「ああ、さん。おはよう」

朝、教室の自分の席に着こうとすると、隣のクラスの花宮にそう言われる。

「…おはよう」

私の前の席はバスケ部の瀬戸。
だから、同じバスケ部の花宮はちょくちょくこのクラスにやってくる。

そのたびに、花宮は私に胡散臭い笑顔で話しかけてくる。

そう、胡散臭い。
花宮は成績も良くて愛想もいい。

でも、バスケ部っていい噂を聞かないし、それに、花宮はいつも何か企んでいそうな顔をしてる。
明確に何かあったわけではないけど、なんというか…。

なんだか、好きになれない。





「ねえねえ、さん」

授業も終わり、帰り支度をして教室を出ようとしたら、同じクラスの女子に話しかけられた。

「どうしたの?」
「あの、ちょっとね…」

彼女は周りをきょろきょろして、随分と言い難そうにしている。
少し照れた顔だ。

「…これね、瀬戸くんに渡してほしいの!」
「え?」

そう言って彼女が鞄から出してきたのは、白い封筒に入った手紙。
この口ぶり、きっとラブレターだろう。

「え?わ、私が?」
「うん、瀬戸くんと仲良いでしょ?」

別に仲がいいというわけじゃ…。
ただ中学が同じで、今も席が前後だから、ときどき話す。その程度。

「ね、お願い!」
「……」

そんなに仲は良くない。けど。
こんなに頼み込まれると、断れない…。

「…わかった」
「本当?ありがとう!今日はもう帰るんだよね?明日で構わないから!」

その子は満面の笑みでお礼を言って、昇降口へ向かった。
…そう言われたけど、できれば今日渡してしまいたい。

「…あいつ、部活中かな」





「……」

体育館まで来たものの、覗いてみると瀬戸は寝ている。
…練習しないのか。

まあ、いつか起きるだろう。
人から人へのラブレターを持ったまま一晩過ごす勇気はない。
どうせ今日は予定もないし、起きるのを待ってよう。





「……瀬戸め…」

瀬戸が起きるのを待っていたら、すっかり日が沈んでしまった。
起きなかったわけじゃないけど、起きる時はいつもコートに入るとき。
休憩になればすぐアイマスクをして寝てしまう。
話しかけられない…。

「…はあ」

バスケ部は練習が終わったようで今は部室で着替えている。
体育館から引き上げるときはみんな一緒だったから、手紙を渡せず今は部室の前で待っている。

もう帰るときしかチャンスはない。
こうなったら瀬戸が誰か一緒にいてもいい。とっとと渡してしまおう。


「あ」

そんなことを考えていると、部室から瀬戸が出てくる。
幸運なことに一人だ。

「瀬戸!」
「ん?か、なんだよ」
「ちょっと、こっち来て!」

そう言って瀬戸の腕を掴んで校庭の木の下に連れて行く。
部室の前じゃ誰かに見られるかもしれない。

「あ?」
「これ、受け取って!」

慌てるあまり、自分でも驚くぐらい大きな声を出してしまった。
一呼吸置いて、静かに続きを話す。

「同じクラスの子に渡してって頼まれたの。中に名前書いてあるから。確かに渡したからね」
「ああ、そういうこと。ごくろーさん」

瀬戸は納得したような顔で帰って行く。
…よし、ミッションコンプリート。これでぐっすり眠れる。

家に帰ろうと、古めかしい旧校舎の横を通って校門へ。
瀬戸は何て答えるんだろう。話したことほとんどないと思うけど…。
第一、瀬戸も決して褒められた性格じゃないし、くっついたらそれはそれでどうなんだろう…。
まあ、人の恋路に口出すものじゃないか。

