しつける。
もう完全に逃げられない。
「あ…っ」
「声出しちゃダメだって」
辰也は下着をずらして、指を直に触れさせてくる。
一際大きい声を出すと、辰也が耳元で囁いてきた。
「ん、ふ…っ」
「声を出させているのは誰」と言いたいけど、今口を開くと矯声が漏れてしまいそうだ。
必死に口を結んでいると、辰也はそれをいいことに指をどんどん奥まで滑りこませてくる。
「…っ!」
声にならない声が漏れると同時に、ぎゅっと固く瞑った瞼から涙が一筋こぼれる。
もう私が抵抗できないことを悟ったのか、辰也は私の腕を解放した。
「…んっ、んんっ」
私の息と、水音が部室に響き渡る。
いつもミーティングしたり部誌を書いたりしているこの部屋で、なんてことをしているんだろう。
ダメだとわかっているのに、感じてしまう自分が恥ずかしい。
「いつもより感じてるね」
「…っ」
「こういう場所でするほうが好き?それとも声出さないのがいいのかな」
「ん…っ!」
首を横に振るけど、体がそうだと証明してしまっている。
全てわかっている辰也は、ただ妖しく笑うだけだ。
「…っ」
辰也は私の秘部から指を引き抜くと、軽いキスをする。
すると、すぐ横にある自分のロッカーを探り始めた。
「…辰也…?」
自分でも驚くほど不安の色が滲む声になってしまった。
辰也は一瞬驚いた顔をして、すぐに優しく笑った。
「ゴムつけないと」
「あ…」
「それとも我慢できない?」
「!」
もともと熱かった顔が一気に火照る。
「っ、ちゃんとつけて…」
ふいと顔を背けてそう言う。
本当はだいぶ焦れているだけど、つけなきゃけないし、それを悟られるのも恥ずかしい。
「ん…っ」
恐らく自分の鞄から取り出したであろう避妊具を付けて、辰也は私の下着を床へ落とす。
「…っ」
ぐいと右足を持ち上げられて、露わになった秘部に辰也自身を押し当てられる。
自分で秘部が疼くのを感じる。
「挿れるよ」
「ん、…っ!」
辰也が私の中に入ってくる。
ゆっくりゆっくり、確かめるように。
「ふ、ん…っ、ん」
もう、足に力が入らない。
左足だけでは自分の体を支えられなくて、両腕を辰也の首に回してしがみついた。
「や、あっ!?」
辰也は私の右足をも持ち上げる。
完全に辰也に抱きかかえられる格好だ。
「ん、あっ、やあ…っ」
「…」
「む、り…!」
辰也は声を抑えろと言いたいんだろう。
だけど、この状況でそれができるはずもない。
いつもより深く辰也を感じている。
この状態で動かれたら、声を我慢するなんてできない。
「ん、だって…、あっ」
「…じゃあ、やめる?」
「や、やだ…っ」
辰也は本当に意地悪なことを言う。
ここまで来てやめるなんてできない。
秘部がじんじんと疼いて、もっとほしいと叫んでいる。
「じゃあ、噛んでいいよ」
「え…」
「ここ、ほら」
辰也は私の体をロッカーに押しつけると、私の後頭部に手を当てて自分の方に寄せる。
そして、「ここ」と自分の肩を指さした。
「声、我慢できないんだろ?」
「でも…あっ!」
辰也は私の答えを聞かずに再び動き始める。
辰也が動く度に声が漏れてしまう。
恐る恐る、辰也の肩に噛みついた。
「ん、ん…っ」
できるだけ力を込めないよう、辰也が痛くないようにしているけど、理性が飛んでくるとそんなことを考える余裕もなくなってくる。
段々歯を立てていることに気付きながらも、止められない。
「ふ、んっ」
「は…っ」
自分の耳元では辰也の吐息が感じられる。
薄暗く、少し湿気た部室に、行為の音と二人の息が響く。
ここが学校だという背徳感、声を出してはいけないという焦燥感、すべてが快感に変わっていく。
「んん…っ!」
「…」
いつもに比べずいぶんと乱暴なセックスだ。
私は辰也に噛みついているし、辰也は体位のせいか場所のせいか、動きが激しい。
私たちはつながった余韻に浸る暇もなく、あっという間に共に果てた。
*
「……」
「」
事後の後始末を終え、乱れた制服をなおしていると、辰也が私の機嫌を伺うように名前を呼んだ。
「怒ってる?」
「怒ってるよ!」
そんなの当然だ。
散々制止したにも関わらず、結局学校で事に至ってしまった。
