私は今、信じられない状況に身を置いている。
「君のことがずっと前から好きだったんだ」
ここは学校の屋上、時刻は放課後の夕暮れ時。
目の前にいるのは同じクラスで同じ部活の赤司くん。
彼から発せられた言葉は、告白。懺悔とかそういう告白ではなく、愛の告白。
「え、私?」
信じられないその言葉に、私は思わずそう聞き返してしまった。
だって赤司くんは全国二連覇中の超強豪の洛山高校バスケ部の主将を一年にして務めており、成績も学年トップ。容姿も見ての通り整いすぎているほどだ。
一方の私はとても平凡な人間で、とてもじゃないけれど赤司くんに釣り合うような人間ではない。
そんな私を、赤司くんが好き?
「ここにはさんと僕以外いないと思うけど」
「あ、うん、そう、そうなんだけど」
「さんのことが好きだって言っているんだ」
赤司くんは改めて、わざわざ私の名前を出して言い直す。
赤司くんが、私を、好き。ようやくその事実を飲み込んで、かーっと顔をが熱くなった。
「え、な、なんで」
「人を好きになるのに理由がいるのかい?」
「い、いらないって言いますけど……」
それでもどうしても信じられない。
赤司くんのような人が、私を好き?本当に?何かの間違いではなくて?
「そ、それ本当?本当に私?」
「そんなに信じられないかい」
赤司くんは一歩距離を詰めて、私の頬に触れた。
その指先が冷たくて、私はひゅっと背筋を真っ直ぐに立てた。
「ひゃあっ!?」
「信じさせてあげようか」
「!?!」
赤司くんの綺麗な目が鋭く光る。
その目に引き込まれるように、私は体を動かせなくなった。
「なんてね、冗談だけど」
「え、ええっ!!?」
「ああ、冗談って言うのは今のがね。好きって言うのは本当だよ」
「あ、は、はい」
赤司くんは慌てふためく私の様子を見て、口元に笑みを浮かべる。
そして、追い打ちをかけるように再び口を開いた。
「さんが、好きだよ」
かあっと顔が熱くなる。
赤司くんが、私を好き。その事実に、熱が集まる。
「わかってくれたかな」
「は、はい」
「じゃあ、もう部活の時間だね。そろそろ行かないと」
「えっ」
赤司くんは、一仕事終えたと言わんばかりのすっきりした表情で屋上の扉へと向かう。
いやいやいや、おかしくない!?
「ま、待って!」
「なんだい」
慌てて赤司くんを呼び止めるけれど、彼は相変わらずの涼しい顔だ。
「な、なんだいって……」
だって、告白されたら普通返事をするものじゃないの?それなのに、私はまだ何も言っていない。
あ、でも別に付き合ってほしいとは言われていないのか。いや、それでも告白されてはい終わりというのは明らかに不自然だろう。
「返事はいつでもいいよ」
赤司くんはまるで私の心を読んだかのように、薄く笑って屋上から出て行ってしまった。
返事はいつでもいい、と言われても。
よし、ここは体育館に向かいながら冷静に考えよう。
私はなんと返事をするべきか。
赤司くんのことは嫌いじゃない。好きか嫌いかと問われれば、まあ好きかな、みたいな印象だ。
顔はかっこいいと思うし、頼りになる主将だ。悪感情は基本的に持っていない。
ただ、告白を受けられるかと言えば話は別だ。
そりゃ私だってそこそこミーハーな女子高生だし、赤司くんみたいなかっこいい人に告白されれば嬉しい。
嬉しいけれど、この告白を受けたらほかの女子から反感を買うことは目に見えている。
本当に私は平々凡々な人間なのだ。「なんであんな女が赤司くんと?」って言われる。絶対言われる。100%言われる。
そうなると、やっぱりお断りしたほうがいいのだろうか。
幸い赤司くんが私に告白したことは誰も知らない。
今なら断っても「赤司くんの告白を断るなんて!」という変なやっかみも受けずにすむ。
よし、ここはやっぱり引っ張らずに早めに断った方がいいだろう。
それがお互いのためだ。
……まあ、赤司くんの告白を断るというのもかなり勇気がいるし、もったいないことなんだけど。
そもそも、やっぱり赤司くんが私を好きというのが信じられない。
赤司くんは、なんで私を好きになったんだろう。
*
あれから一週間。私はまだ赤司くんのお断りの返事を言えていない。
それどころか、言える状態ではなくなってしまった。
「おはよう、さん。学校まで一緒に行こう」
「やあ、さん。一緒にお昼でもどうだい」
「さん。それ半分持つよ」
