「寒…っ」 朝、身を縮こませながら学校への道を歩く。 今日は朝練の日だ。 通学路にはほとんど人がいない。 …ちょっと、早く来過ぎたかな。 携帯の時計を見ながらそう思う。 まあ、たまに朝練前から練習する人がいたりするし、部室に行けば誰かいるかも。 そう思って歩みを進める。 * 「あれ?」 部室をノックしてみるけど、返事がない。 一応、着替えてる人がいたりするからいつもノックはしている。 いつも「いいぞ」とか、「ちょっと待って」とか返事が返って来るのに今日はない。 「鍵、なかったんだけど…」 朝早いから職員室に鍵を取りに行ったんだけど、鍵はすでに誰かが持って行った後。 …誰かいるんだよね。 一応もう一度ノックをしてから、部室のドアを開ける。 「…あれ、氷室?」 部室の中には氷室がいる。 いるけど、椅子に座って、机に頬杖をついて眠っている。 「…めずらしい」 眠っていたからノックをしても返事がなかったのか。 そう思いながら氷室の隣に座る。 朝練前に練習するために早く来たのかな。 それだったら起こした方がいいかな…。 「……」 「……」 …よく眠っているし、そのままにしておこう。 そう思って、私は鞄からノートを出した。 みんな来るまで暇だし、今日の小テストの準備でもしよう。 「…ん…」 机にノートを広げて、少し身を前屈みにすると、氷室の寝息が聞こえてくる。 つられて、氷室の顔を見る。 「…」 …綺麗な顔だなあ。 毎日一緒にいるとあまり意識しないけど、すごく、綺麗な顔だ。 そういえば、こうやって近くでじっくり顔を見る機会ってないなあ。 …その、キスするときは、それどころじゃないし…。 というか、最近キス自体そんなにしてないけど…。 …いや、そんなに長い間じゃないと思うけど、その前は毎日、たくさん、していたから。 「……」 氷室の顔をじっと見つめる。 心臓がドキドキして、ああ、この人が好きだなと実感する。 …うん、すごく、好き。 一緒にいるとドキドキして、でもすごく安心して。 もっとずっと、一緒にいたいと思う。 氷室の寝息が聞こえてくる。 思わず、唇を見てしまう。 「…」 胸の奥が熱くなってくる。 好きな人が、こんなに近くにいる。 あ、今、すごく。 今すごく、キスがしたい。 最近触れていなかった唇を、なぞる。 「……氷室」 小さな声で名前を呼んでみる。 でも、起きる気配はない。 「……」 惹きつけられるように、氷室の唇に手を伸ばす。 「…氷室…」 やっぱり起きない。 氷室の唇に、触れる。 もう一度、名前を。 「…た」 「ちーっす」 「わっ!?」 後ろから聞こえた声に驚いて思わず立ち上がる。 え、え!? 「ど、どうしたんだよ、そんな驚いて」 「あ、福井先輩…」 「…ん…」 後ろを振り返るとそこには福井先輩が。 氷室も私の叫び声で起きたようだ。 「なんだ、氷室寝てたのか?」 「…はい、練習しようかと思って早めに来たんですけど、眠くて…」 氷室はあくびをしながらそう言った。 「は?なんか用事あったのか?」 「いや、たまたま早く来ちゃって…」 「へえ」 そんなことを言ってる間に、また何人か部員がやってくる。 …まだ、心臓が、ドキドキ言ってる。 「あ、私体育館で準備してきます」 「おー、よろしくな」 逃げ出すように部室を出た。 私、今、なんか…。 「?」 「!」 部室の外で胸を押さえていると、氷室が部室から出てくる。 「何かあった?ちょっと様子が…」 「な、なにもないよ!」 「そう?」 「う、うん」 何もないよ、何も。 そう、何もなかったのに、なんで、あんな。 心臓が、痛い。顔が熱い。 どうしたらいいか、わからない。 ← top → 13.05.31 |