ホームルーム終了。
今日は部活はなし。辰也とも特に約束はしていない。
友達と遊びに行こうかなあ、なんて思っていたら、辰也が自分の席で携帯を見ながらやたら神妙な顔をしているのに気付いた。

「辰也、どうしたの?」
「ああ、。…うん」
「?」

辰也は珍しく言い難そうにしている。
何かあったんだろうか。

「…、今日空いてる?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれる?」
「?どこに?」
「駅」
「…?」

そう言われるまま、学校を出て駅の方へ。
辰也が言う「駅」は学校近くの駅ではなくこの辺りで一番大きい駅のことのようだ。
電車に乗って街まで出た。

「ね、辰也。どうしたの?」

乗車中、辰也に聞く。
なんだか辰也はあまり居心地がよくなさそうな顔だ。

「…アレックスが、来てるんだ」

その言葉に、一瞬思考がフリーズする。
アレックスって、あのアレックスさん!?

「え、ええ!?ここまで!?」
「ああ、さっき連絡があってさ…来るならもっと前に言ってくれればいいのに」

辰也はため息を吐く。
どうやら放課後携帯に連絡があったようだ。

「アレックスさんってロスにいるんだよね?」
「ああ」
「…ものすごく大旅行だね」
「急に決めたみたいだけどね…」

秋田の方までアメリカからの飛行機は来てないし、多分ロスから東京に来て、そこからこっちに来てるんだろう。
…それを「急に」決めるなんて、なんというか、さすが辰也の師匠さんだ…。

「でも、その」
「?」
「…私も行っていいの?」

アレックスさんはWCのときに日本に来ていたけど、辰也は試合もあったしそんなに話はしていないはず。
二人で話したいことがあるんじゃないかな。
私がいても、いいんだろうか。

を会わせたいんだよ」
「?」
「WCに会ったときは、いろいろあってのこともちゃんと紹介できなかったからさ」

辰也は優しく笑う。
…紹介、か。
嬉しいけど、ものすごく緊張する…。





「アレックス!」

駅に着くと、アレックスさんはすぐにわかった。
金髪で背の高い女性なんてそういないから。

「おータツヤ!元気だったか?」
「ああ」

アレックスさんは辰也に駆け寄ると肩を組んですっと顔を近付ける。
私が声を出す前に、辰也はアレックスさんの唇を抑えた。

「アレックス」
「えーなんだよー」

ほっと胸を撫で下ろす。
…キス、するかと思った。

も来てくれたんだな!」

アレックスさんは私を見ると、今度は私に近付いてくる。
う、わ、顔が近い。

「!」
「アレックス、ダメだって言ってるだろ」

辰也は後ろから手で私の口を抑える。

「え、え…」
、アレックスには気を付けて。すぐキスしてくるから」
「!」

え、き、キス!?

「失礼だなー女子供にしかしねえぞ」
「それもダメだってば」

じゃあ、さっきも、WCのときも、辰也にキスしようとしてたのか。
……。


「は、はい」
「WCのときはまともに話せなかったからなー。会えてうれしいぜ」

アレックスさんは私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
大きい手だ。安心するような、優しい手。

「なあ、とりあえず荷物置きたいんだけど、辰也の家ってどっちだ?」
「オレの家?」
「ああ。重いんだよこれ。寒いっつーからいろいろ持ってきてるし」

確かにアレックスさんの荷物は多い。
ロスは温かいらしいし、秋田の冬の寒さは堪えるだろう。
でも、辰也の家って…。

「ホテルとか、取ってないのか?」
「ああ。辰也の家に泊めてもらおうと思って」
「!だ、ダメ!」

反射的にそう言ってしまって、思わず口を押さえる。
だ、ダメって、私…。

「ははっ」

辰也は珍しく大きな声で笑う。
な、なんで笑って…。

「アレックス、どこかホテル探してくれないか?もこう言ってるし」
「えーなんでだよー」
「あ、あの、別にいいですよ!」

慌ててさっきの言葉を否定する。
思わずダメと言ってしまったけど、私はそんなこと言える立場じゃない。
アレックスさんは辰也にとって大切な人だろうし、そんな…。



辰也は私の頭を撫でる。
大きい手だ。
アレックスさんとは違う。
優しいけど、胸の奥が弾むような。

「いいんだよ、
「でも…」
「まー仕方ないかー。タツヤはタイガと違って一人暮らしじゃないし」

アレックスさんは唇を尖らせてそう言う。
なんだか、すごく申し訳ない。

「…辰也、でも」
、いいんだって」

辰也の口調は優しいけど、私の反論を許さない。

「アレックス、あっちにロッカーあるから預けてきなよ。しばらく電車来ないし、この辺り歩こうか」
「ああ。ちょっと待っててくれ」

アレックスさんは荷物を持ってロッカーに向かう。
辰也の服の袖を掴んで、もう一度さっきの話をする。

「ねえ、辰也、本当にいいよ。大丈夫だから…」

多分、辰也とアレックスさんは姉弟とか親戚みたいなものなんだろう。
それなのに、私の勝手な一言でホテル泊まりになってしまうなんて…。

「…さっきの「ダメ」は、の本心だろ?」

そう言われて、ぐっと言葉を詰まらせる。
…そんなこと…。

「いいんだよ、。第一アレックスも急すぎるし」
「でも」
「遠慮するところは、の悪いところだ」

そう言われれば、もう何も言えない。
…でも。

「よーお待たせー」
「ああ、アレックス」
「なあ、キリタンポ?だっけか。あれ食いたいんだけどこの辺にあるのか?」
「あ、はい。でもまだ夕飯には早いし、もう少し後でのほうが…」
「そうだなー」

そんな会話をしながら駅を出る。
辰也はなんだかんだ、嬉しそうな顔だ。

…当然だ。アメリカにいた間、仲良くしていた人なんだから。
それなのに、心がざわつく。
嫌な気持ちだ。

、行こう」
「う、うん」

そう言われて辰也とアレックスさんと三人で駅を出る。
頭を振って気持ちを切り替える。

うん、大丈夫。
ヤキモチなんて、妬かなくても、大丈夫。
そう自分に言い聞かせた。









14.05.01