「…あと5分…」

携帯の時計を見る。待ち合わせの時間まであと5分。
待ち合わせ相手の花宮は、待ち合わせ時間より早く来ることは滅多にないから今来ていなくても不思議じゃないけど、今回ばかりは不安だ。
というのも、今日のデート先は花宮が嫌いそうなお祭りだからだ。
私もまさか花宮とお祭りに行くことになるとは思っていなかった。
事の始まりは一週間前のことだ。



「あれ、あそこのお祭り特集されてる」

花宮の部屋のソファに座って雑誌を読んでいたら、近所の大きめの神社のお祭りが特集されていた。
地元の情報誌ではあるけど、徒歩圏内の場所が紹介されていると嬉しくなる。
私の言葉に対して花宮は何も答えないけど、もともと独り言に近い発言だったから特に気にしなかった。

「へえ…」

どうやら私の知らぬ間にずいぶんメジャーなお祭りになっていたらしい。
ここ数年行っていなかったから知らなかった。

「行こうかな」
「一人で?」
「失礼な」

こういうときばかりツッコミを入れてくるから困る。
興味ないならせめて黙ってればいいのに…。

「せっかく浴衣あるし、誰か誘おうかな」
「……」

いつの間にか花宮はソファの後ろに来て、背もたれに肘をついて雑誌を眺めてる。

「ふうん。じゃあ行くか」
「へっ?」

まさか花宮からそう言ってくるとは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

「すげえ間抜けな声」
「いや、だって…」

人ごみ嫌いの花宮がまさかそんなことを言ってくるとは思わなかった。
誘うだけ無駄だと思って誘わなかったのに。

「じゃ、じゃあ行こう。神社の前に横断歩道あるでしょ?」
「ああ」
「そこに6時でいい?」
「わかった」

花宮の気が変わらないうちに約束を取り付ける。
それが一週間前の出来事。


約束したとはいえ相手は花宮だ。
「気が変わった」なんて言いかねないから、当日待ち合わせ時間寸前の今もハラハラしっぱなしだ。



「…あ!」

待ち合わせ時間ぴったりになって、横断歩道の向こうに花宮の姿に気付いた。
よかった。ちゃんと来た。

「……お前」
「なに?」
「浴衣着たのか」

挨拶をするわけでもなく、開口一番にそう言ってくる。

「うん、まあ…お祭りだし。言ったじゃない、浴衣あるから行こうかな〜って」
「…ふーん」

花宮は私の頭の天辺からつま先までを舐めるように見てくる。
なんだか、くすぐったい。

「な、なに」
「別に」

花宮は感想を言うことなく神社の入り口へ向かう。
まあ、花宮だし期待してたわけじゃないけど…。

「すげー混んでるな…」
「そりゃ、お祭りですから」

人ごみを見て花宮は苦い顔をする。
もともと嫌いな人ごみ、しかも真夏の人ごみなんて一番嫌だろう。

「…てきとーに回って帰るぞ」

大きなため息を吐きながら花宮は言う。
早く終わらせたいのか、花宮は早歩きで人ごみに飛び込んでいく。

「あっ、ちょっと」

慌てて追いかけるけど着なれない浴衣ではあまり早く歩けない。
しかもこの人ごみに流されそうになる。

「おい」

はぐれる、そう思った瞬間、花宮が私の腕をつかんだ。

「何やってんだよ」
「何って…あんたがどんどん行っちゃうから」
「うるせえ」

花宮は私の手を離すことなく、手をつなぐ。

「…なんだよ」
「…いや、別に…」

花宮が手をつないでくるなんて珍しい。
確かにこの人混みだからつないでいないとはぐれそうではあるんだけど。
でも、「はぐれるから」なんて言ってこないのは、言うとわざとらしくなるからか、それとも。

