私は黄瀬が嫌いだ。
先輩に対して生意気だし、なんでもできるくせに何にも熱くならなくて、できないやつの気持ちがわからない。
嫌いだけど、「嫌いです」オーラをありありと出すようなことはしない。
同じクラスで、選手とマネージャーとなればどうしても付き合っていかなきゃいけない。
話しかければうまくかわして、適当にあしらっておく。
「っちって、オレのこと嫌い?」
「は?」
部活が終わり、後片付けをしているときのこと。
黄瀬がいきなりそう言ってきた。
「何、いきなり」
「いやー、なんとなーく」
「そんなことないよ。普通」
「んー、そうなんスか?」
いくらなんでも、本当のことなんて言えるわけないでしょ。
そう思いながらまた適当にあしらう。
「あ、そういやっちってバスケやってたんスか?」
「……」
また、こいつは嫌な質問をする。
「…なんで?」
「いやあ、着眼点とか鋭いんで、やってたんかなーと」
「…少しだけね」
「あー、やっぱり!」
そう、中学の時、バスケ部だった。
だけど、大してうまくないから、高校ではバスケ部には入らなかった。
でもバスケ自体は好きだから、マネージャーでも…と思って男子部のマネージャーになったんだけど。
「オレはっちマネージャーで助かってるけど、やっぱバスケはやる方が楽しくないっスか?」
そりゃ、あんたみたいにプレイできれば楽しいでしょうよ。
その言葉をぐっと飲み込んで「まあ、マネージャーも楽しいよ」と言っておいた。
私は黄瀬が嫌いだ。
生意気で、何でもできるのに真剣じゃなくて、私がどれだけ時間を掛けてもできなかったことを一瞬でやってのけて。
うらやましくて、大嫌い。
そう思ってたけど。
*
「黄瀬」
「んー?」
全体練習が終わった後、自主練する黄瀬に話しかける。
「これ、あげる」
「おお、マジっすか!?ありがとっス!!」
そう言って黄瀬にポカリを渡す。
誠凛と練習試合をしてから、黄瀬はずいぶんと真面目に練習するようになった。
負けたのがそんなに堪えたんだろうか。
「なんかっち最近優しくない?オレなんかした?」
「もうすぐ死ぬんじゃない?」
「えっ死亡フラグ!?オレまだ死にたくないっス…!」
「冗談よ」
そう言って自分の分のペットボトルを開けた。
「真面目な人には優しいよ、私は」
「えー、オレ不真面目だった?」
「自覚なかったの?」
「いや、まあ、あったっスけど」
黄瀬は変わった。一生懸命で、真面目で、頑張っていて。
「真面目にやるのなんてカッコ悪いと思ってたんスけど」
「真面目の方がかっこいいんじゃない?」
「…そうっスよね。オレも今はそう思うっス」
「うん」
『真面目にやるのがカッコ悪い』なんて思うのは、それこそカッコ悪い。
黄瀬のことも、少し見直した。
「あ、そういやっち」
「?」
「バスケやってたんスよね?ちょっと今やってみてくれないっスか?」
…前言撤回。やっぱ嫌な奴だ。
「…やりたくない」
「なんで?」
「下手だもん。上手い奴の前でわざわざ恥かくようなマネしないわよ」
「えー…。まあ、ならいいっスよ」
「え?」
もっと粘るかと思ったらあっさり引いたので、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「なんスか、その反応」
「もっと粘るかと思ったから」
「いくらオレでも人が嫌がることやらせないっスよ〜」
「…へえ」
ちょっと意外だ。
もっと失礼な奴かと思ってた。
「まあ、ちょっと見てみたいのは本音っスけどね」
「そんなに見たいの?」
「だって、前も言ったけどっちすごいちゃんとオレらのこと見てるから。すげー選手だったんじゃないかなーと」
「…すごくないよ」
「…ま、オレは知らないからよくわからないっスけど、でも、マネージャーとしてのっちにはめっちゃ助かってるっスよ!」
黄瀬は真っ直ぐな笑顔でそう言う。
心臓が大きく跳ねた。
「ありがとね。そう言われるとやりがいあるよ」
逃げ道として始めたマネージャーだったけど、そう言われれば純粋にうれしい。
やってよかったと、そう思える。
「っちさあ、やっぱ、オレのこと嫌いだったっしょ?」
「え?」
「だって前は今と全然違ったっスよ。オレに対して」
「………」
「別に怒んないっスから!むしろホントのこと言ってほしいっス!」
そう言われたら、答えるしかない。
少し言い難いけど、本当のことを言った。
「うん。まあ、嫌いだったよ」
「わー、やっぱり?」
「だって先輩には生意気で失礼なこと言いまくるし真面目じゃないしうざいし」
「うおおお!すごいグサグサ来るっス!」
「あんたが言えって言ったんじゃない」
「まあ、そうっスけど」
黄瀬は半泣きになりながら私の言葉を聞く。
「んじゃ、今はどうっスか?」
「…普通に好き?」
「なんスか、それー」
黄瀬は少し口を尖らせる。
だって、別に今は嫌いというほどではない。だからと言って手放しで「好き」と言えるほどじゃない。
「オレはっち好きっスよ」
「そう、ありがとう」
「いやいやいや、何そのクールな反応!?こんなイケメンが好きって言ってるのに!?」
「あ、そういうとこうざいと思うからだと思う」
「うおおおお!!」
黄瀬はまた半泣きになる。
…見てて面白い、ちょっとツボったかもしれない。
「黄瀬って面白いね」
「今すっごくけなされてる気がするっス」
「あ、意外と鋭い」
「いやあ、それほどでも」
「…やっぱバカだね」
「ひどいっス!」
黄瀬はオーバーリアクションで反応するから、私は思わず吹き出す。
こんなに面白い奴だったのか。
「…はあ、なんか疲れたっス」
「そりゃ、全体練習の後に自主練すれば疲れるでしょ」
「まあそれはそうっスけどそれだけじゃない気がするっス…」
「んじゃ、私はそろそろ帰るね」
そう言って立ち上がると、黄瀬に「待って」と声を掛けられる。
「もう遅いから送ってくっスよ。オレもう上がるし」
「別にいいよ」
「っちってホントクールっスね…。そこは『ありがとー!』って甘えてくれるのが男としては嬉しいんスけど」
「別に黄瀬を喜ばせたいとも思ってないし」
「もー!だからっちは!!ちょっと待ってて!オレ着替えてくるっス!!」
そう言って黄瀬は駆け足で体育館を出て行った。
さすがにここで一人で帰るようなことはしない。
今日はなんだかよく黄瀬と喋ったなあ。
…ちょっとイラッとすることも多いから手放しでいい奴だ、好きな奴だなんて言えないけど。
でも、嫌いじゃない。前とは違って、そう思う。
はじまりのことば
12.12.19
リクエストの黄瀬でした
さくらんさんありがとうございました!
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感想もらえるとやる気出ます!
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