「わっ!?」

そんなことを考えていると、突然脇から腕を掴まれた。
強い力で旧校舎に引きずり込まれる。

「な、何!?」

何が起きたのかわからず、目を白黒させていると、視界に飛び込んできたのは花宮の姿。
お化けとか妖怪の類じゃないことに安心するけど、全く安心できる状況ではない。

「な、なに、どうしたの」
「お前こそ何やってんだよ」

花宮はいつものような作られた笑顔じゃない。
笑顔どころか、不機嫌を隠そうともしない表情。

「べ、別に何も」
「あ?」
「!」

花宮は私の後ろのロッカーを思いっ切り蹴飛ばす。
ロッカーがひしゃげる。
体が硬直する。動かない。

頭だけは冷静で、しっかりと思考を巡らせている。
やっぱり花宮はこういうやつだ。優等生なんかじゃない。
だけど、なんでこんなに怒っているんだ。
何か、怒らせるようなことをしただろうか…。

「花、宮」
「なんだよ」
「な、なんでそんな怒って…」

花宮はもう一度ロッカーを蹴飛ばす。
ほ、本当、何。

「さっき、何してたよ」
「え、」

さっき。
さっきといえば、瀬戸に。

「でけー声で受け取ってとか言いやがって」
「!」

や、やっぱり…。
でも、どうして花宮がそれを怒るんだ。

「は、花宮」
「部活中もちらちらしやがって。ずっと一人になるの待ってたのかよ」
「あの…」

花宮は多分、勘違いしている。
私が瀬戸にラブレターを渡したと。

それを、花宮が怒るってことは。

「花宮、あの…」
「あ?」
「勘違いしてるんじゃ…」

私が瀬戸に手紙を渡したのは、ただクラスメイトに頼まれたから。
私が瀬戸を好きだからじゃない。

「瀬戸に渡した手紙、友達からのだから…頼まれたんだよ、瀬戸に渡してって」

そう言うと、花宮は一瞬驚いたような顔をした後、俯く。
…これは。

「…ヤキモチ?」

花宮はまたロッカーを蹴飛ばす。
一瞬驚くけど、もうあまり怖くない。

だって、私が瀬戸にラブレターを渡したと勘違いして、それを怒るって、どう考えても…。

「何言ってんだよ」
「じゃあ、なんでそんなに不機嫌なの」
「……」

花宮はバツの悪そうな顔をする。
なんか、ちょっと…その、可愛い、かもしれない。

「なに笑ってんだよ」

花宮は不機嫌な顔で、私の顔の横に手を突く。
顔が近い。

「は、花」
「黙れよ」

鋭い瞳で見つめられて、怯む。
花宮の唇が、私の唇を塞ぐ。

「…っ」
「間抜け面」

一瞬の出来事に固まっていると、花宮はバカにしたような顔で笑った。

「な…っ」
「バァカ」
「な、何よそれ」
「ボーっとした顔しやがって」
「それは、花宮が…」
「なんだよ」

何って、それは。
……それは…。

言いよどんでいると、花宮はもう一度私にキスをする。
さっきとは違う、長い長いキス。

「…んっ…」
「これだろ」
「…っ」
「間抜け面」
「な…っ」

間抜け面にさせたのはどこにどいつよ…!
そう思いながら、花宮をじっと見つめる。

「…性格悪い」
「気付いてただろ」
「…なんとなく」

花宮も、私が気付いていることを知っていたのか。
…確かに、頭も勘もいいみたいだけど。

「その『性格悪〜い』やつにこんなことされても、抵抗しねーのかよ」
「…っ」

花宮に言われて、ハッと気付く。
私、何を普通にキスしているんだ…。

「や、やめ」
「もう遅ーよ」
「…っ」

花宮はもう一度私にキスをする。
抵抗したいのに、できない。
なぜか、受け入れてしまう。

「は、はな」
「黙れっつってんだろ」

そう言って花宮は私の唇をふさぐ。
花宮の腕を掴むと、私を抱きしめる。

「…っ」

瞬間的に顔が赤くなるのを感じた。
こんな乱暴で、性格悪いくせに、どうして。
どうしてこんなに優しく、私に触れるんだ。


私も花宮を抱きしめる。
流されてるだけかもしれない。
だけど、私は、花宮を拒否できない。








このまま
13.08.23

アオイさんリクエストのヒロインが他の男にラブレター渡してると勘違いする花宮でした〜
嫉妬で周りが見えなくなる花宮さん可愛い


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