※黛さんとヒロインの子供視点の話です



お母さんと一緒に保育園の帰り道を歩く。
ミンミンと、セミの声がする。

「お母さん、セミいっぱい鳴いてるね」
「そうだねえ」

うちのお母さんはお仕事をしている。
お隣の智君のおうちのお母さんはいつもお家にいる「せんぎょうしゅふ」というものらしい。
いつもお母さんがいるのは、ちょっとうらやましい。

「ね、その袋、なに?」

お母さんの繋いでないほうの手には、紙袋がある。
ちょっと綺麗な袋だ。

「んー、お父さんにないしょにできる?」

お母さんはしゃがんで、口の前に人差し指を立てて笑ってそう言う。

「ないしょ、できるよ!」
「そう?実はね…明日、お父さんとお母さんが結婚した日なの」
「けっこん」

その響きに胸が弾む。
結婚って、大好きな人同士がするものだって言っていた。
お母さんとお父さんが、結婚した日。

「結婚記念日って言うの。だから千尋…お父さんにプレゼント」
「プレゼント!」

お母さんがお父さんにプレゼント。
なんだかとっても素敵なことだ。

「お財布買ったの。お父さん、驚かせたいから内緒よ?」
「うん!」
「約束ね」

そう言ってお母さんと指切りげんまんをする。
お母さんとお父さんが結婚した日。
上手く言えないけど、すごくすごく、ドキドキする。

「お母さん、かわいい」
「えっ」
「ニコニコしてる。かわいい!」

そう言ってぎゅーっとお母さんに抱き付いた。
お母さんはいつもニコニコしてる。
だけど、今日はいつもよりもっとニコニコしてる。
笑ってるお母さんを見ていると、「お母さん嬉しいんだなあ」って思って、私も嬉しくなる。

「お母さん、だいすき」
「私も大好きよ」

お母さんは私のことをぎゅーっと抱きしめ返してくれる。
お母さんは怒ると怖いし、お仕事してるからあんまりお家にいないけど、優しくて大好きだ。





次の日、朝の10時過ぎ。
お母さんと朝ごはんを食べて、朝のアニメを見終えても、お父さんは起きてこない。

「お父さん、遅いね」
「今忙しい時期だから…寝かせてあげようね」

お母さんはそう言って私の頭を撫でる。
お父さんのお仕事は、今忙しいらしい。
昨日も私が起きる前に仕事に行ったし、眠った後に帰ってきた。
だから、昨日はお父さんと会ってない。
梅雨の時期は保育園に一緒に行ったりお迎えに来てくれたりしたけど、今はお仕事が忙しくてできないと前に言っていた。

