今日は花火大会だ。
地元の駅で千尋と待ち合わせして、電車で花火大会のある駅まで行く予定になっている。

「ごめん、待たせた?」

駅に着くと、もう千尋は来ていた。
急いで駆け寄りたいところだけど、慣れない浴衣がそれをさせてくれない。

「大して待ってないから慌てるな」
「ごめん。…千尋も浴衣着てくれたんだね」
「お前が着ろって言ったんだろ」

花火大会に行くことになったとき、確かに千尋に浴衣を着てほしいと頼んだ。
だって絶対似合うから。
そのときの千尋の返事は「考えておく」という曖昧なものだったけど、ちゃんと着てくれたんだ。

「ありがと。似合ってるよ」
「……」

そう言うと、千尋は目を丸くした。

「どうしたの?」
「普通そう言うのは男が言うもんだろ」
「そうかもしれないけど、だって似合ってるし」

実際千尋に無地の薄いグレーの浴衣はとても似合っている。
千尋は絶対和服似合うと思ったんだ。

「…お前も似合ってる」

千尋は小さな声で呟く。
こちらを見ていないけど、ちゃんと見てくれているのを知っている。

「ありがと」





「うわー…」
「……」

電車の混み具合から予想はしていたけど、花火大会の会場の混雑ぶりはその上をいくものだった。

「帰るか」
「……」
「冗談だよ」

人ごみが嫌いな千尋が言うと冗談に聞こえない。
ここまで来てすごすご帰るなんてしたくない。

「ん」

千尋は私の手を握る。
強く握っていないと、はぐれてしまいそうだ。

『大変混雑して参りました。お子様の手を離さないよう、ご注意ください。また、毎年スリや痴漢が多発しています…』

スピーカーから綺麗な声の放送が響き渡る。
いったい何人が聞いているのかわからないけど。

「鞄、気を付けろよ」
「スリ?」
「ああ」
「痴漢はいいの?」
「男連れの女を狙う痴漢なんてそうそういねえだろ」

千尋はそう言った後、じっと私を見つめた。

「……いや、痴漢にも気を付けろ」

千尋は嫌そうな声で呟く。
多分この間のデート中に私が声を掛けられたことを思い出したのだろう。

「了解」




「…この辺り?」
「でいいんじゃないか。たくさんいるから見やすいんだろ」

私も千尋もここの花火大会に来るのは初めてだから、イマイチどの辺りにいればいいかわからない。
この辺りに場所取りしている人が多いから、多分いいんだろう。

「あ、始まりそう」

音を立てて花火が一つ夜空に咲く。

「たーまや〜」
「……」
「ちょっと、何か言ってよ」

せっかく言ってみたのに、千尋は何も言わない。
私一人で恥ずかしいじゃないか。

「…かーぎやー」

おお、言ってくれた。
なんだかんだ千尋は付き合いがいい。めちゃくちゃ棒読みだったけど。

「きれいだね」
「ああ。わざわざ来た甲斐がある」

約束した時はあまり乗り気ではなかった千尋だけど、楽しんでくれているようだ。
誘ってよかった。

「……」

花火を見上げていると、突然視界が千尋の顔で塞がれる。
キスされた。

「ちょ…っ」

唇を抑えて、周りを見る。

「…誰かに見られたらどうするのよ」
「どうせ誰も見てない」

千尋は涼しい顔でそう言う。
そうは言うけど、多分見てる人いると思う…。

「それにお前が誘ったんだ」

少し拗ねた顔をすると、千尋はそう言ってくる。
そりゃ花火には誘ったけど、キスしようなんて誘った覚えなんてない。
そう反論しようとすると、千尋は私の肩を抱き寄せた。
珍しいことをされて、少し顔が赤くなる。

「似合ってるって言っただろ」

耳元で囁かれて、くすぐったくて身を捩る。
確かに言われたけど、そこまで気に入ってくれたとは思わなかった。

「…千尋も、似合ってるよ」

花火にかき消されてしまいそうなぐらい小さい声で呟けば、また視界が千尋の顔で埋まる。
誰も見ていないといい。
そう思いながら、目を閉じた。











夏の花
14.08.24

黛さんの浴衣姿が見たいです







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