と喧嘩した。
原因は昨日の夕方、がオレの部屋に来た時のこと。

その日は少し寝坊して朝方慌てていたため、机からDVDを落としたことに気付きはしたものの拾わず放っておいた。
自分でも落としたことをすっかり忘れて、放課後部屋にを招き入れた。
そして音がする。バリン。
が机の陰に隠れていたDVDを踏んだ音だった。

「あ!」

は慌てて自分の足元を見る。
DVDのパッケージを拾うと、すぐさま中身を開ける。

「あ…」

中身は見事に割れていた。
ケースに入っていればそうそう割れるもんじゃないが、どうやら踏みどころ…とでもいうんだろうか。それが悪かったらしい。

「ごめん、弁償するから」

そこで「オレもそんなところに置いて悪かった」とでも言えばよかったんだ。
今でもそう思ってる。
だけど、そのときのオレは苛立っていた。
気に入っているDVDを割られたのはもちろんだが、それ以上に部活中にしこたま叱られたことだ。

「動きが遅い」「体力がない」「何度言えばわかるんだ」
バスケを始めたときから繰り返し言われてきた言葉だ。
周りより動きが遅いことも、すぐに体力が空っぽになることも自覚してる。
んなもんオレ一番よく分かってんだよ、くそ。
内心毒づいて部活を終えた。
こんな状態でに会うのもどうかと思ったが、恋人といれば少しはすっきりするかと思って約束通りと一緒に帰って、オレの家に来た。
で、すっきりする前に、これだ。
気に入っていたアニメの初回限定版。別にそこまでレアものじゃないから限定版と言えど探せば普通に見つかるだろう。
それでも自分の大切にしていたものを傷つけられた苛立ちは抑えきれなかった。

「限定版なんだけど、ソレ」
「え…そうなんだ。じゃあもう売ってない?」
「かもな」
「じゃあ…探してみるから。それでもなかったら…ごめん。お金払うから」

は申し訳なさそうな顔で謝る。
そこで「多分売ってるから弁償してくれればいい」とでも言えばよかった。
そう言えばよかったんだ。

「つーかそもそも踏むなよ」
「う…ごめん」
「ごめんじゃねえよ。そもそもいくら慣れてるからって人の部屋ズカズカ入ってんじゃねえよ」

最近はオレの部屋に入るとき、「お邪魔します」と言いつつも遠慮せずに入ってくる。
最初に入ったときは遠慮がちでしおらしかったのに、いつの間にかここにいることが当たり前になっている。
それが嬉しかった。オレの部屋が、二人でいるときだけ「二人の部屋」になるような錯覚が心地よかった。
そのはずなのに、オレの口から出たのは真逆の言葉だった。

「お前の部屋じゃねえんだぞ」

突き放すような口調で吐き捨てる。
視界の端でが顔を歪ませる。

「…そりゃ、割ったのは悪かったし、我が物顔で部屋入ったのも悪かったけど」

の次の言葉は予想できる。
は苦い顔をしながら口を開いた。

「そこまで言うことないでしょ」

ほら、やっぱり。
予想できるのは別にの考えていることがわかるからじゃない。
単純にの言うことが正論だからだ。

は確かにDVDを踏んで割った。
だけどそれは謝ったし弁償するとも言っている。
DVDを落としたままにしていたオレにも非がある。
謝っただけじゃ済まないことも世の中にはあるが、今回のことはそれほど重大なことじゃない。

「なんでそんなにイライラしてるの」
「…別に」
「部活で何かあったの?」

のその言葉で、オレの中の何かが切れた。

「なんもねえよ」
「…あるんじゃない」
「お前には関係ねえよ」

そう言うと、の顔から表情が消えた。
がオレの地雷を踏んだように、逆にオレもの地雷を踏んだのだ。

「…あ、っそ」

は一度置いた鞄をまた持ち上げる。
その一連の動作に色味はない。

「…お邪魔しました」

部屋から出るをオレは見送らなかった。
の割ったDVDがなくなっていることに気付いたのは寝る直前だった。
恐らくが怒りに任せてそのまま持って帰ってしまったんだろう。
別に割れたDVDに用はない。
そう思いつつ、苛立ちを抑えきれないまま眠りについた。





あの日から一週間経った。
普段としているメールも電話も一切していない。
同じクラスではあるが、用がなければ話すこともない。
オレたちは目を合わせることもなく時を過ごしていた。

たぶん、オレが折れればいいんだろう。
あのときは言い過ぎたと謝って、一緒にDVDを探しに行けばいい。
そうすればは「私も割ってごめん。言い過ぎたよね」とでも言ってくれるだろう。
全部わかってるんだ。
わかっているのに言えないのは、単純に意地を張っているだけだ。
割ったことはもう本当に怒っていない。つーかオレだってあんなところにあったら踏んでいた。あの日を招き入れていなかったらおそらく割ったのはオレの方だった。

わかってるんだ、全部。
でも無駄な意地が邪魔している。


「いらっしゃいませー」

不機嫌なまま学校近く近所のファミレスに来た。
今日は親がいないから飯を外で済ませるためだ。
一番安いのはラーメン屋や牛丼チェーンだが、あそこは食べ終わった後店内に残れないのが好きではない。
ファミレスなら経済的にも安泰だし、なにより食べ終わった後に多少本を読んでいたところで怒られることはない。
まあいすぎると帰るよう促されるが。
難点とすればやかましいところか。
今もおそらく同じ学校の生徒であろう連中が騒いでいる。

頼んだサラダうどんを早々に完食し、鞄から読みかけの本を出す。
栞を挟んだページを開いて本に視線を落とす。

「そういやさあ、昨日二組の森田がに告白したってマジ?」

オレの後ろのテーブル席に座る連中、先ほどやかましいと思った同じ学校の生徒だ。
やつらから聞き馴染みのある名前が聞こえてきたと思ったら、やつらよくよく見ればクラスメイトだ。
、それは間違いなくのことだろう。
二組の森田。誰だそいつは。

