玄関のほうから扉を開ける音がする。
辰也だ。そう思ってリビングから玄関へ向かった。

「おかえりなさい!」
「ただいま」

辰也がそっと私をハグする。
帰ってきたときはいつもこう。
ぎゅっと抱きしめて、キスをする。
いつもの「おかえりなさい」の光景だ。

「…」
「辰也?」

辰也の顔がやたらと神妙なことに気付く。

「どうかしたの?」
「ん…ちょっとね。ご飯食べよう?話があるんだ」

辰也はもう一度私にキスをする。
どうしたんだろう。何か、よくない話なんだろうか。



「いただきます」
「いただきます」

今日の夕飯のカレーをよそって、二人でテーブルにつく。
辰也は一口食べると、スプーンを置いて口を開いた。

「…来週から出張でさ」
「あ、そうなの?」

辰也の仕事はときどき出張が入る。
辰也が真剣な顔をするから何か悪い話かと思ったけど、特段珍しい話ではなさそうだ。

「どのくらい?」
「10日ぐらい」
「えっ」

普段出張というと大体一泊か長くて二泊だ。
今回もそうだと思ったから、思わずカレンダーを見てしまう。
10日…。

「今回は長いね」

そっか。だから真剣な表情をしていたのか。
10日はやっぱり寂しいな。

「うん。耐えられるかな…」

辰也はこの世の終わりみたいな声を出す。
思わず吹き出してしまった。

「ひどいな。本気なんだけど」
「ご、ごめん。でもそんな戦地に向かうみたいな顔しなくても…」
「それはそうだけど…」

別に今生の別れというわけじゃない。
もう私も辰也も大人なんだし、仕事なんだし、仕方ない。

「大丈夫だって。10日なんてきっとあっという間だよ」
「そうかな…」
「うん。帰る日、辰也の好きなご飯作ってあげるから!」

そう言うと辰也はやっと明るい顔になった。
大丈夫。もう子供じゃないんだし、10日ぐらい離れてたって平気なはずだ。




「じゃあ、行ってくるね」

出張の日、いつもより少し早目に家を出る辰也を玄関で見送る。

、気を付けてね。ちゃんと戸締りして、あと仕事の帰りも遅くならないように」
「もう、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!ちゃんと用心して」
「う、うん。ごめん。ちゃんと気をつけます」

辰也は昨日からものすごく念を押してくるけど、もう子供じゃないんだし、結婚するまで一人暮らしだった んだからちゃんと用心できるし大丈夫だよ…。

「じゃ、行ってきます。連絡するから」
「うん。行ってらっしゃい」

行ってきますのキスをして、辰也は家を出た。
さて、私も仕事に行く準備をしなくっちゃ。







「ただいま」

自宅の鍵を開けてドアを開ける。
靴は今朝家を出たときのままだ。
辰也はまだ帰ってきていない。

「…あ」

自分でそう思った後、首を振る。
辰也は出張に行っているんだった。
今日は…というより、しばらく帰ってこない。

リビングの椅子に腰かける。
鞄から携帯を出すと、メッセージの着信を知らせていた。
辰也からだ。

『もう家着いたかな?こっちは一段落したよ』

画面に指を滑らせて返信をする。

「家着いたよ。辰也疲れてない?大丈夫?」

そう送ると、送信直後電話がかかってきた。

「もしもし」
、今大丈夫?』
「うん。辰也疲れてない?」
『疲れてるよ。だってに会えないんだ』

辰也の言葉に笑みが零れる。
そのまま他愛ない会話を続けた。


「ふふ、…あ、もうこんな時間」
『そろそろ夕飯食べなきゃね』
「うん」
、ちゃんと戸締りしてね。誰か来ても開けちゃだめだよ』
「もう…大丈夫だってば」
『オレがいないときにに何かあったら悔やみきれない』
「ん…大丈夫。ちゃんと気を付けるから」
『うん。じゃあまた』
「じゃあね」

そう言って電話を切った。
辰也は本当に心配性だ。
辰也の言いたいこともわかるけど、子供じゃないんだからって言いたくなってしまう。

「さて、夕飯…」

そろそろ夕飯を食べないと。
そう思って冷蔵庫を開けた。

「……」

しばらく冷蔵庫の中身と睨めこするけど、自分ひとりのために作る気が起きない。
辰也が出張に行ったときはいつもそう。
今日はカップラーメンにしよう。





辰也が出張に行って3日目。
さすがに今日はカップラーメンはまずいと思ってサバを焼いた。
あっという間に食べ終えて片付けをしていると、テーブルの上に置いた携帯が震えた。

