「ねえ、さん」
放課後、部活に行く途中、隣のクラスの子に話しかけられる。
去年同じクラスだった子だ。何回か話したことがあるだけで、特別親しいわけではない。
「なに?」
「さんってバスケ部のマネージャーだったよね」
ああ、やっぱりこれか。
氷室が転校してきてから、こういうことを聞かれることが増えた。
「そうだけど」
「氷室くんって、付き合ってる子とか、好きな子とか、いるのかな」
「…付き合ってる子はいないみたいだけど、好きな子はさすがにわからないよ」
そんなの、私が聞きたいくらいだ。
「でも、彼女いないんだね…あのね、これ、渡して欲しいの」
そう言って彼女が差し出したのは、ピンクのハートのシールが貼ってある白い封筒。
どこからどう見ても、ラブレター。
「…氷室に?」
「う、うん。お願い!」
「………」
両手を合わせてお願いされる。
本当は断りたい。
なんで私が、ほかの女の子の氷室への恋路を手助けしなくちゃいけないんだ。
「…わかったよ」
「本当?ありがとう!」
だけど、断れる理由がない。
だって、私はただのクラスメイト。マネージャー。
「私も氷室を好きだから」と、そう言って断れたらどんなにいいか。
*
「はあ〜…」
部活も終わり、氷室が部室から出てくるのを待つ。
まさかみんながいる前で渡すわけにもいかないし、帰りに渡そう。
そう思って自主練を終え着替えている氷室を待っている最中だ。
「……」
さっきもらったラブレターを見つめる。
…人に頼まないで、自分で渡せばいいのに。
そう心の中で毒づくけど、私も人のことは言えない。
だって私は、思いを伝える勇気すらないんだから。
「あれ、」
「!」
そんなことを考えていたら、部室のドアが開いた。
氷室が出てきて、私は思わず手紙を隠した。
「まだ帰ってなかったの?」
「う、うん。ちょっと考えごとを」
本当のことを言えばいいのに、嘘を吐く。
…手紙、渡さなきゃ。
「考えごと?」
「うん…」
「でももう遅いし、帰った方がいいよ」
「…そうだね、そうする」
そう言って氷室と一緒に歩き出す。
ラブレターを鞄に入れたまま。
「今日も暑いね」
「そうだね、練習中、熱気すごいもんね」
世間話をしながら帰り道を歩く。
手紙、どうしようと思いながら。
「?」
「ん?」
「なんかボーッとしてない?大丈夫?」
「え…」
「さっき考えごとしてたって言ってたけど…悩み事?」
心臓が跳ねる。
その通りです…。
「あのね…」
「うん」
鞄の中に手を入れる。
手紙を手にした瞬間、心が重くなった。
本当は、破ってしまいたいけど。
そんなことをするわけには行かず、鞄から手紙を出した。
「…これ、隣のクラスの子から」
「……」
「はい」
氷室は手紙を見ると、不機嫌な顔になった。
手紙を受け取ろうとしないので、無理矢理手渡す。
「…どうしてが?」
「去年同じクラスだったの、その子。それで頼んできたみたいだけど」
「そうじゃなくて」
氷室は私の腕を掴む。
痛い。
「どうしてが、こういうことをするんだ」
「そんなの、頼まれたから」
氷室の顔は今まで見たことないぐらい険しい。
少し、怖い。
「断ればいいだろ」
「こ、断れないよ。だって私は」
ただのマネージャーで、クラスメイトで、友達とも言い難い存在。
そんな私が、どうやって断ればいい。
「じゃあ、断れるようにすればいい」
そう言って、氷室は私の唇にキスをする。
「!」
「これからは、「私の恋人に手を出さないで」って言いなよ」
頭がうまく働かない。
私の恋人、って。
氷室は指で私の唇をなぞった。
「もうこういうこと頼まれても、断ること」
「え、っと」
「わかった?」
「ちょ、ちょっと待」
頭が混乱して何が何だかわからない。
少し考える時間を下さい…!
「返事は「はい」だよ」
「…は、はい」
ピシャリとそう言われ、思わず返事をすると、氷室は笑ってもう一度私にキスをする。
とりあえず、頼まれたときのために断る練習をしておこう。
回らない頭でそう思った。
ラブレターの行方
13.06.11
ヒロインに他の女の子からのラブレター渡されてめっちゃ不機嫌になる室ちん
氷室はそういう間接的な想いの伝え方は嫌いそうですね
感想もらえるとやる気出ます!
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