「おはよー」
「おはよ、久しぶりー」
「合格おめでと〜」
「ありがと」

2月14日。無事受験を終えた私は先生に合格報告をするためすでに自由登校になっていた学校へ来ていた。
先日就職組の友人に合格報告をしたら、せっかくだから学校で少し話そうと言うことになり、二人で一緒に登校する。

、チョコ持ってきた?」
「持ってきたよ。後で食べよ」
「もう!そうじゃなくて!誰かにあげないの?」
「別に」
「えー氷室くんとかには?」
「氷室くんにあげたいのはそっちでしょ」
「えへへ」

友達は氷室くんが好きだ。
…好きと言うか、ファンと言った方が正しい。
芸能人を見るような感覚に近いんだろう。

「会うの今日にしようって言ったのも氷室くんにチョコ渡したいからでしょ?」
「もっちろん!もう学校来る機会全然ないもんね」
「3学期入ってからほとんど登校日ないからねー」
「あーもう少しで氷室くん見れなくなっちゃう…寂しい…」
「卒業が寂しいんじゃないんかい」
「あはは」

そんな話をしながら、学校までの道を一歩一歩踏みしめながら歩いた。





「失礼しました」

職員室へ行って先生に合格報告。
友達は職員室の前で待っていてくれた。

「お帰り」
「お待たせ〜」
「ね、早速だけど体育館行っていい?」

友達はちょっと悪戯っぽく笑う。
お目当ては氷室くんだな。

「いいよ」
「やった!」





体育館に着くと、女子たちの黄色い声。
氷室くんはもちろんだけど、バスケ部は強豪だけあって人気者が多い。

「んじゃ行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」

今丁度休憩中のようだ。
氷室くん、大変そうだなあなんて軽く同情しながら友人の背中を見る。

、来てたのか」
「!」

聞き覚えのある声に、思わず体を強張らせる。
クラスメイトの、福井だ。

「福井こそ」
「ちょくちょく部活顔出してんだよ」
「あー、なるほど」

確かにバスケ部、特にレギュラーはたまに引退後も部活をしているらしいと聞いた。
福井は2学期のうちに進路も決まっていたし、なおさらだろう。

「お前は?」
「今日は先生に合格報告に来たの」
「へー、おめでと」
「ありがと」
「しっかしすげえなあ、なんだこれ」
「バスケ部人気だもんね」
「岡村以外な。あ、日野だ」
「あの子も氷室くんに渡しに行ってるんだよ」
「じゃー、ここに来たのは付き合いか」
「ま、そんなとこ」

福井はからかうような口調で話す。
「バスケ部は人気者」、その中には福井だって含まれている。
氷室くんのように大々的にモテているわけじゃないけど、ときどきラブレターもらったり、告白されたりしているようだ。

…福井は、今日、学校に来たのはなんでなんだろう。
2月14日、バレンタインデー。
そんなものは関係なく、ただ部活に来ただけかもしれない。
もしかしたら私が知らないだけで、「たまに」ではなく「頻繁に」部活に来ていれば、今日来ていたっておかしくはない。
だけど、もしそうじゃなかったら。
誰かに呼び出されたとか、誰かと示し合わせて来たとかだったら。

、なに難しい顔してんだ」
「え、」
「もう受験終わったんだろ?いつまで気張ってんだ」
「い、いや、別に」

福井に指摘されて、顔を抑える。
何、考えてんだろ。
考えたってしかたないのに。

「お、人引いてきた」
「休憩終わったのかな」
「みてーだな。オレ行くわ」
「うん。バイバイ」

少し名残惜しさを感じながら、福井に手を振る。
福井は少しだるそうに体育館へ向かう。

「……なあ」

少し歩いたところで福井は立ち止まって、顔だけこちらを向けてきた。

「?」
「…いや、やっぱなんでもねえ」

福井は少し不機嫌な顔でそう言って、もう一度体育館へ歩き出した。





「チョコ、渡せたの?」
「渡せたって言うか、なんか紙袋あったからに突っ込んできた」
「あー…」

教室で友人と先程の会話をする。
氷室くんに直接は渡せなかったようで、みんなが紙袋にチョコ入れてたからそこに入れたらしい。
…持ち帰れないほどもらってるのか。本当すごいな…。

「そういえばチョコ詰めてたら福井に会ったんだけど」
「あ、私も話したよ」
「なんか不機嫌な顔してなかった?」
「うん…」

別れた時、福井はなんだか不機嫌そうだった。
何か、気に障ることでもしただろうか。

「なんかあったのかね、っと、私ちょっとトイレ行ってくる」
「行ってらっしゃーい」

友人はそそくさと教室から出ていく。
ふと、福井の席を見た。
机の横に鞄がかかっている。
直接部活に行ったのではなく、一度こっちに来たみたいだ。珍しい。

「……」

自分の鞄を手に取る。
友達に、一つだけ嘘を吐いた。
本当は、チョコを持ってきている。
たった一つだけ。
…福井に渡せたら、と思って持ってきたものだ。

福井が今日学校に来ているかなんてわからない。
でも、もしかしたら、そう思って持ってきてしまった。
渡す勇気なんて、ないくせに。

もう、最後なのに、勇気が出ない。
福井とはときどき話すけど、特別仲がいいわけじゃない。
卒業後連絡を取り合うことはきっとないだろう。
告白して、フラれたからって気まずくなることはない。
だったらダメ元で言ってしまえばいいのに、できない。