「…腹減ったな」
「あ、じゃあそこのたこ焼きでも食べようか」

近くの屋台のたこ焼きを1パック買う。

「こんだけじゃ足りねーんだけど」
「ほかにもなんか食べようよ。いっぱい屋台出てるし」

6個入りのたこ焼きを半分こ。
次はやっぱり焼きそばかな。

「屋台の焼きそばってよくよく考えるとおいしくないけど、この雰囲気で食べるとおいしいのよね」
「意味わかんねえ、なんだそれ」
「食べてみればわかるよ。はい」

そう言って花宮に焼きそばを差し出す。
花宮は割り箸を割って一口食べた。

「でしょ?」
「…まずくはない」

本当に素直じゃないんだから。
おとなしく「うまい」とか言えばいいのに。


「よっ、そこのカップルさん!射的やってかない?」

射的の屋台の前を通ったら、屋台のおじさんにそう声を掛けられた。

「ちょっとやってこうかな」
「マジかよ」

花宮は素通りしようとしていたんだろう。珍しく驚いた声を上げる。

「なんだか懐かしくなって」

昔家族で来たときはよくやっていた。
そのときのことをなんとなく思い出して、やってみようという気になった。

「そっちの兄ちゃんはやらないのかい?」
「誰がやるか」
「彼女にいいとこ見せるチャンスだよ〜」

おじさんはそう言うけど、そんな言葉で花宮が動くはずもない。
まあでも、私もちょっと花宮がやってるところ見てみたい。

「いいじゃない減るもんじゃないし」
「間違いなく金が減るだろ」
「たかだか300円でしょ。ちっちゃいわね」

そこまで言うと、花宮は苦い顔をしながら300円を出した。
そう来なくっちゃ。

「やりゃーいいんだろやりゃあ」
「どーも、毎度!」

屋台のおじさんは嬉しそうに私と花宮に射的の銃を渡す。

「どうやんだ」
「やったことないの?」
「そもそも祭り自体来たことねえ」

ああ、そっか。

「じゃあ私が先やるから見てなよ。花宮なら見てればできるでしょ」

説明するよりやって見せるたほうが早い。
私は先に射的を始めた。

「うーん…」

久しぶりだからか、イマイチ感覚が戻らない。
弾は狙った景品の右に逸れた。

「下手くそ」
「もうちょっと…」

花宮の言葉を聞き流しながら、位置を調整する。

「やった!」

最後の一発で無事まいう棒セットを落とした。

「おー、姉ちゃんすごいねえ!はい、景品」
「ありがとうございます」

これは明日のおやつにしよう。
浴衣用の鞄は小さくて入らない。
透明のひも付きビニールに入っているから、そのままぶら下げて歩こう。

「次は兄ちゃんの番だね」

花宮は位置にセットして、景品を狙う。

「……」
「すごいね」

最初の一発は派手に景品から逸れた。

「…こうだろ」

花宮は真剣に考えているようだ。
正直、ここまで熱くなると思っていなかった。



「すげーな兄ちゃん!初めてだったんだろ?」
「はっ」

花宮は最初こそ外したものの、コツをつかんだ花宮は見事3つの商品をゲットした。
お菓子2つにぬいぐるみだ。
頭がいい、しかも運動神経がいいやつが本気になると怖い。

「けど悪ぃな!何個取っても持って帰れるのは2つまでなんだ」

おじさんは料金の横にある張り紙を指さしながら言う。
まあ、花宮は景品のためにやっていたわけではないだろう。
選ぶのはお菓子二つだろうな。
うさぎのぬいぐるみを持って帰る花宮は想像できない。

「お前、どれがいい」
「え?」
「オレどれもいらねーから、お前が選べよ」

…ということは、私にくれるということか。
意外な展開に胸が弾む。

「…じゃあ、ぬいぐるみと右のほうのお菓子で」

ドキドキしながら景品を選ぶ。
当然鞄に入りきるはずもない。
浴衣には合わないけど、仕方ないのでおじさんからレジ袋をもらうことにした。

「…ありがと」

花宮にお礼を言うけど、当の本人は全く気にしている様子がない。
…まあ、本当にいらなかったんだろう。
でも、ちょっと嬉しい。

「ん」

歩き出そうとすると、花宮が私からさっきの袋を取り上げる。

「……」
「行くぞ」

中身は花宮の欲しいものじゃないから、強奪したとは考えにくい。
もしかして、持ってくれるのか。

「…珍しい」

ぽつりと呟くと、花宮は表情を変えずに言う。

「浴衣にレジ袋じゃかっこつかねーだろ」

そう言うと、花宮はまた私の手を取る。
花宮が優しいと、変な感じだ。
くすぐったいような、こそばゆいような。
花宮もお祭りの空気にあてられて、気分が浮いているんだろうか。



「あー、楽しかった!」
「そりゃよかったな」

大きい神社を一周して、私たちは帰路についた。
たくさん食べて、たくさん遊んだ。大満足だ。

「今さらだけどさ、珍しいよね。花宮がこういうのに付き合ってくれるの」
「ただの気まぐれだ」

花宮はぶっきらぼうな声で話す。

「じゃあ来年も今ぐらいの時期に気まぐれ発動してくれませんかね」

冗談交じりにそう言うと、花宮はじっと私を見た。
いい返事を期待したわけじゃない。
それどころか、「バァカ」と罵られると思っていたのに、花宮から返ってきた言葉が意外なものだった。

「…それ着て来いよ」
「え?」
「浴衣」

驚いて立ち止まってしまう。
…気に入ってくれていたのか。

着てきて、よかった。

「…じゃあ、来年ね」

今日の私たちがいつもと違うのは、お祭りのせいなのか、夏のせいなのか。
もう人ごみは抜けたのに、私たちの手は繋がれたままだ。










夏の光
14.08.17







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