「あー、マジらしいよ」
「え、結果どうだったの?」
「ダメダメ。なんかつきあってる奴いんだって」

ほっと内心安堵する。
喧嘩の最中にそんなことがあれば気が気じゃないのはどんな彼氏だって同じだろう。

「えー、誰なんだろ彼氏」

お前等の後ろにいるよ、と思うが言わないでおく。
オレとが付き合ってることは大して知られていない。
オレももそういうのを大っぴらに言うタイプじゃないし、別に周りに隠す必要もないがわざわざ知らせる必要もない。

「いいよな〜が彼女。美人だし」
「胸でけーし」
「スタイルいいもんな〜」

ガタン。わざとらしく音を立てていすを引いた。
後ろにいる連中の視線を感じたが、それはすぐになくなる。
オレは鞄に乱暴に本を詰めると会計を済ませて店から出ていった。

「……」

同じ男、あの後話がどういう方向に転ぶかはわかりきっている。
あのままとどまっていたら本当に殴りかねない。
衝動が抑えきれなくなる前に出ていった。

「…クソ」

気付けばのどがカラカラだ。
目に付いた自販機でコーヒーを買う。
一気飲みしたが、味はわからなかった。





あれから三日。ようは喧嘩して十日。
仲直りしようと思えばいつだってできる。
学校で会ったときに「ごめん」と言ったり、そんなところで仲直りがやりにくいなら「話したいから放課後空いてるか」とでも聞けばいい。
後者なら電話でもメールでもいい。仲直りの方法ならいくらだってある。
でも、携帯を開いて、電話帳のの名前にたどり着いて、そこで止まってしまう。

「あ」

そんなことを思いながら廊下を歩いていると、とすれ違う。
は一瞬驚いた顔をした後、すぐにオレから顔を背けた。
少し気まずそうな表情で。

もオレと同じだ。
仲直りのきっかけを模索して、どうすればいいかわかっているのに、何も言えない。
矮小なプライドが邪魔をしている。






休日の朝。
昨日発売のラノベを数冊買いに早めに家を出た。
本以外にも買いたいものがある。
地元の本屋ではなく、少し遠出して大きな町の本屋へ行くことにした。


「ありがとうございましたー」

お目当ての本を買い、本屋を出ようとする。
そのときふと雑誌が目に留まって、なんとなく立ち読みすることにした。

パラパラと雑誌をめくっていく。
巻末には恒例の星座占いが載っている。
目に入ったのは、の星座の欄だ。

『魚座とはあまり相性がよくないかも…』

その一文を見てバタンと雑誌を閉じた。
普段なら占いなんてまったく気にしない。
そのくせ、こういうときばっかり気にしてしまう。
自分でも、嫌な性分だとわかってる。

「…クソ」

早歩きで本屋を出た。
とっとと買い物を済ませてしまおう。
そして何か憂さ晴らし…ゲームの続きでもしよう。
そう思って次の目的地へと足を向けた、そのとき。

「あの、急いでいるので」
「だーかーら、ちょっとだけ!ね?」

目に飛び込んできたのは、と見知らぬ男だ。
会話や雰囲気からしての知り合いではないだろう。
というか、十中八九ナンパだ。

「いいからお茶だけでも!ね!」
「あの、私本当に」
「おい」

考えるより先に体が動いていた。
いつの間にかオレは相手の男の手をがっしり掴んでいた。

もうケンカ中とか、そんな意地張ってる場合じゃない。


「うわっ!?お前、どこから?!」
「千尋!」

はオレを見るとほっとした表情を見せた。
久々に見る不機嫌ではない表情に自分でも驚くぐらい心が溶けるのを感じた。

「…何か御用で?」
「あ、いや別にー?」

男はオレとが知り合いだとわかると、すぐに退散していった。
ナンパ男なんてたいていそんなものだろう。
この場に残されたのは、オレとだ。

「…千尋」
「……」

意地張ってる場合じゃない。
わかってる。もう降参だ。

「…悪かった」
「え?」

小さい声で呟くと、は目を丸くした。
少し気まずいと思いつつも、続きの言葉を吐く。

「…この間、悪かった。言い過ぎた」
「あ…」

は少し頬を染めて、下を向いた。
がどう答えるか少し不安になりつつ、の言葉を待った。

「…私もごめん」

その言葉に、ほっと内心安堵する。
柄じゃないということはわかってる。
だけど、安堵せずにはいられない。

「DVD割っちゃったし、それに」
「いい」

の言葉を遮るようにそう言った。
の言いたいことはなんとなくわかる。
だから別に、聞かなくていい。

「…別に、もういい」
「…ん」

は小さくうなずいた。
これでもういい。

これで、ケンカする前と同じだ。


「…で、お前何してんの」

頭を掻きながら何でもないふうを装ってそう聞く。
安心したのを悟られないように。

「あ…DVD買いに」
「なんの?」
「この間の」

はそう言うと鞄からこの間割ったオレのDVDを取り出した。

「ネットで買おうかと思ったんだけど、ネットだと限定版かわからなくて…。だから電気屋なら売ってるかなって」
「は…」

思わず顔を手で押さえた。
何しに来てんのかと思ったら、そういうことかよ。
もうポーカーフェイスを装ってほっとした表情を隠すこともできない。
仕方なく手で隠すしかなかった。

「…じゃ、買いに行くか」
「え?」
「DVD。こっちだろ、電気屋」

そう言って手を出すと、は嬉しそうな顔でオレの手を取った。

「うん!」










飲みに来ないか
15.04.28

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