もう、明日からどんな顔で部室に入ればいいかわからない。
「ごめん、がかわいくて」
「……」
辰也はいつもいつもそう言ってくる。
普段なら「かわいい」と言われるのは嬉しいけど、こういうときは別だ。
今まで辰也に背を向けていたけど、振り向いて辰也を訝しげな目で見つめた。
「あ…」
「?」
そのときに目に入ってきたのは、辰也の肩の傷。
紛れもなく、私がつけたものだ。
「あの、ごめん…」
「なにが?」
「肩、痛いでしょ」
事に至ったのは全部辰也のせいと今でも思っているけど、それとこれとは話が別だ。
原因がなんであれ、辰也に傷を付けてしまったのは申し訳ない。
「大したことないよ」
「でも…」
なんというか、その。
最初のほうは傷つけまいと甘噛みしていたはずだけど、最後の方はどうしていたかわからない。
辰也の肩にくっきり痕が残っているということは、結構な力で噛みついてしまったようだ。
「むしろ嬉しいから」
「え?」
「オレがのものだって言うしるしが、また一つ増えたんだ」
辰也は肩を指先で撫でる。
自分で頬が熱くのを感じた。
「別に、そんなつもりじゃ」
「そう?オレは嬉しいんだけど」
「…マゾ?」
「が望むならSでもMでもなるよ」
「の、望みません!」
予想外の答えに大声で答えた、その瞬間。
「おーい、バスケ部。まだ残ってるのかー?」
「「!」」
部室の外から、バレー部の顧問の声が聞こえる。
一気に血の気が引いた。
「熱心なのはいいが、もう遅いから帰れ。校門も閉まるぞ」
「はい。もう帰るところです!」
慌ててそう答えると、辰也はくすくすと笑った。
「笑い事じゃないよ!?バレたらどうなってたか!」
小声で、でも怒っていることは伝わるよう強い口調で辰也に言う。
辰也はまだおかしそうに笑っている。
「そうだね。学校でっていうシチュエーションはいいけど、さすがに停学や退学は困るな」
「…後半は同意します」
はあ、とため息をつく。
でも、これでさすがに辰也も二度とこんなことしないだろう。
カーディガンを着て、鞄から鏡を取り出して髪を整える。
…うん。大丈夫。完全にふつうの部活終わりの格好だ。
「残念だな」
「なにが?」
いつの間にか着替え終わった辰也が私の後ろにきて、鏡に映る。
辰也は私の胸のあたりをそっと手で押さえた。
「ここにたくさん、はオレのものだって痕があるのに、見えない」
「…見えるとこにつけたら怒るよ?」
「わかってる。オレだってが「セックスした後です」って周りにわかるの嫌だからね」
ストレートな言葉に、顔が赤くなる。
その様子まで鏡に映し出されて、恥ずかしい。
「…、左手出して」
「?うん」
なんでだろうと疑問に思いつつ、辰也に左手を差し出す。
辰也は愛しそうに私の指を撫でた。
少しくすぐったい感触に、身をよじる。
「…っ!?」
突然左手に痛みが走る。
辰也が私の指を噛んだのだ。
「え、え!?」
「痛かった?ごめん」
「え、仕返し!?」
やっぱり肩を噛んだの痛かったのだろうか。
辰也はいつも私を割れ物でも扱うかのように優しく触れてくれる。
そんな辰也が突然噛みついてくるなんて、さっきの仕返し以外考えられない。
「違う違う。ちゃんと見て」
「え…」
辰也に言われて左手をまじまじ見つめる。
噛んだ痕がついているのは、薬指の付け根。
くっきりと、指輪みたいについている。
「……」
「これも恥ずかしい?」
「…恥ずかしいよ」
キスマークを見られるような恥ずかしさではないけど、これだって十分照れくさい。
「…恥ずかしいけど、嬉しい」
噛まれた場所を撫でる。
今度は胸の奥に甘い痛みが走った。
「……」
「ん」
無言で辰也の左手を手に取る。
辰也はわかっているようで、率先して私の口元に手を持ってきた。
「…つっ」
ぎゅっと辰也の薬指に噛み痕をつける。
辰也より噛む力は弱いから、できるだけ強く。
「お揃いだ」
お互いの左手を重ねて、薬指の痕を見つめる。
大人が見たら笑うかもしれない、おままごとのような行動。
だけど、私たちにとっては幸せな傷痕だ。
幸せな傷痕
14.10.12
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