「!」

辰也かもしれない。そう思って駆け寄った。

「…なんだ」

携帯を開いてがっかりする。
ただのメルマガだった。

辰也には時間空いたら電話してと送っておいたんだけど、今日は忙しいみたいだ。
寂しいな。

「…はあ」

今まで辰也の出張は長くて2泊だったから、彼のいない3日目は結婚してから初体験だ。
毎日当たり前のようにいた辰也がいないことが、こんなにも寂しいなんて。
「!」

メルマガを確認して携帯を置いた瞬間、電話が掛かってくる。
今度こそ辰也だ。

「辰也!」
、ごめん連絡遅くなって』
「ううん、いいの。忙しいの?」
『もう大丈夫だよ』

辰也の声を聞くと安心する。
出会ってからずいぶん経って、結婚して、それでもまだまだ私はこの人のことが好きだ。

『ちゃんと戸締りした?』
「も、もう…またそれなんだから」
『だって』
「わかってるってば」
『あとオレがいないからって職場とかで男に声掛けられたり』
「ないから!大丈夫だから!」

もう、辰也は本当に相変わらずだ。
ちゃんと気を付けてるって言ってるのに。



「あ、私そろそろお風呂入らないと…」
『そっか…また明日電話するから』
「うん。辰也無理しないでね」
『大丈夫』

そう言って今日の電話も終える。
こんな日々があと1週間。
私、耐えられるかな。







『…もう寝ないとまずいかな』
辰也が出張に出て1週間。
今日も夜遅くまで辰也と電話していた。

「そうだね」
、ちゃんと戸締りした?』
「それ、さっきも聞いたじゃない」
『念には念をね』
「ん、平気」

1週間、辰也の声だけしか聴いていない。

『じゃ、おやすみ』
「あ、辰也!」

思わず辰也の名前を呼ぶ。
まだ電話を切りたくない。

?』
「あ、の…」

ぎゅと携帯を握る。
辰也。

「…好き」

小さい声で呟いた。
本当は「会いたい」って言いたかったけど、言えなかった。


「…うん」
『オレも会いたい』

辰也には全部お見通しだ。
目に涙が浮かんできた。

『すぐに帰るから』
「うん」
『愛してるよ』
「…私も」
『うん。おやすみ。いい夢を』

そう言って電話を切る。
そのままベッドにダイブした。
いつもは二人で眠っているベッドは、一人で眠るには広すぎる。
真ん中で眠ればいいと思いつつ、ついつい辰也の分をあけてしまう。

いつもはおやすみのキスをして眠るのに、今はない。
人肌恋しいというのは、きっとこういうことを言うのだろう。

「…辰也」

名前を呼んでも返事は返ってこない。
寂しい。

「…辰也…」

ぎゅっと枕を抱きしめる。
こんなのじゃなくて、辰也に抱き付きたい。

じんわり目に涙が浮かんできた。
一人が寂しくて泣くなんて子供みたいだ。
でも寂しい。寂しくてたまらない。
辰也に会いたい。








辰也が出張に出て10日目。
今日は辰也が帰ってくる日だ。

迎えに行こうかと聞いたら「それよりおいしいご飯を作って待っていて欲しい」と言われてしまった。
多分、気を遣ってくれたんだろう。
辰也の大好物を作って待っていよう。
辰也が帰ってくる時間にちょうどできるように。

ドアの鍵の開く音がする。
辰也だ。
鍋の火を止めて、玄関に飛んで行った。

「辰也!」
、ただいま」

目の前に会いたかった辰也がいる。
思わず彼に飛びついた。

「おかえりなさい!」
「わっ!」

辰也がいる。大好きな辰也が。
ずっとずっと会いたかった辰也。

、オレがいない間大丈夫だった?」

辰也が首を傾げながら聞いてくる。
ぎゅっと胸元に抱き付いた。

「大丈夫じゃない」

ふるふると首を横に振る。
辰也の出張が決まった日、「子供じゃないんだから大丈夫」と思ったのにそんなことなかった。
寂しくて寂しくて仕方なかった。
辰也に会いたくて会いたくてたまらなかった。

「寂しかった。会いたかったの」

たった10日が耐えられないほど、辰也に会いたかった。

「きゃっ」
「オレも会いたかったよ」

辰也は私を抱き上げてキスをする。
優しい顔だ。

「ん…」
「寂しかった。会いたかったよ」
「うん」
に触りたかった」

辰也は乱暴に靴を脱ぎ捨てると、私を抱き上げたままリビングに向かわずお風呂場へ向かった。

「辰也?」
「一緒に入ろう」

そう言われてぎゅっと辰也の首に抱き付いた。
離れていた分、いっぱい一緒にいようね。












I miss you.
14.10.27







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