「…はあ」

綺麗にラッピングしたチョコレート、もったいない気もするけど。

「…あ」

ふと、思いつく。
私は静かに席を立った。

福井の席の、彼の鞄。
そこに、ぎゅっとチョコレートを詰め込んだ。
名前も、あて名も書いてない。
想いを伝えたいけど、伝える勇気が出ない、そんな私に残された一つの方法だ。

「…はあ」

息を一つ吐く。
席に戻ろう。友達が戻ってきてしまう。


「!」

教室の入り口から名前を呼ばれた。
今日、この声を聞くのは、二回目だ。
そこには、福井がいる。

「まだいたのか」
「あ、うん。友達としゃべってて」
「あー、なるほど」

福井は席にあった鞄を取る。
心臓が跳ねる。

「?なんだ?」
「いや…えっと、もう帰るの?」
「いや。鞄忘れたから取りに来ただけ。財布入ってるのにあぶねー」

福井は鞄の外ポケットを覗いて財布を確認している。
私のチョコには、まだ気付いていないようだ。

「私来る前はわかんないけど、誰も来てないみたいだけど」
「おー…大丈夫そう」
「そ、よかった」
「んじゃーな」
「…うん。またね」

そう言って福井は教室から出て行った。
力が抜けて、自分の席に座り込む、
…福井、チョコどうするんだろ。
差出人の書いてないチョコなんて捨てられるかもしれない。
自分でやったことなのに、悲しい。

涙が出そうになるのを、必死で堪えた。






「おはよ〜」
「おはよ、久しぶり」

バレンタインデーから一ヶ月。
今日は卒業式前最後の登校日だ。
卒業式の予行練習をして解散になる。
予行練習、と言ってもただ体育館に集まって簡単な説明を受けるだけで、あっという間に終了してしまう。

「氷室くん、お返しくれないかなあ」

体育館からの帰り道、友人が呟く。

「無理でしょ。そもそも名前も書いてないんでしょ?もらえたらもはや恐怖だよ」
「えっへへ〜」
「今日も見て行くの?体育館」
「うん!」

ああ、もうこんなやりとりもなくなるのか。
友達と離れるのも名残惜しい。
一緒に体育館に行くことにした。


「あ…」

体育館に行くと、もちろんバスケ部は部活中。
体育館の隅には、福井の姿もある。

「!」

福井の隣には、マネージャーの女の子がいる。
確か、二年生の子だ。
福井はマネージャーに何かを渡している。
心臓が、痛い。

「…」

いやいや、落ち着こう。
もし本命や彼女へのお返しだったら、こんなところで堂々と渡したりしないだろう。
慌てる必要なんて、別に…。

「お前ら、来てたのか」
「!」

下を向いていると、いつの間にか福井がこっちに来ていたようだ。
慌てて顔を上げる。

「氷室くん見に来たの!」
「ああ、日野好きだもんな」
「超かっこいいからね!」
は何しに来たんだ?」
「付き合い」
「はー」

福井は少し黙った後、天を仰いだ。

「な、、ちょっといいか」
「?いいけど」
「悪いな」

ここで何か話すのかと思ったら、福井は歩き出してしまう。
どこか行くのか。
突然のことに戸惑ってしまう。
ドキドキしながら福井の後を付いて行く。

体育館裏、そこまで行くと福井は立ち止まる。
体育館の喧騒が聞こえるぐらい近いのに、まるで人気がない。

「なに?なんかあった?」
「…これ」

そう言って福井は小さな包みを渡してきた。
ピンク色の、可愛らしいラッピングだ。

「…?え、なに?」
「ホワイトデー」

福井が発してきたのは、まさかの言葉。
ホワイトデー、って…。

「え、な、なんで、私に」
「くれただろ、バレンタイン」
「え…っ」

バレンタインは、確かにあげた。
でも名前も何も書かずに鞄の中に入れただけ。
なんで、私だってわかったんだ。

「な、なんで」
「丸わかりだボケ」
「うそ…」
「…いや、丸わかりは言いすぎだ。希望、っつーか願望。9割ぐらい」

そう話す福井の顔は少し赤い。

「あの日、教室に鞄置いてた時間そんな長くねーし、お前いたし。…お前だったら、いいなって」

福井は今まで見たことのないような表情で、少し下を向く。
自分の顔がどんどん赤くなっているのを感じる。

「…で、どうなんだ」
「え…」
「本当に、あれは、お前なんだよな」

真っ直ぐ見つめられて問われる。
私はこくんと小さく頷いた。

「…うまかった。サンキュ」
「う、うん…どういたしまして」
「ん」

福井がもう一度包みを差し出すので、両手で受け取る。
そしたら、福井がその手を掴んできた。

「ふ、福井」
「…好きだ」

突然の言葉に驚いて、受け取った包みが手からすり抜けた。

「あ、ご、ごめん!」

落ちた包みを取りたいところだけど、福井が手を掴んだままだから、拾えない。
手が、熱い。

「…

福井の顔が近づいてくる。
ドキドキしながら、目をつぶった。

「……」

キスした後、目を開けると、顔が近い。
少し照れた福井の顔。
溜まっていた涙が溢れだした。

「な、なんで泣くんだよ!?」
「だ、だって」

だって全部うれしくて。
今のキスも、好きだと言ってくれたことも、あの名前のないチョコレートを、私だと気付いてくれたことも。
ちゃんと渡せばよかった。怖がらずに、渡せばよかったのに。

「うれしいの。ありがとう」
「…おー…」
「…来年は、ちゃんと渡すね」
「…来年だけじゃねーぞ」

福井は私の手から手を離して、私の頬の涙を拭う。

「これから毎年、よろしくな」

せっかく涙を拭ってもらったのに、その言葉でまた泣いてしまった。













名前はいらない
14.03.14




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