夏と言えば合宿。
合宿と言えば、肝試し。

「お寺の入り口から蝋燭持ってくりゃいいんだろ? 楽勝じゃねーか」
「そ、そうだね」

運よく……というより奇跡的にくじ引きで恋人である虹村とペアになった私は、夜の暗い道を虹村と共に歩いていく。
先生監修のもと行われているこの肝試しは、ただ合宿施設から伸びている坂道を歩き、その道の先にあるお寺の手前に置かれた蝋燭を取って帰って、回り道をして帰るだけのもの。
どこかの施設を借りたり、神社や墓地に入りこんだりというのはさすがに先生としては許可できないところらしく、お寺の入り口の辺りだけ貸してもらうことにしたらしい。
廃校やら墓地と言った場所より怖くない、という意見が大半を占める中、私は極度の怖がりであることを言い出せずにいた。

「とっとと行こうぜ。だらだらしてたらあいつらに何言われるかわかんねー」
「う、うん」

しっかりと前を向いて歩く虹村の後をついていく。
さすが男子はこういうのは平気なんだろうか。
私は暗闇を歩くだけで怖くて仕方ないんだけど。

「足元気を付けろよ」
「うん」

肝試しといっても、普通の道路なので街灯の明かりがきちんとある。
また、お化け役がいるわけでもない。だから脅える必要はない。わかっているけど、怖いものは怖い。
怖いのだからら早く終わらせた方がいいのはわかっているのだけど、どうしても一歩の歩幅がやたらと狭くなってしまう。

?」

隣を歩く虹村が、私の挙動を不審に思ったのか立ち止まって私のほうに顔を向ける。

「どうした。体調悪いのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ」
「……もしかして、怖えの?」

ぎくり。
虹村の言葉に、肩を揺らして過剰に反応してしまう。

「……ソンナコトナイヨ?」
「あるんだな」
「う……」

まさに虹村の言うとおりなんだけど、そうなんですと素直に頷きにくい。
いや、男子じゃないんだしお化けが怖いことがそんなにマイナスイメージになるとは思っていないけど、虹村には言いにくい。
視線を泳がせてその場で立ち止まっていると、虹村は首を傾げる。

「なんだよ、お化け怖いぐらい別に言やあいいだろ」
「……あ、いや、そうなんだけど」
「あ?」
「……虹村、そういう女々しいこというのは好きじゃないかなあって……」

虹村はこの性格だ。
きっぱりきっちり、まさしく男らしいという言葉を体現したような人だ。
付き合う前も、虹村は私のことを「さっぱりしていて話しやすい」と評していた
その人の前で、お化けが怖いなんて女の子とらしいことを言ったら引かれるんじゃないかと、少しだけ不安だったのだ。

「は……」
「ご、ごめん気にしないで!」
「いや、元々気にしねえけど……。あー……そういうこと……」

虹村は頭を抱えると、なにやらぶつぶつと小さな声で呟いている。
何を言っているか聞こえないけれど、一度大きく息を吐いたのは聞こえた。

「別に引かねえよ、そのぐらいで」
「ほ、ほんと?」
「当たり前だろ。むしろ、そういうの素直に言ってくれねえほうが……なんつーんだ。引くわけじゃねえけど、悲しいっつーか」
「え……」
「別になんでもかんでも言えってわけじゃねえけど、言っても別に引かねえから、言え、そういうの。言ってくれりゃあこっちもいろいろ対処できる」
「お化けの、対処って?」
「……こういうの」

虹村は私の手を取ると、ぶっきらぼうに握って歩き出す。

「えっ、あ」
「……ただ歩くよりは怖くねえだろ」
「……そ、そうだね」

初めて触れた虹村の手は熱い。
怖くない、というより、つないだ手に意識が行って恐怖を感じるどころではない。

「……とっとと行くぞ」
「……うん」

そう言う割に、虹村の歩みは随分とゆっくりだ。
恐怖で歩幅が狭くなってしまっている私にあわせてくれているのか、それとも。
後者だったらいいなと思いながら、夜の道を歩いた。








夏のまぼろし
16.07.31

リクエストの虹村先輩と肝試しでした!



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