世界史の授業の最後、先生が「日直は提出のノート集めておいてくれー」と言った。
今日の日直は私。教壇の前で「ノート持ってきてくださーい」と声を出す。

大体の人は出してくれるけど、中には提出しない人もいる。

「…あの、紫原」
「…んー?」

彼もそんな一人。
「出さなくていいの?」と聞いてみると、面倒そうにノートを出した。

「はい」
「うん。じゃあ、出してくるね」
「………」

また、だ。
ここ最近、紫原はやたら私をじっと見てくる。
視線を感じて振り向けば、そこにはいつも紫原がいる。
しかも、何やら私を睨んでいるようで。

…私、何か悪いことでもしたんだろうか…。





「あれ」

その日の放課後、ロッカーの前に一冊のノートが落ちているのを見つけた。
拾ってみると、そこには紫原の名前。英語のノートのようだ。

「………」

…英語、明日までの宿題あるよね…。
ノートないと困るだろうし、ちょっと怖いけど…。
うん、ちゃんと届けよう。

私は紫原が部活をしているだろう体育館へ向かった。


「あの、すいません」

体育館に着いて、入口近くにいるツリ目の三年生に話しかける。

「これ、紫原のなんですけど、落ちてたんで…」
「ああ。おーい、アツシー」
「え」

よ、呼んでくれなくても、渡してくれればよかったんだけど、
そう思ってももう遅い。紫原はこちらにやってくる。

「…?」
「あの、これ。ノート落ちてたから。宿題あるしないと困るでしょ?」

そう言ってノートを渡す。
…やっぱり、私を睨んでくる。

2mのこの巨体。
睨まれると、やっぱり怖い。

「…あの、じゃあ、これで」
「うん、ありがと〜」

そう言うと、紫原はへらっと笑って手を振って来る。
あれ、…怒ってはないのかな?






次の日、英語の授業の前、紫原が机でノートとにらめっこしているのを見た。

「紫原、宿題?」
「うん、全然わかんない」

あっけらかんと言う紫原。い、いやいやダメでしょう、それ。
せっかく自分が届けたノート。やってくれなのはちょっと寂しい。

「どこがわからないの?」
「全部」
「………」

紫原の前に座って、ノートを見る。
……大変なことになっている……

「と、とりあえず宿題やっちゃおう」
「教えてくれんの?」
「だってせっかく届けたノートが無駄になるとか嫌だし」
「ラッキ〜」

宿題のページを開かせて、ひとつひとつ教えていく。
わかったのかわかってないのか、紫原はうんうんと頷いている。

「…こ、これで大丈夫かな?」

とりあえず授業には間に合った。
多分、大丈夫だろう。

「ありがとうね〜」

紫原はへらっと笑う。
…相変わらず睨んでくるけど、きっと怒ってはいないんだろう。

今までほとんど話したことなくて、大きい体のせいかちょっと怖いイメージがあったけど、そんなことは全然ないようだ。
むしろ今の彼は柔らかい印象で、あんなに大きな体なのに、ちょっと可愛いなあと思ってしまったり。




ち〜ん」

次の日。
紫原から出た言葉に一瞬固まる。

「あ、ちん?」

な、何その呼び方!
え、ええええ!?

