「ああ、さん。おはよう」
朝、教室の自分の席に着こうとすると、隣のクラスの花宮にそう言われる。
「…おはよう」
私の前の席はバスケ部の瀬戸。
だから、同じバスケ部の花宮はちょくちょくこのクラスにやってくる。
そのたびに、花宮は私に胡散臭い笑顔で話しかけてくる。
そう、胡散臭い。
花宮は成績も良くて愛想もいい。
でも、バスケ部っていい噂を聞かないし、それに、花宮はいつも何か企んでいそうな顔をしてる。
明確に何かあったわけではないけど、なんというか…。
なんだか、好きになれない。
*
「ねえねえ、さん」
授業も終わり、帰り支度をして教室を出ようとしたら、同じクラスの女子に話しかけられた。
「どうしたの?」
「あの、ちょっとね…」
彼女は周りをきょろきょろして、随分と言い難そうにしている。
少し照れた顔だ。
「…これね、瀬戸くんに渡してほしいの!」
「え?」
そう言って彼女が鞄から出してきたのは、白い封筒に入った手紙。
この口ぶり、きっとラブレターだろう。
「え?わ、私が?」
「うん、瀬戸くんと仲良いでしょ?」
別に仲がいいというわけじゃ…。
ただ中学が同じで、今も席が前後だから、ときどき話す。その程度。
「ね、お願い!」
「……」
そんなに仲は良くない。けど。
こんなに頼み込まれると、断れない…。
「…わかった」
「本当?ありがとう!今日はもう帰るんだよね?明日で構わないから!」
その子は満面の笑みでお礼を言って、昇降口へ向かった。
…そう言われたけど、できれば今日渡してしまいたい。
「…あいつ、部活中かな」
*
「……」
体育館まで来たものの、覗いてみると瀬戸は寝ている。
…練習しないのか。
まあ、いつか起きるだろう。
人から人へのラブレターを持ったまま一晩過ごす勇気はない。
どうせ今日は予定もないし、起きるのを待ってよう。
*
「……瀬戸め…」
瀬戸が起きるのを待っていたら、すっかり日が沈んでしまった。
起きなかったわけじゃないけど、起きる時はいつもコートに入るとき。
休憩になればすぐアイマスクをして寝てしまう。
話しかけられない…。
「…はあ」
バスケ部は練習が終わったようで今は部室で着替えている。
体育館から引き上げるときはみんな一緒だったから、手紙を渡せず今は部室の前で待っている。
もう帰るときしかチャンスはない。
こうなったら瀬戸が誰か一緒にいてもいい。とっとと渡してしまおう。
「あ」
そんなことを考えていると、部室から瀬戸が出てくる。
幸運なことに一人だ。
「瀬戸!」
「ん?か、なんだよ」
「ちょっと、こっち来て!」
そう言って瀬戸の腕を掴んで校庭の木の下に連れて行く。
部室の前じゃ誰かに見られるかもしれない。
「あ?」
「これ、受け取って!」
慌てるあまり、自分でも驚くぐらい大きな声を出してしまった。
一呼吸置いて、静かに続きを話す。
「同じクラスの子に渡してって頼まれたの。中に名前書いてあるから。確かに渡したからね」
「ああ、そういうこと。ごくろーさん」
瀬戸は納得したような顔で帰って行く。
…よし、ミッションコンプリート。これでぐっすり眠れる。
家に帰ろうと、古めかしい旧校舎の横を通って校門へ。
瀬戸は何て答えるんだろう。話したことほとんどないと思うけど…。
第一、瀬戸も決して褒められた性格じゃないし、くっついたらそれはそれでどうなんだろう…。
まあ、人の恋路に口出すものじゃないか。
「わっ!?」
そんなことを考えていると、突然脇から腕を掴まれた。
強い力で旧校舎に引きずり込まれる。
「な、何!?」
何が起きたのかわからず、目を白黒させていると、視界に飛び込んできたのは花宮の姿。
お化けとか妖怪の類じゃないことに安心するけど、全く安心できる状況ではない。
「な、なに、どうしたの」