「あ、起きたかも」

お父さんとお母さんの部屋の方から、ドアが開く音がする。
その後、バシャバシャと水の音。
きっと顔を洗っているんだ。

少しして、お父さんがリビングにやってきた。

「千尋、おはよ」
「おはよー!」
「…おう」

お父さんはポリポリと頭を掻いて眠そうな目をしながら挨拶をする。
お父さんは朝が苦手らしい。
「ていけつあつ」って、前にお母さんが言っていた。

「どこか出かけるの?」

お父さんは寝間着じゃなくて外に出かける格好だ。
お母さんがそう聞くと、お父さんは頷いた。

「ああ」
「疲れてないの?大丈夫?」
「別にすぐそこだし」
「私も行きたい!」

手を上げてそう言うと、お母さんがその手を下ろさせる。

「お父さん疲れてるんだから、ダメよ」
「……」

お母さんにそう言われ、しゅんと下を向いてしまう。
お父さんとお出かけ、最近していないのだ。

「別に平気だけど」
「!」

俯いていると、お父さんがそう言ってくる。

「大丈夫?」
「平気。ほら」
「わーい!」

お父さんはそう言って手を出してくる。
私はお父さんの方へ行って、その手をぎゅっと握った。

「ご飯は?」
「いらねえ。行ってくる」
「わかった、行ってらっしゃい」

お母さんに手を振って、私とお父さんは家を出る。

「車?」
「ああ。よ、っと」

お父さんは駐車場で車を出すと、後ろの子供用の席に私を乗せる。

「どこ行くの?」
「デパート」

そう聞くと、お父さんは車を発進させる。
いつもの道を、ぶーんと運転していく。

「何買うの?」
「…財布」
「えっ!」

昨日、お母さんはお父さんにお財布を買ったと言っていた。
お父さんが自分のためにお財布買ったら、お母さんのプレゼントが無駄になっちゃう。

「お財布、なんで?」
「…にやる用」
「お母さんに!」

その言葉にぱあっと顔を明るくさせる。
お母さんにあげるのなら、大丈夫だ。
それどころか、お母さんとお父さんのプレゼントが一緒って、なんだかとっても素敵だ。

「結婚きねんびだから?」
「なんで知ってんだ」
「!」

お父さんにそう言われて、ハッと両手で口を押えた。
お母さんに「お父さんには内緒」と言われていたのだ。

「……」

お母さんに聞いたとはいえないし、だからと言って嘘を吐けない。
お父さんにもお母さんにも嘘を吐いちゃダメだって

「あーいい。わかった」
「な、なんにも言ってないもん」
「わかってる。オレはなんも聞いてねえから」

お父さんに言葉に安心する。
よかった。お母さんとの指切りを破ってしまうところだった。

「お母さん、お財布ぼろぼろーって言ってたもんね」
「ああ」
「えへへ、お母さんきっとよろこぶよ」
「人からもらったもん見て露骨に嫌がるようなやつじゃねえからな、オレと違って」
「?」

お父さんの言葉の意味がわからず、首を傾げてしまう。
難しい言葉だ。

「…保育園、どうだ」

少ししーんとした後に、お父さんが小さい声でそう聞いてきた。

「たのしい!」
「そう」
「この間はね、みんなでかくれんぼして、私最後までずーっと残ってて!」
「ああ」

保育園であった話をすると、お父さんはただ相槌を打つ。
昨日はお父さんに会えなかったし、その前も私が寝る直前に帰ってきたりで、あんまりお話出来てない。
お父さんに話したいことが、いっぱいいっぱいあったのだ。

「私ね、かくれんぼ得意なんだよ。いつもみんなに見つからないの」
「そう」
「お父さんはかくれんぼ上手?」

そう聞くと、車の上についている鏡に映ったお父さんがくすりと笑った。

「ああ、超得意」
「えへへ、おんなじ」
「ああ。…着いたぞ」

もっとお話をしたかったけど、車はいつものデパートについてしまった。
お父さんと一緒に車を降りて、エレベータに乗る。
目当ての階に着いて、お父さんと一緒にお財布が売られている場所へ向かう。

「どれにするの?」
「もう決めてる。これ」

お父さんが指さしたのは、薄い水色の長いお財布。
お母さんに似合いそうなお財布だ。

「えへへ、お母さん喜ぶね」
「だといいけど」

お父さんは店員さんを呼んで、「これ、プレゼント用で」と言った。
お会計のために出したお父さんの財布も少し古くなっている。

「お父さんのも、ボロボロだね」
「ん?ああ…そろそろ変えるか」

プレゼント用のラッピングを待ちながら、そんな話をする。
お父さんの財布は真っ黒で、これまたお父さんにぴったりだ。
きっと、お母さんもお父さんにぴったりのお財布を選んだんだろう。

「お待たせしましたー」
「あ、どうも」

店員さんが来て、紙袋を渡してくれる。
お父さんが、少し笑った気がした。

「お母さん、ぜったい喜ぶよ」

ぎゅっとお父さんの手を握ってそう言うと、お父さんは小さく笑った。

「…ああ」
「うん!」

お父さんはいつもぶっきらぼうだ。
お母さんと違ってあんまり笑わないし、ぶすっとしてて怒ってるのかなって思っちゃうことも多い。
だけど、お母さんの話をするとき、いつも少し優しい顔をするの知ってるよ。
私とお話しするときも、ちょっとだけ優しい。

「お父さん、大好き」
「ああ」

お父さんはお母さんみたいに私が「大好き」って言っても、「大好き」って言ってくれない。
だけど、お父さんがこうやって優しく笑うから、私の事好きだってわかるよ。
お母さんのこと大好きなのも、私は知ってるんだよ!










ないしょのお話
15.08.19


リクエストの黛さんとヒロインの子供視点のお話でした!
ありがとうございました!




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