私と辰也は毎日一緒に帰っている。
辰也は大体部活の練習の後、自主練をするからその間私は一人待つことになる。
それを苦に思ったことはない。
むしろ、彼がやりたいことを思う存分やってほしいと思うから。

待っている間、私はいつも部誌を書いたり勉強をしたりして待っている。
そんなことをしていれば、いつも時間はあっという間に過ぎる。
だけど、今日はなぜか時間がいつまで経っても過ぎない。

「…暇だなあ」

部誌は書き終わってしまった。
勉強をしようかとノートを開いたけどどうにも集中力が続かない。
読みかけの本は家に忘れてしまった。
携帯を弄ろうにも充電が切れそうであまり使うわけにはいかない。
部室の掃除…と言ってもこの間部員総出で掃除をしたばかりなので部室は綺麗だ。

「…見に行ってもいいかな」

辰也の練習風景を見に行こうか。
あまり辰也の自主練する姿は見ないようにしている。
体育館で見ているとなんだか急かしているように辰也が感じてしまいそうだし、あまりこういうことには人目がないほうがいいかなと思うから。

だけど、辰也がバスケをする姿は好きだ。
練習でも試合でも、いくらでも見ていたいと思う。
…こっそり見るなら、いいかな。
そう思って部室から出て体育館へ向かった。



「…あ」

体育館に着くと、扉は少し開いている。
その隙間から辰也の練習風景が覗ける。

今はシュートの練習をしているようだ。
綺麗なフォームのジャンプシュート。
辰也のシュートフォームに見とれてしまう。

もちろん、私が辰也を好きだからと言うのも見とれる理由の一つなんだけど、それ以上に辰也のフォームは綺麗だ。
シュートもドリブルもパスも、全てがお手本のようだ。
辰也の今までの努力が積み重ねてきたものが詰まったようなフォーム。
私はそれが大好きだ。

辰也がボールを持って構える。
3Pラインの手前でシュート。
やった。入った。

「……」

辰也はこちらに背を向けて黙々とシュート練習を行っている。
シュートは入ったり入らなかったり。
辰也のシュートの成功率は部内ではかなりいいほうだけど、それでも練習でも入らないことはある。
それは当然のことなんだけど。

きゅっと胸が締め付けられる。
辰也は部内で一番と言っていいほどの努力家だ。
レギュラーは自主練することが多いけど、辰也は回数も時間もトップだろう。

だけど、どんなに努力しても、辰也の望むものは、


?」
「!」

辰也のシュートがボードに当たって、跳ね返ってくる。
そのボールを拾うために辰也がこちらを向いた。

「ごめん、待たせてるよね」
「あ、いいの」

辰也は私のほうに駆け寄ってくる。
やっぱり、ここにいると急かしてるように見えてしまうんだろう。

「ちょっと練習してるところ見たくて」

そう言うと辰也はきょとんとした顔をする。

「いいけど…面白くないよ?」

確かに、好んで練習を見る人はあまりいないだろう。
だけど、私は見ていたいと思う。

「辰也が練習してるの見るの、好きだよ」
「そう?ならいいけど…」
「うん」
「でもそこじゃ寒いだろ?中おいで」

辰也は私を体育館に招き入れる。
私は邪魔にならないよう体育館の隅に座った。

「ボール気をつけてね」
「うん」

辰也は私に優しい表情を向けた後、すっと表情を変えた。
集中した真剣な顔だ。
勉強しているときや、私とまじめな話をするときだってあんな表情はしない。
バスケをするときにだけ見せる表情なんだろう。
考えても仕方ないし、比較するものではないとわかっている。
それでも、少しだけ悔しいって、そう思ってしまう。

辰也がまたボールを持ってシュートをする。
ボールはリングをあたり、ネットをくぐることなく床に落ちた。
辰也はすぐ次のボールを手に取る。
今度のシュートは綺麗にゴールをくぐり、床に落ちる。
体育館の床にはたくさんのボールが落ちている。
この中のどれだけが、辰也の満足のいくシュートだったのだろう。

胸の奥が痛む。
私からしてみれば、辰也のバスケの技術はとても高いと思うのに、辰也はそうじゃないという。
「才能とか、生まれつきの身体能力とか、そういうものが違うんだよ」と辰也はときたま自嘲気味な悲しい顔で言う。
私はそうは思えない。
だけど、長い間バスケに触れてきた辰也がそう言うので、この間バスケ部のマネージャーを始めたばかりの私は辰也の言葉を否定することができないでいる。
なにより、辰也が求めているのは、そういった否定の言葉ではないような気がするから。

ぎゅっと拳を握った。
辰也の努力がいつか実を結びますように。
そう願わずにはいられない。


「ふう…」

辰也は大きく息を吐いて、床のボールを拾い始める。
私も立ち上がってボールを拾った。

「辰也、もう終わるの?」
「うん」
「じゃあシャワー浴びてきなよ。片付けしてるから」
「いいの?」
「うん」

そう言うと、辰也はハグしてくる。

「ありがと」
「ううん」

スキンシップ過多な辰也らしい。
私も辰也を軽く抱きしめた。

「……」
「辰也?」

ただのハグだと思ったら、辰也は抱きしめる力を強くして私を離さない。
辰也の腕の中でもぞもぞと体を動かして、彼を見上げる。

「もう少し、こうしていたい」

辰也の声が少し切なげなので、私は、「ああ、そうか」と納得する。
ときどき辰也はこういうふうに、縋るように私を抱きしめることがある。

辰也の顔は髪で見えない。
どんな表情をしているか考えたけど、つらくなったのでやめた。

「…うん」

私も辰也を抱きしめる力を強くする。
辰也の背中は大きい。

涙が出てきたけど、必死に堪えた。
それでも瞬きをすると、どうしても涙は零れた。

「辰也」

名前を呼ぶと、辰也が私を抱きしめる力を強くした。

「…ごめんね、なんだか、ちょっと」

辰也が謝るから、私は首を横に振った。
謝ることなんて何もない。
辰也がつらいときは、いくらでも頼ってほしい。

辰也の背中を撫でる。
どうか辰也の思いが叶いますように。
どうか辰也の努力が実りますように。
そんな願いを込めて。












願いを込めて
14.10.21






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