「ねえ、勉強教えて」
「べ、勉強?」
「うん、教えて方うまかったから〜」

そう言って紫原は私の前の席に座る。
え、どういうこと。

「英語がわかんない」
「英語?」
「うん。アメリカいた先輩に教えてって言ったらさんに教えてもらえばって?」
「先輩って…」

先輩っていうのはバスケ部の先輩だろう。
なんでバスケ部の先輩が私を知っているんだろう…。

「ねー、ここがわかんない」
「あ、うん、まあ別にいいけど…」

そう言いつつも紫原くんは教科書ではなく私を見る。
…怒ってはいないようだけど、なんなんだろう…。

こんなふうに、至近距離で見つめられるとドキドキしてしまう。
…いや、えっと、次の例文だ。

「ねえ、ちん」
「なに?まだわからないところある?」
「うん。いっぱい」
「………」
「だからまた教えてよ〜」
「え?」

教えてって、まあ、別にいいけど…。

「でも、アメリカにいた先輩?だっけ?その人に教えてもらったほうがいいんじゃない?」
「オレ、ちんがいいなあ」

まさかの言葉に目を丸くする。
私がいいって、………。

「ダメ〜?」
「…いいけど」
「やった〜」

…嫌われているとか、怒っているとか、そんなことを考えていたけど。
もしや、…いやいや。




「…あれ」

その日の放課後、委員会が終わった後、帰り支度をしていると、鞄の中に紫原のノートが入っているのに気付く。
英語のノートだから、さっき紛れちゃったんだろうか…。
別に明日提出とかはないけど、どうしよう。

少し考えて、私は体育館へ向かった。


「あのー…」

また体育館の入り口にいる人に話しかける。
前髪の長い、顔の整った人だ。

「ああ、さん?」
「え、なんで名前…」
「アツシに用なの?」

私の質問はスルーですか。
…私の名前知ってるってことは、紫原の言ってた「アメリカにいた先輩」だろうか。

「用って言うか、紫原のノート、間違えて持ってきちゃったみたいで」
「ああ、そうか。アツシ!」

え、いや、呼ばなくても渡してくれればいいんですけど。
この間と同じことを思いつつ、呼んでしまったら仕方ない、と紫原が来るのを待つ。


「なーにー?」
「ノート、間違えて持ってっちゃってたみたいで、ごめんね」
「ああ、ありがとー」

相変わらず紫原は私をじっと睨むように見てくるけど、言葉の感じからは怒っているようには思えない。
怒ってはいないんだろう。怒ってるなら、勉強教えてなんて言ってこないだろうし。

「…えっと、じゃあ、私はこれで」
さん、ちょっと待って」

先ほどの(おそらくアメリカにいたという)先輩に呼び止められる。
な、なんだろう。

「もう暗いよ」
「…は、はあ」
「アツシ、送って行ってあげたら?今日はもう上がりだし」
「え?」

お、送って、って。

「勉強教えてもらったんだろ?そのくらいしないと」
「い、いいですよ、そんなの」
「いいよー」
「え。でも、紫原寮でしょ?私のこと送ってったら遠回りになっちゃうけど」

確かに暗いけど、別にいつもこのくらいのときに帰ったりしている。
それに何より、遠回りさせてしまうのは申し訳ない。

「別にいいよー、そんなの。待っててねー」
「でも」
「いいってば〜」

そう言われれば断れない。

私は紫原が帰るのを待つことにした。


「お待たせ〜。帰り道、こっち?」
「うん」

…なんだか不思議だ。この間までほとんど話したこともなかったのに、こうやって一緒に帰るようになるとは。

「……」
「……」

紫原は今もやっぱり私をじっと見てくる。
……本当、なんなんだろう…。

「…ちん」
「な、なに?」
「なんか脅えてない?」
「…そんなことは」

脅えては、いる。ちょっとだけ。
紫原自体が怖いわけじゃない。少し話してみて、ちょっと緩くて、怖いところなんて全然ないのがわかった。
でも、こんなにじっと見てくるのは…。

「…あのさ、紫原が怖いわけじゃくって。…すっごく私のこと見てくるでしょ」
「うん」

う、うんって。
…やっぱり気のせいじゃないのか。

「…あのさ、何か私、変なことしたかな?」

紫原の言葉から私を怒っている雰囲気はないけど、そうするとこの視線は一体…。
こんなふうにじっと睨まれるようなことをした覚えはまったくない。
もし、何か悪いことをしたのならちゃんと知りたい。

