3月3日。今日は雛祭りだ。
我が家にいる3歳になった娘のために、ひなあられを買ってきてチラシ寿司も作った。
「翠、おいしいかい?」
「うん!」
ひなあられを頬張る翠に辰也がそう聞く。
おいしそうに食べる翠を見て辰也は目尻が下がりっぱなしだ。
産まれた子が女の子だとわかったときから、辰也は娘に甘々だ。
息子のと区別するわけではないし、悪いことや危ないことをしたらちゃんと叱ってくれるからいいんだけど。
「いいなあ」
ひなあられを食べる翠を見て葵がそうつぶやいた。
葵もひなあられを食べていたのでそれに対する「いいなあ」ではないだろう。
「葵は5月だからね」
「こいのぼり飾ってくれる?」
「もちろん」
「やったー!」
葵が両手をあげて喜んだ。やっぱりこれか。
「翠、そろそろ終わりね」
「えー!」
翠の前からひなあられを没収する。
おやつの時間はもう終わりだ。
「夕飯入らなくなっちゃうよ」
「うー…はーい」
翠は頬を膨らませながら、渋々手を引っ込めた。
葵も翠も、素直に育ってくれている。
親としては一安心だ。
*
雛祭りの次の日、さて、今日はお雛様を片づけないといけない。
七段飾りだから飾るのも片付けるのも一苦労だ。
「あ、辰也。片付け手伝ってくれる?」
「?片付けなくていいだろ」
一人でこれを片付けるのは難しい。
そう思って辰也に手伝いを頼んだら即答されてしまった。
「翠が行き遅れちゃうよ」
「いいよ、翠は結婚なんてしなくって」
辰也は「ね」と膝の上に翠に話しかける。
辰也は笑っているけど、目が本気だ。
…辰也って、本当…。
「翠、お嫁に行けないのいやよね?」
屈んで翠に目線をあわせてそう聞いた。
この年頃は「花嫁さん」に憧れがあるはずだ。
「およめさん?」
「そう、お嫁さん」
「翠、おっきくなったらお父さんのおよめさんになる!」
そうだ、翠は前からそう言ってた…!
辰也はうれしそうに翠を抱きしめる。
これは絶対片付けないな…。
「でも邪魔だから片付けないと」
「大丈夫だよ。ほら、疲れてるだろ?今日はやめとこう」
「そう言ってしまわない気でしょ!」
「……」
辰也の思惑を指摘すると、辰也は斜め上を見て視線を逸らした。
辰也…。
「もういいよ…」
はあ、とため息をつきながらお雛様がある部屋に一人向かった。
一人で片付けるのは大変だけど、やってやれないことはない。
夕飯遅くなるかもしれないけど、葵と翠には簡単なものを作ろう。
辰也は手伝ってくれないならカップラーメン食べさせてやる。
押入からお雛様の箱を出して、最初に一番下段の飾りをしまう。
次に右大臣と左大臣…人形をしまうのはいいけど、段の部分が大変そうだ。
はあ、とため息をつくと、襖の開く音がした。
「辰也」
「……」
辰也は少し不機嫌な様子で床の間に入ってくる。
そのまま一番上のお雛様を手に持つと、丁寧に箱にしまった。
「辰也!手伝ってくれるの?」
ああ、よかった。やっぱり辰也は優しい。
ほっと一安心する。
「やっぱりお嫁に行けないの嫌だもんね」
「いや、お嫁には行かなくていい」
辰也は極めて真面目な顔でそう言ってくる。
…何が何でもお嫁には行かせたくないのか。
「、一人で片付けるの大変だろう?お嫁には行かなくていいけど」
辰也はここぞとばかりに嫁には行かせない主張をしてくる。
…まあなんにせよ、私が大変そうだとこうやってなんだかんだ手伝ってくれる。
やっぱり優しい。辰也と結婚してよかった。
「あー!おひなさま片付けちゃうの?」
お雛様を片付けていると、翠が悲しそうな声を出しながら部屋に入ってきた。
「うん。また来年ね」
「えー!」
「ほら、お雛様にバイバイって」
「…ばいばい」
翠は悲しそうな顔をしながら、渋々手を振った。
こんな翠の姿を見ていると片付けるのは申し訳ない気持ちになるけど、こういうのはちゃんと片付けないと。
「またらいねんね」
翠は大切そうにお雛様の頭を撫でた。
私はその緑の頭を撫でる。翠は嬉しそうに笑った。
*
「はー…疲れた」
その日の夜、子供たちを寝かしつけて明日の用意をし終わった後、ベッドにダイブした。
「お疲れ様」
辰也はよしよしと私の頭を撫でてくれる。
七段飾りのお雛様を片付けるのは中々に重労働だ。
「の家は毎年お雛様出してた?」
「うん。お母さんと一緒に飾ってたよ」
今の翠ほど小さい時の思い出はさすがにもう忘れてしまってるけど、もう少し大きくなったら確かお母さんと一緒にお雛様を出して片付けていた。
「お義父さん偉いね…絶対片付けたくなかったはずだ」
辰也はバスケをしているときにしか見せないレベルの真面目な顔で言ってくる。
そんなに翠を嫁にやりたくないのか…。
「辰也がそう言うのもわからないでもないけどさ」
体を起こして辰也の隣に座る。
そうしたら辰也は自然と肩を抱いてくる。
「私はこうやって辰也と結婚して、葵と翠がいて幸せだし…お嫁に行っちゃダメなんて可哀想だよ」
私は愛する人と結婚して、その人の子供を産んで、大変なこともたくさんあるけれど今とても幸せだ。
だから、翠にもいつかこんな幸せを感じてほしいと思う。
翠がもし大きくなって、そのとき結婚しないという道を自分で選ぶならそれでもいい。
だけど、親が「結婚しちゃダメだ」なんて言うのは可哀想だ。
「…それはわかってるけど」
辰也は唇を尖らせてしまった。
本当、翠のことになると子供っぽいんだから。
「…」
辰也は私の肩に寄りかかってくる。
辰也の顔を見上げると、とても優しい顔をしていた。
「今、幸せ?」
そう聞かれて辰也にぎゅっと抱き付いた。
「幸せ!」
そう答えたら、辰也は抱きしめ返してくれる。
本当に、この人と結婚して幸せだなって思うよ。
桃の節句
15.03.03
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