8月の後半、午後6時。
お母さんに浴衣を着付けてもらって、髪の毛もセットした。
鞄は巾着。中身はできるだけ少なくした。
準備万端。あとは家のインターホンが鳴るまで待つだけだ。

「あ、来た!」

リビングで待っているとインターホンが鳴った。
確認すれば隣に住む修造の姿がある。

「修造君来たの?」
「うん。行ってきまーす」

キッチンで夕飯の準備をするお母さんにそう告げて玄関へ向かう。
今日は修造と近所の神社のお祭りに行く約束だ。
家が隣の私たちが待ち合わせするのはいつもお互いの家。
今回は修造が私の家に来てくれることになっていた。

「お待たせ」
「よ、…」

玄関のドアを開けると、修造がうちの壁にもたれかかって待っていた。
あいさつすると、修造は目をまん丸くしてフリーズした。

「?どうしたの?」
「いや、別に。行くか」

修造はすぐに無表情戻って歩きだしてしまう。
浴衣に対する感想を少し期待してたけど、何も言ってくれないので修造の後ろで頬を膨らませる。

「何膨れてんだ」
「…べっつにー」

私の足音が聞こえないからか、修造は振り返ると私の膨れっ面を見て不機嫌な声を出した。
でも不機嫌なのはこっちだ。
せっかく気合い入れて浴衣を着たのに。
…まあ、昔は家族ぐるみで一緒にお祭りを行っていて、そのときも浴衣を着ていたから見飽きてるのかもしれないけど!
そう言えば昔感想を求めたら「町の子供A?」って言われたっけ…。

「早く行くぞ。混んでくる」
「あ、待って」

そう言われて修造の隣に並ぶために早歩きする。
隣に並ぶと、修造は何も言わず、左手で私の右手を握った。

「祭りの音、もう聞こえてくんな」

なんでもない顔でそうされて、顔が赤くなる。
私は不機嫌だったのが180度変わってご機嫌になる。
私も単純だ。

私と修造が幼馴染という関係から恋人同士になったのは半年前だ。
あれからときどき手をつないだり、たまに、本当にたまに…キスしたり。
もう半年経つというのに、未だに少し照れてしまう。