「…変なこと?」
「う、うん。何か怒らせるようなことしたかなって。でも話してると全然怒ってるふうじゃないからもう訳わかんないってていうか」
「はー?」

紫原は不機嫌そうな声を出す。

「怒ってねーし」
「じゃあなんで」
「見たかったから見ただけ〜」

見たかったから、って。見たかったからって…

「え、そ、それって」
「ん〜?」
「ど、どういう意味で」
「そのまんま」

そのまんまって、ちょっと意味が…。
見たいから見てるなんて、それってもしかして、もしかしなくても。

「あんなに見てたのに気付かなかったの〜?」
「だって」
「オレ、ちんのこと好きだよー」

語尾を伸ばした間の抜けた言い方だけど、それは間違いなく告白というやつで。

「む、紫原」
ちんはー?」

わ、私は。そうだ、返事。うん、そう。
…今まで紫原とはほとんど話したことがなくて、最近よく話すようになって。
ちょっと怖いと思ってたけど、全然そんなことなく、寧ろ可愛いと思うくらい。
好きか嫌いか聞かれれば、好きな人。
じゃあ、その好きが、紫原と一緒かどうかは。

「迷ってるの〜?」
「えっと…」

今、私はすごくドキドキしてる。
でも、それはどうなんだろう。
紫原くんが好きでドキドキしてるのか、ただ、告白なんてものをされてドキドキしてるのか。

「す、少しだけ待って」
「やだ。待たない」
「やだって…」
「オレ待つのとか嫌いだし〜」

そう言うと紫原は私の脇あたりを持つ。
そのまま、ふわっと私を持ち上げた。

「ちょ、む、紫原!」
「返事しないともっと高くする」
「え、ちょ、」

紫原は言葉の通り私の体をさらに高くする。
た、高い…!2mから見る風景は完全に別世界だ。

「お、下して!」
「じゃあ、返事」

そう、返事だ、返事。
私は彼を、好きか、嫌いか。

紫原に触れられた部分が、熱い。

「…つ、付き合いたい、です」

私の言葉を聞いた紫原は一瞬驚いた顔をして、私をそのまま抱きしめる。

「本当に?」
「…うん」

よくわからない、けど。
ただ、紫原に持ち上げられたとき、高くて怖くて。
だけど、私を触る彼の手を嫌だとは思わなくて、むしろ、少し嬉しいとすら。
今もそう。抱きしめられるのが嬉しいと思ってしまう。

「…あの、紫原のこと、まだよくわからないところいっぱいあるけど、でも、こうされるのが、その…嬉しいから」
「オレも超嬉しい」

ぎゅっと抱きしめられる。
痛いくらいだけど、嫌じゃない。嬉しいくらい。





次の日、昨日と同じように体育館の前で紫原を待つことに。

「アツシと付き合うことになったんだね」

そう言ってきたのは、氷室先輩と福井先輩。紫原に名前を教えてもらったのでもう覚えた。

「は、はい、まあ…」
「あんな嬉しそうにされるとオレらも協力した甲斐があるってもんだよなー」
「協力?」
「勉強教えてもらえばって言ったり、送ってってあげればって言ったり」
「オレは『ノート紛らせてみりゃあ話すきっかけでもできるんじゃねーの』って話したな」

………
そ、そんなことが…。
そういえば、氷室先輩は私のことを知ってるようだった。
そういうことだったのか…。

「ちょっと〜何話してるの?」
「紫原」
「あんまり話したらダメ〜」
「わっ!」

そう言って紫原は私にのしかかる。

「お、重い!」
「え〜?」

90kg以上の体重が私に掛かる。
つ、つぶれる…!

「じゃあこっち」
「わっ!?」

今度は昨日みたいにふわっと体を持ち上げられる。

「た、高い!下して!」
「やだ〜」

慌てる私を余所に、先輩たちは「アツシは好きな子の前でも変わりませんね」「だなあ」なんて話をするだけ。
いやいやいや!助けてください!

「だってちん、こうされるの嬉しいって昨日」
「言ってない!それ違う!」
「えー、でもオレこれ好きだな〜」

そう言う紫原は私を下してくれる様子が全くなくて。

…私、とんでもない人を好きになっちゃったのかもしれない……。















君の見る世界
12.12.16

リクエストの周りに助けられながら恋人になる紫原の話でした
アオイさんありがとうございました!
今回も詳しくシチュエーション書いてくださいました ありがとうございます!











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