「さん」「さん」「やあ、さん」
あれからずっと、赤司くんはこんな調子だ。
お断りの件を話そうと話しかけようにも、うまくかわされてしまった。
それどころか何かというと私に話しかけ、いつも平等な赤司くんが私にだけあからさまに優しくする。
公然と告白されたわけじゃないけれど、みんな明らかに気づいてる。
「赤司くんはさんが好き」なのだと。
こうなると断るどころか、今のこの状態が完全にやっかみの対象だ。
断ってもこのままでも受け入れても、どれでも同じ。
非常に、非常にまずいことになった。
「やあ、さん。今日も一緒に帰ろうか」
今日も部活終わりに赤司くんにそう誘われる。
今日は生憎仲のいいマネージャー仲間は明日の準備で先輩たちと居残りだ。逃げる術はない。
「まあ、寮までの短い距離だけど」
「は、はい」
私は赤司くんの一歩後ろを歩き出す。隣で歩くなんて恐れ多い。
赤司くんが一歩足を出せば私も出す。
「隣は歩いてくれないのかい」
「えっ、あ、えっと」
「ほら」
赤司くんは立ち止まって私に隣に来るように促す。
赤司くんは笑っているけれど、彼の瞳の奥は鋭く光っている。拒絶など許されるはずもない。
私はおそるおそる赤司くんの隣に立った。
「じゃあ、行こうか」
「は、はい」
赤司くんの目が苦手だ。あの目で見られると全身が凍ったように固まってしまう。
「さん、そんなに緊張しないで」
「そ、そう言われましても……」
隣にいるのが赤司くんと言うだけで緊張するのに、その赤司くんは私を好きだと言っているのだからなおさらだ。
比喩ではなく本当に、心臓が口から飛び出そうだ。
駄目だ。やっぱり私は、この人と付き合うなんてできない。
赤司くんのことは嫌いじゃない。頼りになる人だ。
でも、どうしても自分が彼と釣り合うと思えない。
「あ、あの、赤司くん」
「告白の返事かい」
なんで赤司くんはこうも私の心を読んでくるんだ。
驚きつつも、しっかり彼に向き合う。
「あの、ね」
「返事はイエスしか受け付けないよ」
「えっ」
まさかの言葉に、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「え、えーと、それはどういう」
「ほかの答えは聞かない」
「え、でも……」
「ほかの答えしか出せないと言うなら、イエスと言わせるだけだ」
赤司くんの瞳の奥が、また鋭く光る。
拒絶を認めない瞳は、底の見えない混沌の色を纏っている。
「あ、赤司くんはなんで私なんか好きなの」
その目に飲み込まれる前に、慌てて口を開いた。
だって本当にわからない。赤司くんはなんで私にそこまで入れ込んでいるんだろう。謙遜でも自虐でもなく、私は赤司くんに惚れ込まれるような人間じゃないと思う。
「好きになるのに理由はいらないと言っただろう。……まあ、きっかけを話すのも悪くないね。きみと最初に会ったのは中二のときだったかな」
「え……」
「さんが覚えているかはわからないけど」
「お、覚えてるけど」
赤司くんと出会ったのは確かに中二の練習試合だ。だけれどその試合は私の学校のぼろ負け。赤司くんは試合にすら出ていない。
私がキセキの世代である彼のことは忘れるはずないけれど、赤司くんがその試合を覚えているなんて思わなかった。
「そのときに一目惚れしたんだよ。あの体育館の中で、さんだけが輝いて見えた。本当に、理由はない。ただそれだけだ」
赤司くんは先ほどの瞳の光とは全く違う、穏やかな優しい声でそう話す。
私はやっぱり一目惚れをしてもらえるような外見ではないと思うけれど、赤司くんの言葉に偽りの色は見られない。
「ずっと好きだった。だから諦めるつもりは毛頭ない」
赤司くんはまた瞳を鋭く光らせる。
駄目だ。その目を見ると、飲み込まれそうになる。
目を逸らそうとするけれど、赤司くんの私の名前を呼ぶ声が耳に響いて引き留められる。
「さん」
「……っ」
「僕が望む答えを出す日は、そう遠くなさそうだけどね」
赤司くんの瞳と視線が合う。
本当に、イエス以外の答えを出せなくなりそうだ。
答えはひとつ
17.04.23
己更さんリクエストの猛アタックする赤司でした!
遅くなってすみません!ありがとうございました〜!
感想もらえるとやる気出ます!
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