「お、焼きそばうまそう」
「ダメ!最初にお参り」

露店に惹かれる修造の腕を引っ張って、境内に向かう。
ちゃんと五円玉を用意してきたんだ。

「ほら、順番来たよ」

修造はポケットの財布からお賽銭を出す。
私も五円玉をお賽銭箱に入れた。

修造のお父さんが早く元気になりますように。

そう心の中で唱えて顔を上げる。
修造もお参りは終わったようだ。

「焼きそば食うぞ」
「うん」

離した手をもう一度繋ぎ直して、さっきの露店まで歩く。
いつも焼きそばを二人で半分こにしている。

、海苔ついてる」
「えっ、うそ!?」

焼きそばを食べている最中、修造に言われて慌てて口元を抑える。

「うそ」
「……」

ジト目で修造を見つめる。
騙された…。

「おい、オレにも焼きそばくれよ」
「海苔つきますよ」
「…てめえ」

つーんとそっぽを向いて、持っていた焼きそばパックを修造から遠ざける。
そうしたら修造は私の後ろから長い腕を伸ばして、私の手から焼きそばを奪ってしまう。

「あ!」
「はっ」
「あー、ちょっと!」

修造は大きな口を開けて焼きそばを食べる。
くそう…。

「全部食べないで!」
「食べねーよ、んながっつくな」
「っ、がっついてません!」

少し恥ずかしくなって、手を引っ込める。
がっついてるって…。

「ん」
「あ、りがと」

修造が焼きそばと割り箸を渡す。
いつからだっけ。
修造に「異性」として見られたいと思うようになったのは。







「あ。ヨーヨーだ」

かき氷を食べながら露店を回っている最中、ヨーヨー釣りの露店が目に入る。

「やんのか?」
「うーん…久しぶりにやろうかな」

なんだか中央にあるオレンジのヨーヨーがやたらと目について欲しくなる。
残り少なくなったかき氷を食べて、露店のおじさんにお金を払う。

「よし」

ヨーヨーの入っているビニールプールの前にしゃがむ。
修造も私の隣で屈んだ。

「下手くそ」
「うー…」

お目当てのヨーヨーを釣ろうとしたら、思いっきり釣り糸は切れてしまった。

「お前昔からこういうの苦手だよな」

ヨーヨー釣りも射的も金魚すくいも、昔から苦手だった。
でも、やりたくなってしまうんだよなあ。

「おっちゃん、オレも一回」

修造は財布から200円を出すと、釣り糸をもらう。

「このオレンジのか」

修造は私が返事をする前にオレンジのヨーヨーに狙いを定める。
ひょいといとも簡単に釣り上げると、それを私に渡した。

「ほら」
「わ、ありがと」

苦手なくせにやりたがりの私と違って、修造は欲しがらないくせにうまかった。
それで、いつも私に取った景品をくれるのだ。
昔から、優しい人だ。

「えへへ」

左手でヨーヨーと鞄を持って、右手は修造と繋いだ。
なんか、幸せだなあ。





「あ!」
「ん?」

次は何を食べようか、そんな話をしている最中、向こうにクラスメイトの男子数名の姿が見えた。

「ちょっとこっち!」

修造を引っ張って参道から横道に入った。
彼らは右に曲がる。私たちには気付かなかったようだ。

「どうしたんだよ」
「クラスの男子がいたから、つい…」
「ああ、そういうこと」

仲のいい友達ならまだしも、ただのクラスメイトに恋人といるところを見られるのは恥ずかしい。
ましてや修造は他校生。
バレたらやいやい言われるのは目に見えてる。

「修造はこういうのなくていいなあ。みんな住んでるの遠くでしょ?」

私は地元の公立校、修造はバスケの名門の私立中学に通っている。
修造の知り合いは自然と遠くに住んでいる人たちばかりになった。

「……」
「修造?」
「…バレたらすげえ厄介なことになるな…」

修造はおそらく中学の友達を思い浮かべているのだろう。
苦い顔をしながらそう言った。

「そんなに?」
「あいつらうるせーからな。お前のことよく知らねえやつにいろいろ言われるのもムカつくし」

修造は苦い顔をしながらもどこか楽しそうだ。
きっと、中学の人たちと仲良くやってるからだろう。

「あ、もういなくなったし戻ろ。なに食べよっか」

さっきのクラスメイトの姿が見えなくなったことを確認して、修造の腕を引っ張る。

「いや、ちょっと休もうぜ」
「え?」
「いいから」

今度は修造が私の腕を引っ張る。
神社の中、お祭りが行われているところから少し離れた場所にきた。

「座れよ」

修造は二人掛けのベンチに座って、私に横に座るよう促す。
なんだか悔しい。
修造は、全部お見通しだ。

「うん」

修造の隣に座って、ポーチから絆創膏を出した。
左の足の指、鼻緒のところが少し痛い。

「平気か?」
「うん」

別に歩けないと言うほどではない。
ちょっと気になるかな、ぐらいのものだったので言わなかったのに。

「はー…大分歩いたね」
「ああ」

両腕を上に伸ばして伸びをする。
広い神社をほぼ一周したので、結構疲れてる。

「?どしたの」
「…いや」

修造はじっと私を見つめる。
こんなふうに見られることはあまりないので、少し恥ずかしい。
…あっ!

「今度は本当に海苔ついてる!?」
「ちげーよ!」

もしかして、と思って慌てて口のあたりを抑える。
なんだ、違うのか…。

「その、なんだ…」
「?」
「…似合ってる、浴衣」

突然の言葉に、頬が一気に熱くなる。

「え、え!?」
「……」
「な、に、いきなり」
「…いつ言おうか迷ってたんだよ!」

修造はふいと顔を背けてしまう。
どうしよう。
嬉しい。

「…昔は町の子供Aだってからかってきたくせに」

照れているのを隠したくて、必死に悪態をついてみた。
私も修造も、お互いのほうを見ていない。

「昔の話だろ。…綺麗になったよ、お前」

最大級の褒め言葉に、照れているのがどうでもよくなって顔を上げる。
修造の顔も、赤い。
ぎゅっと修造の腕を掴んだ。

「…修造も、かっこよくなったよ!」

精一杯の気持ちを込めてそう言った。
昔からかっこよかったけど、背が高くなって、筋肉質な体つきになって、だけど優しいところは変わらない。
かっこよくて素敵な、私の好きな人だ。

「…わっ!?」
「うるせ」

修造は私の頭を大きい手で掴むと、無理矢理下を向かせる。
う、うるさいって…!

「なんで褒めたのに怒られるの!?」
「…うるせえ!わかれよ!」

修造の声は少し高くて、私の頭を掴む手が熱い。
ああ、そうか。
私と同じ、照れ隠しだ。

「……」
「……」

修造はようやく私を解放すると、またそっぽを向いてしまった。
私も修造の顔が、うまく見られない。

「…腹減ったな」
「…そうだね」
「たこ焼きでも食うか」
「うん」

そう言って私も修造も立ち上がる。
また手を繋いで、お祭りの喧騒の中に戻った。

幸せだなあ、なんて思いながら。










夏の夢
14.08.26







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