「お前こそ何やってんだよ」
花宮はいつものような作られた笑顔じゃない。
笑顔どころか、不機嫌を隠そうともしない表情。
「べ、別に何も」
「あ?」
「!」
花宮は私の後ろのロッカーを思いっ切り蹴飛ばす。
ロッカーがひしゃげる。
体が硬直する。動かない。
頭だけは冷静で、しっかりと思考を巡らせている。
やっぱり花宮はこういうやつだ。優等生なんかじゃない。
だけど、なんでこんなに怒っているんだ。
何か、怒らせるようなことをしただろうか…。
「花、宮」
「なんだよ」
「な、なんでそんな怒って…」
花宮はもう一度ロッカーを蹴飛ばす。
ほ、本当、何。
「さっき、何してたよ」
「え、」
さっき。
さっきといえば、瀬戸に。
「でけー声で受け取ってとか言いやがって」
「!」
や、やっぱり…。
でも、どうして花宮がそれを怒るんだ。
「は、花宮」
「部活中もちらちらしやがって。ずっと一人になるの待ってたのかよ」
「あの…」
花宮は多分、勘違いしている。
私が瀬戸にラブレターを渡したと。
それを、花宮が怒るってことは。
「花宮、あの…」
「あ?」
「勘違いしてるんじゃ…」
私が瀬戸に手紙を渡したのは、ただクラスメイトに頼まれたから。
私が瀬戸を好きだからじゃない。
「瀬戸に渡した手紙、友達からのだから…頼まれたんだよ、瀬戸に渡してって」
そう言うと、花宮は一瞬驚いたような顔をした後、俯く。
…これは。
「…ヤキモチ?」
花宮はまたロッカーを蹴飛ばす。
一瞬驚くけど、もうあまり怖くない。
だって、私が瀬戸にラブレターを渡したと勘違いして、それを怒るって、どう考えても…。
「何言ってんだよ」
「じゃあ、なんでそんなに不機嫌なの」
「……」
花宮はバツの悪そうな顔をする。
なんか、ちょっと…その、可愛い、かもしれない。
「なに笑ってんだよ」
花宮は不機嫌な顔で、私の顔の横に手を突く。
顔が近い。
「は、花」
「黙れよ」
鋭い瞳で見つめられて、怯む。
花宮の唇が、私の唇を塞ぐ。
「…っ」
「間抜け面」
一瞬の出来事に固まっていると、花宮はバカにしたような顔で笑った。
「な…っ」
「バァカ」
「な、何よそれ」
「ボーっとした顔しやがって」
「それは、花宮が…」
「なんだよ」
何って、それは。
……それは…。
言いよどんでいると、花宮はもう一度私にキスをする。
さっきとは違う、長い長いキス。
「…んっ…」
「これだろ」
「…っ」
「間抜け面」
「な…っ」
間抜け面にさせたのはどこにどいつよ…!
そう思いながら、花宮をじっと見つめる。
「…性格悪い」
「気付いてただろ」
「…なんとなく」
花宮も、私が気付いていることを知っていたのか。
…確かに、頭も勘もいいみたいだけど。
「その『性格悪〜い』やつにこんなことされても、抵抗しねーのかよ」
「…っ」
花宮に言われて、ハッと気付く。
私、何を普通にキスしているんだ…。
「や、やめ」
「もう遅ーよ」
「…っ」
花宮はもう一度私にキスをする。
抵抗したいのに、できない。
なぜか、受け入れてしまう。
「は、はな」
「黙れっつってんだろ」
そう言って花宮は私の唇をふさぐ。
花宮の腕を掴むと、私を抱きしめる。
「…っ」
瞬間的に顔が赤くなるのを感じた。
こんな乱暴で、性格悪いくせに、どうして。
どうしてこんなに優しく、私に触れるんだ。
私も花宮を抱きしめる。
流されてるだけかもしれない。
だけど、私は、花宮を拒否できない。
このまま
13.08.23
アオイさんリクエストのヒロインが他の男にラブレター渡してると勘違いする花宮でした〜
嫉妬で周りが見えなくなる花宮さん可愛い
感想もらえるとやる気出ます!
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